承認欲求に飢えた豚貴族ども(特に婚約者のお前)、砕け散れ!〜公爵子息の婚約者である私は、自らの美を追求し、やがて幸せを掴みます〜
今ここにいる貴方に捧ぐ。
承認欲求というものをご存知でしょうか?
他者から認められたいという欲求や、自分を価値のある存在として認めてほしいという感情のことを言いますの。
なぜ、そんなことを聞くのかですって?
それは勿論、私自身がその承認欲求に敵意を感じているからですわ。
「もっと服を着てくれれば、良い風に見えるのに」
やら
「ここの髪型をもう少し変えれば」
やら
「概ね可愛いが、この仕草を変えれば更に良くなる」
やらと。
一度たりとも、手放しで私を褒めたことがありませんの。別に貴方の為に美を尽くすわけじゃない。自分の魅力のために日々全力を注いでお洒落をしているというのに。
絶賛でなくても良い。照れ隠しでも良い。ただ、本音の称賛を聞かせてもらえれば、もっと違う今を歩んで来れたのでしょう。
それもこれも、全て、ランキングやポイントといった存在が悪さをしているのですわね。
私の住む宮廷は、国の繁栄を映すように、広大かつ豊かな土地の上に敷かれておりますの。そこには数百数千といった貴族が一緒に暮らしておりますわ。
他国ではまず存在しないこの宮廷の体系は、更なる不条理を産んだのですわ。
貴族たちの暇が集積する怠惰の温床。
そこで生まれた究極の暇つぶしが、ポイントとランキングという制度ですわ。
簡単に説明しますと、宮廷内の人間の装束を含めた外見をポイント制で採点し、その上下によって格付けを行った結果がランキングなのですわ。
男女別にもランキングは用意されていますわ。随分と親切な設計になっているものですわね。総合、月間、週間に加えて日間まで。そんなスパンで詳細に記録と張り出しを行う従者の気持ちを考えたこともないのでしょう。
ポイントは従者と城下町で募った一般市民が行う投票によって、評価されますの。絵では実際の魅力が伝わりにくいので、用いられたのが投射の魔道具ですのよ。
なんとも見せかけの公平性を保つ為には、努力を惜しまない人種でして。新たな技術まで生み出してしまいましたわ。
ランキング制度の導入は、宮廷の社会を滅茶苦茶にしましたわ。元々貴族意識の高い我々……と仲間扱いしたくもない彼らは、こういうのにもう目がなくゾッコンで。
珍しい衣装を取り寄せたり、流行のメイクを取り入れたり、奇を衒って奇抜なファッションをしてみたり。
……正直、疲れましたわ。えぇ、疲れましたとも。
ランキング上位のコーディネートに寄せてみたり、その系列のスタイリストを雇ってみたり。
そう、疲れたんですの。
ランキング上位を目指すのも、それを願う婚約者の機嫌を取ろうと身を削るのも全て。
だからもう、これからは自由に生きようと思いますの。
『他人の目を気にせず、流行に囚われず、ただ自分のしたいことをやり通す』。
このマインドこそ、美を追求する者に対する必須事項なのですわ!
つまり、まぁ、私が何を申し上げたいかと思いますと——
——承認欲求に飢えた豚貴族ども(特に婚約者のお前)、砕け散れ!
ということですわ。
ですが、その体現のためには、公の場でその意を示す必要がありますわよね。
その場としての最適解を、つい先日お聞きしましたの。
自分の婚約者をマウンティングの道具としか見ずに、自分は自己研鑽する姿勢すら見せない矛盾男である彼の家が主催する祝賀祭が来週開かれるとのことで。
これは黙ってられません。
家を出る支度と、事を起こす下準備。これらを整え、いざ参らん!
承認欲求という呪いから解き放たれ、自由を掴むのよ!
オホホ!
◆◆◆◆
宮殿の大広間を用いて行われる祝いの宴。
力のある貴族はこうして大きな空間を自由に使用できたりする。
同じ建物内に様々な爵位の貴族が混在する分、他国よりも貴族同士の上下関係を意識する機会が多い。
……全てお父様の受け売りで、私自身は他国のことなど何も知りませんけれど。
私はいつもの通り、婚約者であるニーズから話す場をいただき、壇上に上がった。
今までであれば、それとない社交辞令と当たり障りのない挨拶の言葉で会を盛り上げていたが、今日はそうではない。
「ニーズ・トレンディア様、あなたとの婚約を破棄させていただきますわ!」
「なぬっ!?」
老成したおじさんの様な反応をするのは、私の婚約者、トランディア公爵子息様。顔だけは良いものの、服装の趣味は悪く、金に物を言わせたような、宝石と布地だけの量産型ファッション。……最近は見飽きてきましたわ。
え? 五等爵の中で最も位の高い公爵家を手放すのは勿体ない? もう少し考えたらどうかって?
そんなことは何度も考えましたわ。それに、そんなことを尋ねる貴方がたは、裏で涙を流しながら気丈に振る舞う覚悟はありますの?
どれほど美味しいパンでも、涙に濡れて仕舞えば、さもしいパンに早替わり……。心の苦痛は何事にも代え難いのです!
「何故だ! 俺はお前に不自由はさせてこなかったはずだ!」
「不自由はさせてこなかった? なら、これらはどういうつもりですの?」
ウォークインクローゼットから運んでもらった衣装を一枚ずつ、平机に並べていく。
本当は自力で運びたかったけれど、従者に止められてしまいましたわ……。
週替わりのランキング一位の服が、毎週の休日に部屋に用意される倦怠感たるや……。
まるで、「今のお前では足りない」と突きつけられているような気分でしたわ。
それに、こうしてちゃんと見てみると、同じような意匠のドレスが並んでいるものですわね。
その時その時には気づかなくとも、流行が一周回って過去で人気だったものが上位に上がる。当時の流行を取り入れようとしていた私達には皮肉な結果ですわね。
「これは全てお前のためを思ってのことだ!」
「私のことを思うなら、一言でもいいからその日の私を見て褒めて欲しかったですわ」
「俺はお前には、『昨日より綺麗な自分』でいてほしかっただけだ!」
「なら、もう少し待つ心を持つべきでしたわ」
「待つ心、だと?」
全くピンと来ていない様子のニーズに、一枚の服を放り投げる。彼は、少し戸惑いながらキャッチした。
「それは何の服か憶えておりますか?」
「なんだ。俺が初めて贈ったドレスか?」
思った以上に、ロマンチックな答えが返ってきてたじろぐが、すぐに我を取り戻す。
そういえば、初めて贈られた服も、当時のランキングトップの服でしたわね。
「ランキング表に触れる前の私が、一度だけ取った首位の座……。私の地力のコーディネートが賞賛された際のドレスですわ」
「あぁ……そうだ。首位を取れた時に、お前は喜んでいたではないか!」
「そりゃあ、喜びますわよ。自分の魅力が、周囲に評価されたんですもの。まぁ、その後の顛末を考えれば、手放しで喜ぶべきではなかったのでしょうけれど」
首位の座を取って、初めて知ったランキングという存在に、六年近くも振り回されることになろうとは思っていなかったんですわよ。
「……褒めてなかったように聞こえたかもしれない。でも、俺はお前に更に上を目指してほしかったのだ」
「人の魅力として上を目指すことと、ランキング上位を目指すことを履き違えないでくださいまし。私があの時に喜んだのは、私の魅力が他の方にも伝わったからですわ」
人気が魅力を生むのではなく、魅力が人気を生むのですわ。
「俺は、お前に流行の先端にいてほしかっただけだ」
「一つ、貴方の考えを正しますわ」
人差し指を立てる。そして、スカートを摘んでその場でくるりと回った。
「——流行は、乗るものでなく、取り入れるもの。いっときの波に流されてしまっては、本当の魅力には辿り着けぬものですわ!」
完全に決まった。
立てていた人差し指を彼に向けて告げることまで全て。
……周りの声はうるさいですわ。
「何様のつもりだ!」
誰よりも美しい令嬢ですわ!
「おいたわしや、ニーズ様……即刻今の言葉を取り消すのだ!」
取り消す訳がありません。貴方こそ、公爵子息の嫁に対してその言葉、取り消したほうがいいのではなくて? 嗚呼、今その肩書きを捨てたところですけれど。
「毎週贈り物を賜っておりながら、贅沢だ!」
贅沢? 必要なもの(婚約者からの称賛)すら貰えない私に贅沢とは何事ですの?
……はしたないので、反論は心の中に抑えることにしますけれど。
「私が成りたかったのは、私の理想の私です。あなたの理想でもなければ、他の皆様の理想でもありません。ただ、自己改善と美を追求した、その先にある頂。それを目指す心こそ、真の向上心と言うのですわ!」
ニーズは、何も言わずに膝を折る。
手にした昔のドレスを握り締め、天を仰いでいた。
「……全て直すと言えば、お前は、赦してくれるのか?」
「無理ですわね。それに、貴方が真に欲しいのは、一位の女性なのでしょう? 社交界でのお話、私が聞き及んでいないとでも?」
「うぐ……」
ニーズは、石ころでも喉に入ったかのように言葉を詰まらせた。
私は、知っていましたの。
私がランキング上位に入るや否や、仲間を呼びつけて自慢をし、入らなければ私の努力不足とのたまう彼の二枚舌を。
「マウントを取るための着せ替え人形なら、もっと適役がいましてよ」
彼は俯き、遂には顔をも上げなくなった。
憔悴しきった彼を見て、先程まで煩かった喧騒も止んでしまった。
「……俺はどこで間違えた?」
死にかけのような掠り声。
長く一緒に居過ぎたせいか、寄り添いそうになる心を必死に抑える。
「初めから、ですわ。客観的な魅力を追い求める貴方と、主観的な魅力を追い続ける私とでは、価値観が違いますのよ」
「……これから、どこへ?」
「さぁ」と、私は両掌を天に向けた。
「でも、この宮殿のやり方は私の性に合っていませんの。ですから、『こことは違うどこか』としか言いようがありませんわ」
そうだ。旅に出るのも一興ですわね。
「……俺は、お前に上の景色を見てほしかった」
「私は、大衆に称賛されるより、貴方一人の褒め言葉を聞けるだけで幸せでしたのよ」
吐き捨てた言葉は、どこか冷たくて。でも、これまでの私たちの時間を抱きしめるような温かさが胸を掴んだ。
彼の目に見えたのが、本物の涙なのだとしたら、この訣別も無駄ではなかったことになる。
今はただそれだけを願って。
私が退室する間、何故だか、誰一人として声を漏らさなかった。
◆◆◆◆
宮殿の門扉の前まで来て、今までの思い出と共に自分の暮らした場所を振り返った。
「さーて。これからどうしたものかしら」
父母に、彼との婚約破棄と、旅に出ると言う決意を申し伝えた。
『勘当だ』とでも言い出されまいかと不安だったが、全て杞憂に終わった。
「いつでも帰ってこい」
なんて言われてしまった時には、涙が溢れそうになってしまった。いや、絶対に泣きませんけれど。
順位という鎖から解き放たれ、自我という翼を取り戻した今、私が次に向かう場所は——。
ひゅ〜、と風が吹き抜ける。冷たい北風が優しく頬を撫でた。
「北の大地から吹く風……」
自分で口にして、思い出した。
つい先日、興味本位で読んだ本の内容を。
「北には、持ち前の魅力を競う大会があるらしいですわね。その大会で優勝すれば、賞金と共に美で生きるための資格を得られる、でしたわね」
しかも、審査員は全国から呼び出される美の追求者たち。何か一つの価値観に依存することなどないだろう。
自身の審美眼と魅力を競う場所。
きっとそこでは多くの刺激が私を待っているでしょう。
さぁさぁ。行こう、北の地へ!
美を求め、美を使い、美を重んじて生きるのですわ!
他意はありません。
対ありです。




