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闇夜の爪  作者: べこちゃん
永久の樹と白き鬼
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サーマシバルの国境沿いにある町ティルフィング。

そこにある小さなビルにはクロウとセシリーの二人がいた。

お世辞にも綺麗とはいえ言えないオフィス。

黒光するデスクにはセシリーが気だるそうに顔を埋めていた。

窓からは容赦なく日の光が照りつけ、彼女の朱色の髪を熱くさせる。

「アー、暑い……」

「そうだな」

「……何でクーラーが壊れんのよ」

「何でだろうな」

クロウは素っ気なく返事をし、銃の整備をしている。

無論、相変わらずの無表情。

セシリーはそんな彼を一瞥しながらため息をこぼす。

蝉が外では大合唱を行っており、空には入道雲が湧き上がっていた。

彼女は汗が滴る朱い髪の中に強張る指を突っ込み、ぐしゃぐしゃとかきむしる。

「クロウ……暑いわ」

「そうだな」汗一つかいていない顔で同意するクロウ。

「何でそんなに涼しい顔が出来るのよ!」

暑さのあまり、気が立っているセシリー。

そんな時、タイミング良くデスクの上に設置してある電話から雑音ともとれる着信音が鳴り響く。

セシリーは面倒くさそうな表情を浮かべながら、ゆっくりと受話器を手にとった。


『やあ、セシリー』馴れ馴れしい口調の男の声が聞こえてくる。

彼女は鼓膜にその男の声が振動するのと同時に、嫌悪感丸出しの顔を露わにする。

セシリーにはその声が不快な気分をさらに相乗させるように感じた。

「……最悪」無意識のうちにその言葉が出てきてしまう。

『非道いなー。僕からのラブコールがそんなに嫌かい?』男の笑い声が暑苦しいオフィスに響き渡る。

「何の用よ、エルヴィス」

「つれないな。どうせ、暇してたんだろ?」


エルヴィスの言うとおり彼女達は相当、暇を持て余していた。

しかし、それは彼にはあずかり知らぬことである。

ただでさえ不機嫌な彼女は彼の言葉の一つ一つが気に食わなかった。

「だったら何だって言うのよ」

『依頼を受けてくれないかい?』その一言でセシリーの目の色が変わった。

クロウはその変化に気づきため息をつくのだった。

セシリーに来る依頼など碌なものではない。

彼女への依頼は風見直属の依頼が大抵である。

そして、その殆どに荒事がつきまとうのが常であった。

彼はそれをよく知っていた。

『永久の樹は知っているよね』

永久の樹とはフォレストライアをさらに南下した場所にある大樹である。

その名の通り、遥か昔からあり続けているその木は信仰の対象になるほどであり、その存在は子供ですら知っている。

謂わば、この世界の一般常識だ。


「知らない方がおかしいわよ」

『ま、当たり前か』エルヴィスはそう言いながら笑った。

「で、ソレがどうしたのよ?」

セシリーはデスクに人差し指を打ちつけながら、青筋をたてている。

勿体ぶっているエルヴィスに苛立ちを覚えているようだ。

『怒るなよ……本題にはいるけど、デプロージュ博士を覚えているかい?』

暫しの間が空く。

彼女は脳内からデプロージュの名を引き出そうとする。

「確か……カレッジの生物部門の人だったわよね。そういえば、生物多様性論やら個のアポトーシスやらあんたの好きそうな研究してたわね。それでその人がどうかしたわけ?」

『そう、なかなか面白い人だった』

「だった?」彼女はエルヴィスの語尾が気になり、反復する。

『死んだよ、確か三年くらい前だ」

唐突に告げられた事実に僅かながらセシリーは困惑する。

彼女とて知らぬ相手ではないため、その事実に虚無感を味わった。

思い出してみれば、確かに病弱な女性で、よく体調を崩していた。

生きていれば、まだ三十代半ばといったところだ。

「そう……ホント、優秀な人ほど早死にするわね」

『まあ、彼女の死はどうでもいいんだけどね。問題は彼女の行動さ』

人の死を軽い口調で流すエルヴィス。

その態度は気に食わなかったが、それに怒りを露わにしたところで歪んだ性格が直るわけでもなく彼女は話を聞くことに徹した。

「彼女はカレッジを突如として辞め、動物愛護団体の仲間入りしてしまったんだよ。絶滅危惧種であるクレイウルフの自然繁殖増加を目指してね」


「転職先を間違えてない?彼女の研究への熱意、特に個のアポトーシスの阻止に関しては異常なまでに執着を持っていたでしょ。まあ、あんたは彼女の論証を全て一蹴してたけど」


「彼女の論は僕が学生の頃に思いついたようなものばかりさ、熱意は認めるけどね。僕が彼女を認めたのはその熱意だけさ……その熱意を失うほどの魅力がクレイウルフにあると思うと僕も気になる」


段々と話の筋道が見え、セシリーは眉間にシワがより始める。

これからされるであろう依頼は風見直属のものではない。

エルヴィスの私用だ。

途端にやる気は失せ、電話すら億劫になる。

「……捕獲して連れてこいって?図鑑でも引っ張り出して眺めてればいいじゃない。だいたい、うちはいつから猟師になったのよ」呆れ顔でため息をつくセシリー。

『僕以外の人間の論なんて信用ならないよ。僕が認めているのは僕自身とあの人だけさ、それに仕方ないじゃないか、君にしか頼める相手がいないんだから』

「その性格を直せば、頼める人も出てくるわよ」そう言うとエルヴィスは手厳しいな、と笑う。

『頼むよ。通常の依頼額よりは出すつもりだよ』

その言葉を聞き、セシリーの口元は色っぽく歪む。

脳内で銭勘定が始まる。

エルヴィスが自分の発言に後悔するのはその銭勘定が終了した直後だった。

有無を言わさず上機嫌に電話を切るセシリー。

その屈託のない笑顔にクロウは嫌な予感を感じずにはいられなかった。



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