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「ふぃー」何とも可笑しなため息のつき、千歳は椅子に寄りかかる。
安堵が千歳の心を満たしていく。
途端に疲れが彼女に襲いかかり始める。
「終わったみたいね」ニナは千歳に微笑みかけて見せる。
「ええ、これで」
千歳が何やら話そうとした時、机の上に置いてあった彼女の携帯が鳴りだした。
彼女は慌てながら、それを手に取り電話にでた。
「もしもし」
『俺だ。始末はついた』
電話からは淡白な口調のクロウの声が聞こえてくる。
それを聞き、騒動が全て終わった事を理解した千歳。
始末という言葉にまたもや罪悪感を覚えてしまうが、すぐにそれを振り払う。
『そうですか。にしても……アレ?』
話の途中で彼女は口ずさむ。
パソコンにはシェル・キャトルのコントロール画面がでており、ニコルがそこで欠伸をしているのだが、突如として蝶のアイコンが画面の中に出現したのだ。
青白く輝く美しい蝶だ。
鱗粉が画面上に煌めくように舞っており、妖艶な美しさを放っている。
「何これ?」
このようなモノを彼女は今まで見たことがない。
一種のウイルスの類なのかと疑い始める。
気がつけば画面に目が食い入っていた。
彼女の呟きはクロウには届いていない。
『どうした?』クロウは何が起こっているのか分からず、千歳に問いかける。
そのすぐ後、AI起動の文字が画面に表示され、蝶は忽然と姿を消した。
それはまるで亡霊のようであった。
唐突にシェル・キャトルのAI機能が作動し、混乱する千歳。
「えっ、嘘!?」
彼女の驚く声は携帯を離した状態でもクロウに届く。
そして、そのすぐ後に電話からは何かがぶつかる鈍い音が響きそのまま電話は切られてしまった。
彼女は気づいていない。
後ろに立っているニナが恐ろしいほどの笑みを浮かべている事に。
彼女は気づいていなかった。
自身の後方に立つニナ・ヘイズルが恐ろしいほどの笑みを浮かべている事に。
千歳は必死な表情でキーボードを叩いた。
有り得ないと現状に驚嘆と憤りを感じながらがむしゃらに阻止しようとする。
焦りが彼女の心を満たし始め、瞳が世話しなく動き続けている。
彼女の体に冷たい空気がまとわりつくが、気がつかない。
彼女がどれほど主導権を握ろうと模索してもパソコンの画面には『AI起動』の一文字が表示されているだけで何も変化が起きない。
それが彼女の心を大きく乱す。
ハッキングに彼女は絶対の自信があった。
それを、突如として現れたアンノウンににいとも簡単にコントロールを奪われてしまったのだ。
彼女のプライドが傷ついたのは言うまでもない。
「何でよ!」
何度も再アクセスを試みるが侵入する事ができず、弾かれてしまう。
冷たさで指の感覚が鈍り、思考の針も凍ってしまう。
ニナはその光景を横目にゆっくりとその場を離れていく。
彼女の碧眼の虹彩は蝶の模様に変化しており、明らかに異質な雰囲気を醸し出している。
だが、千歳はニナがその場を去っていくのに気づく事はなかった。




