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闇夜の爪  作者: べこちゃん
永久の樹と白き鬼
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外見の通り、施設の内装はとても古びており、人の気配がまるでしない寂しげな姿をしていた。

待合い用の茶色のソファーは革が剥がれ落ち、みそぼらしい。

そのみそぼらしいソファーには二人の男女が座っていた。

受付には暇そうに煙草をふかしている中年男がふんずりかえっている。

男の口にくわえられている煙草からは白い煙が上がっており、天井に薄く溜まっていく。

ジンは木製の床を踏みつけながら、男に近づいていった。

歩くたびに床は悲鳴をあげる。

男はその音を聞き、ジンを一瞥する。

男はジンの存在に初めて気づいたようだ。


「今日は珍しいな。これで三人目か」


煙草を銀色の灰皿に押し付けながら、男は呟く。

この発言からこの宿泊施設の実態がよくわかる。


「コイツの持ち込みは?」 ジンは肩に担いでいる槍を指差す。


「別に構わん。好きにしろ」 対して興味もなさそうに男は短く答える。


「今、娘に部屋準備をさせるから、そこのソファーで待っていろ」


男はぶっきらぼうに話しながらソファーを指差し、館内電話を手に取りだした。

男はあまり愛想が良くない。むしろ悪い。

この宿泊施設が賑わう姿は男がこの性格でいるかぎり、見る事はないだろう。

ジンはそう思いながら、あいよ、と陽気に返事をするジン。

普通ならこんな態度をとる男に不快感を覚えるだろうが、彼は野宿せずにすみ機嫌が良くなっていた。

そのまま男の言うとおり、ジンは男女が先に座っているボロボロなソファーに向かいだした。

ソファーには向かい合うように男女が座っている。

ジンはそんな彼らを横目に見ながら、少し距離を開けてソファーに腰を下ろした。

ジンの体重で、ソファーからは微かに軋む音が聞こえてくる。

彼は貧乏揺すりをしながら、天井を見上げた。

白い壁に幾つもの黄色いシミがあり、くすんでいる。

それは不衛生というより、年期を感じるものであり不快感はなかった。

彼は少し寝ようとつけていたバイザーを取り、瞳を閉じる。

瞳を閉じると、聴覚が敏感にな音が気になり始めた。

隣に座っている男女の会話が自然と彼の耳の中に入り込んでくる。


「もう、何でこんなとこしか泊まれる場所がないのよ」 


「……タイミングが悪かったな」


「悪いなんてもんじゃないわよ!五件回って全部満室ってどう考えてもおかしいでしょ!」


「……ああ、そうだな」 その後も、淡々と女の甲高い愚痴が続き、男はそれを無難に流していた。


ジンはその滑稽な話を聞き、うっすらと笑みを浮かべるのだった。

そんな中、緑色の髪をした一人の少女がソファーに近づいていくる。

見た目からして、千歳と大差ない年頃だ。

「二名様。お部屋の準備が整いました。ご案内いたします」 少し、幼げなハスキーボイスがそう告げる。


「ほら、行くわよ」


彼らが立ち上がった振動でソファーのバネが小刻みに揺れる。

三つの足音は少しずつ、ジンから遠ざかっていく。

すっかり、静寂が訪れ、ジンの意識は薄れ始めるのだった。






「どうしたよ。元気ねえじゃないか」


闇の中で声が聞こえてくる。

ジンはその声にうんざりした。

ただただ、耳障りで腹立たしさだけが膨れ上がっていく。

何しに出てきた、と彼は呟いた。

すると闇は暫しの間を置き、「いつまでそうしてんのかなって思ってよ」と返答する。 

彼にはその言葉の意味が理解できなかった。


「自分でも分かってんだろ」


否、理解しているがそれを自覚したくなかったのだ。

声量は徐々に大きさを増していく。

それにつれて、闇はどんどん広がっていくのを感じた。

闇が体に触れる度に嫌悪感が溢れ出してくる。

さらに闇は言葉を続けた。


「過去に蓋をして、あっちこっち這いずり回って、それで逃げてるつもりか?」


その言葉は反響し、何度も彼の鼓膜を揺らす。

彼は必死にその言葉を聞かないように耳をふさいだ。

けれども、声量はそれを嘲笑うかのように大きく響きわたっていく。


「お前の心はいつまでも、過去に囚われたままだ」


煩くて堪らない。

いっそのこと鼓膜を潰してしまおうか、とすら考えてしまう。

しかし、気がつけば体は言うことを聞かなくなっていた。


「……すっかり、腑抜けになっちまったな。あの頃のお前はどこに行っちまったんだ?」


声が止まる気配はない。

否応なく入り込むそれは彼をより苦しめた。


「……お前に殺しはやめらんねえよ。いつか、必ずお前は殺しがしたくて堪らなくなる。アイツを殺した時もそうだったダロ?」


その声は聞きなれている。

何故ならそれは自分自身の声であったからだ。

もう幾たびも繰り返される。

それが彼の独白なのは彼自身がよく理解している。

けれどもジンは自分自身を拒絶し、声を張り上げた


「うるせえ!」


「ヒッ!」 ハスキーボイスの悲鳴が小さく木霊する。


ジンの怒声に少女は緑の髪を揺らし、震えながら床にへたり込んでしまった。

さながら、恐怖に怯える小動物のと言ったところだろう。

ジンは片手で額の汗を拭い、ため息をつきながら、ばつの悪そうな顔を浮かべた。


「……悪いな。ちっとばかし、夢見が悪くてな」 混濁とした意識の中、ジンは少女に詫びる。


「いえ、此方こそ申し訳ございません!」 少女はすぐさま立ち上がり小さな頭を下げ始める。


その謝罪の仕方はとても丁寧であった。

それを見てジンは謝り慣れているのだろうかと感じた。

彼はソファーから立ち上がる。

少女の背丈はジンの胸元にすら届かない。

三つ編みの髪を胸元に垂らし、まだ幼さの残る顔つきでジンを見つめている。


「おいおい、頭なんかさげんなよ。別にお前が悪いわけじゃねえんだからさ」


ジンの言葉を聞き、少女は微かに安堵感を見せてはにかむ。

その様子に彼も安心した。


「……すみません。私、何かあるとすぐ頭を下げてしまうんです」 自身のことを嘲笑気味に笑う少女。


どうやら、あまり少女にとってこの環境は良くないようだ。

ジンにはそれが、聞いていてあまり気分の良いものではなかった。

気がつけば寝ぼけ眼に説教をし始めた。


「いいか、人間そんな簡単に頭下げるもんじゃねえよ。そんなことばかりしてると、今より小さくなっちまうぞ」


そう言われると少女は少し困り顔になる。

何と答えていいのか分からぬ様子で黙ってしまう。

その姿にジンはまた困ってしまった。


「でも、父があんなんだし……それに接客業ですから」


ようやく、出てきた言葉はとても小さなものであった。

少女の言うとおり、接客業はどんな小さなことであったとしても、真摯に対応しなくてはならない。

ほんの些細なミスでも頭を下げるのが基本。

とても大変な仕事だ。

無論、ジンにもそれは分かっている。

だが、こんなまだ幼い少女が、見ず知らずの人間に頭を下げなくてはならないことが、もどかしく感じて仕方なかったのだ。


「部屋の準備が整いましたので、ご案内いたします」 少女は話題を変え、部屋に案内をするため歩き出した。


ジンは腑に落ちない顔をしながらそれにゆっくりとついて行く。

受付に座っている少女の父親は相変わらず、暇そうに煙草を吸っていた。



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