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神様の恋愛支援  作者: 牛熊


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3/3

3

佳奈との契約が成立した後、那津樹は公園から佳奈を連れ出した。


汚れた顔のままでは話もできぬと、佳奈を家へと送り届け、佳奈の部屋でしばし待つ。


顔を綺麗にして一息ついたのか。


それとも、意思の力だけで切り替えたのか。


佳奈が戻ってきた時、公園で垣間見た鬼気迫る雰囲気は幾分か落ち着いていた。


代わりに、闘争心の宿った目がギラギラと輝いている。



「さて、改めて状況を整理しよう」


那津樹は佳奈に座るよう促し、作戦会議を始めた。


「お主は拓真と付き合うため、やることはちゃんとやっていた。やり過ぎと言っていいほどに。惜しむらくは相手と経緯と時期と決断が悪かった」


「全部駄目じゃない!」


喧嘩を売っているのかと佳奈は目尻を吊り上げる。


那津樹は意に介さず、哀れみの籠もった眼差しを返した。



「何か1つでも違っていれば上手くいっていただろうに。不憫なことよ」


「うぅ...」


那津樹に痛いところを突かれ、佳奈はあっさりと落ち込み、床に手をついてしなだれた。


どうやら溢れんばかりの闘争心は空元気だったらしい。


(好いた相手が他人に告白する現場を見たとなれば、空元気でもなければ自分を支えられまい。吠えられるだけマシだ)


那津樹は佳奈の様子を見計らい、「この調子なら話くらいはできるだろう」と判断して作戦会議を先に進める。



「重要なことは1つ。拓真の告白は上手くいかなかったが、お主が何かしらの加点を得たわけではない。いや、攻め手に欠けるという意味では不利だ」


「どういうこと?」


「人間は変化に弱いということだ」


那津樹の言葉を受け、佳奈は少しだけ思案して解答へと辿り着く。



「私が今まで通りのアプローチをやっても効果はないけど、別の女の子がやったら破壊力があるってこと?」


「そういうことだ。お主が胸を押し付けても何も起きんが、別の女がいきなりそんなことをすれば拓真も驚くだろう」


「それはそうね…。私の目の黒いうちはそんなことさせないけど」



那津樹の指摘は佳奈も懸念していた。


これまで警戒は怠らなかったが、これからは一層厳しく見張らねばならない。


自然と口元が引き締まる。



(いっそ押し倒せと言いたくもなるが......そういうのはよろしくない)


今回の目的は告白の成功ではなく、佳奈の感情に後腐れのない形で区切りをつけることである。


その前提からしても下策だった。



(まあ、自室に招くくらいはできようが、それで失敗しようものなら目も当てられん)


拓真が拒否すれば2人の関係は修復不可能なほどに破綻する。


そうなれば発狂した佳奈が何をするか分からない。


そんなリスクを取ることはできなかった。



「話を続けるぞ。孫氏とやらが曰く、相手が振られたり落ち込んだりして、弱ったところを押せば容易く落とせる。有名な話だな」


「そんなこと言ってたかなぁ…」


「だが、今回は話が違う。拓真は振られてすぐに新しい相手に乗り出すような男ではない」


「そうね。岡村さんもしばらくは学校にいるわけだし、そんなことをすれば幻滅されるから無理でしょ」


互いの認識が一致していることを確かめた2人は視線を合わせ、頷く。


今仕掛けるのは愚策。


では、いつ動き出すか?



「勝負は件の相手が転校してから。その間、お主がやるべきは勝つための一手を見出すことだ」


「でも、拓真の動向は分からないわよ?」


キッパリと言い放つ那津樹に対し、佳奈はいくらか不安げな表情を浮かべた。


頭では理解していても、万が一のことがある。


実際、拓真の告白は偶然がきっかけだったのだ。


それが再び起こらないという保証は無い。


痛々しい記憶が佳奈の心を揺さぶっていた。



「それは儂が調べてやろう」


「えっ?いいの?」


「それくらいは支援の範疇だ」


「そう。じゃあ、お願いするわ」


事もなげに言い放つ那津樹。


佳奈は目にした不可思議な現象を思い出し、神様ならそれくらいできるかと勘違いした。



佳奈は那津樹が拓真に通じていることを知らない。


普段の佳奈であれば、拓真の変化が那津樹によるものだと気がついていたかもしれない。


だが、精神的な余裕の無さから注意が至らなかった。


そして、那津樹は双方に通じていることを説明するつもりはない。



(やれやれ、どうしてこんなことになったのか…。情けなくて泣き言の1つもこぼしたくなる)


恋愛の揉め事は傍から見る分にはこの上なく楽しい。


しかし、当事者となれば笑っていられない。


当初は人間の恋愛話にちょっかいをかけようとしただけなのに、いつの間にか人間に振り回されていた。



(他の神にこんな無様を見られては、何を言われるか分かったものではない。とはいえ、手を抜くわけにもいかん。やるべきことをやろう)


那津樹は何とか気を取り直して、佳奈と今後の計画について詳細を詰め始めた。


かくして、神の奇妙な恋愛二重スパイ生活が始まった。



**********



佳奈との作戦会議が終わった後、那津樹は拓真の元へと急行した。


(振られた後のフォローをしなければ...)


告白を引きずり、拓真が「しばらく彼女とかはいいかな」と言い出せば全てがご破算になる。


立ち直るまで長い時間が必要となれば、佳奈は今の状況に耐え続けられるだろうか?


7割で暴発すると那津樹は予想していた。



(様子はどうだ?)


緊張で高鳴る胸を押さえながら那津樹が部屋に入ると、拓真は飲み物を片手にボーッとしていた。


その姿を見て那津樹は一瞬顔をしかめたが、目が死んでいないのに気がついて安堵する。



(捨鉢になったのではなく、ただ思索しているだけか。最悪の状況は避けられたようだ...)


すっかり慣れたこともあって、拓真は突如現れた那津樹を見て驚く様子はない。


黙って会釈した。


那津樹は一拍置いて、何気ない様子を取り繕って拓真に話しかける。



「告白はどうだった?」


白々しい言葉に、思わず自嘲の笑みを浮かべそうになる。


だが、告白の現場を盗み見していたことを伝えるわけにはいかない。


仮に拓真が察していたとしてもだ。


表面上は「知らない」という体をなさねば、双方の信頼にヒビが入る。



「ちゃんと告白はできたんですけど...振られちゃいました」


拓真は少し切なそうに、陰のある笑みを浮かべた。


「......そうか」


「手伝ってくれたのに、こんな結果になってごめんなさい」


「いや…」



那津樹が何か言う前に、拓真は何があったのかをとめどなく話し続ける。


それは、きちんと説明しようとする意思だけによるものではない。


胸につかえたものを吐き出したいという想いもあったのだろう。


那津樹は相槌を打ちながら拓真の話を聞き続けた。


そして、最後まで聞き終えた後に思わず唸り声を漏らした。



「むぅ…」


説明の中には那津樹を責めるような言葉や、転校という不条理さを訴えるような言葉は存在しなかった。


拓真からすれば太鼓判を押した那津樹に対し、「話が違う」と罵声の1つも浴びせたいところだろう。


だが、そうしない。



(強い自制心と立派な人間性。見事だが、その分だけ痛々しい…)


辛くとも八つ当たりなどせず、取り乱したりもしない拓真。


その心中はいかばかりか。


涙を1つでも流せれば楽になっただろうに。


那津樹は胸が痛くなった。


そして、この状況から拓真を回復させ、上手いこと佳奈を告白させねばならない。


那津樹は頭が痛くなった。



(とにかく、今は余計なことなどせず、話を聞き続けるしかない)


振られたばかりの人間に対し、いきなり気晴らしだなんだと何かさせようとするのは不味い。


そう判断した那津樹は、拓真が話しやすい話題をひたすら振り続けた。



**********



昼休みの校舎裏で、佳奈は1人苛立たしげに腕を組んで佇んでいた。


いや、実際に焦っており、端正な顔を僅かに歪めている。


佳奈は自ら率先して動き、主導権を取ろうとする性分である。


それ故に、何も手を出せないままでいることが酷くストレスだったのだ。



「焦るな。賢いお主なら状況を理解しているだろう?」


佳奈の前に、待ち合わせをしていた那津樹が姿を表す。


もっともな言葉に佳奈は叱られた子供のように視線を逸らすが、その顔は納得などしていなかった。



「......理屈では分かっていても、受け入れられるかどうかは別でしょ」


「それでもだ」


「拓真は元気がないままじゃない」


好きな相手が落ち込んでいることに胸を痛める優しさを持つ。


同時に、自分以外の女を引きずっているのも気分が悪い。


実に人間らしく異なる感情に振り回される佳奈を前に、那津樹は天を仰いだ。



(拓真が調子を取り戻すため今しばらく時間を置きたい。だが、こやつに詳細な話はできん。というか、こやつのメンタルケアもしなくてはならん。なんとすればいいのか...)


告白から1週間が経過した。


拓真はかなり持ち直したが、誰かからの告白を受け入れるような状況にはほど遠い。


ありきたりで突発的な恋心だとしても、当人にとっては決して軽いものではなかったのだ。


救いがあるとすれば、何かを察した男のクラスメイトたちが拓真を遊びに誘い、フォローしようとしてくれていることだった。



「件の相手は?」


「今日、先生から正式な連絡があったわ。岡村さんは3週間後に転校するって」


「ならば、3週間以内に告白のプランをまとめねばならん。不満げにしている暇はないぞ」


佳奈のような相手には慰めよりも、具体的な行動目標を設定した方が精神が安定する。


そう判断し、少しばかり煽るように言葉を選ぶ。


その甲斐あってか、佳奈の表情が幾分か和らいだ。



「それなんだけど...いきなり告白するのは駄目なの?小細工抜きで」


「できるのか?」


「...........できるとは言ってないけど。計画を練るため!そう、参考までに!」


普段は積極的かつ攻撃的なくせに、肝心なところでは腰が引ける臆病さ。


那津樹は呆れ果てながらも、必死に説得を続ける。



「止めておけ。友人だと思っていた相手から突如告白され、『そういう対象じゃない』と拒否されるのは珍しくない。下準備が必要だ」


「でも、男女を問わずナンパがきっかけで付き合いました。選んだ理由は顔です。よく聞く話でしょ」


自分の顔に自信がないと口が裂けても出てこない言葉である。


那津樹は渋い顔をするが、実際に器量がいいだけに文句をつけられなかった。



「それは全く知らん相手だからこその話だ。お主と拓真には長年培ってきた関係がある。それをひっくり返すようなことをすれば、まず出てくるのは驚きと拒否」


「驚き?」


「人間は今の環境が壊れるのを恐れるからな。知らん相手にはそれがない」


「『変わりたくない』ってことね......」


佳奈は那津樹の説明に共感できたのか、少し淋しげに頷いた。


拓真が告白するようなことがなければ、今まで通りの関係を緩やかに維持していたであろうことは想像に難くなかった。



「なら、どうするの?最近、拓真を熱心に見てる女子が増えてるのよ。このままじゃ先を越されかねないわ」


「今のままでは勝ち目がない。となれば、後は地の利や時の利を活かすしかあるまい」


「よく分からないんだけど?」


佳奈も那津樹が変なことを言い出すことに慣れ始めてきたが、それでも意味が分からないものは分からない。



「落ち着いた場所で2人だけの状況に持ち込み、昔話などをして2人の思い出を掘り起こす。そして、いい感じの雰囲気を作ってからの告白。これしかあるまい。自力では足りぬというなら、シチュエーションの力を借りるのだ!」


拳を握って力強く宣言する那津樹に対し、佳奈は声を荒げた。


「そんな都合良くいくわけないでしょ!それができれば苦労はしないのよ!」


「やらねばならんのだ!」


眼尻を上げて叫ぶ佳奈に対し、那津樹も引かずに叫び返す。


その顔は助言者という立場ではなく、一介の恋愛話好きとしての矜持が滲み出していた。



「『家族にも等しい幼馴染』という関係を、『告白はしていなかったけど実質恋人だった』と逆転させねば勝機はない!それが出来なければ幼馴染に待つのは敗北のみ!」


「お、おおぅ...」


見開いた目に力が籠り、血走る。


那津樹の剣幕に押され、佳奈は思わず一歩後ずさった。



「でも、いい感じの雰囲気とか言われても...。どうやってそんな状況に持ち込むの?」


「きっかけはちょっとしたことでいい。相手の懐に飛び込むことができれば、後は思い出や雰囲気が勝手に後押ししてくれる!」


「ナンパしてる男が言ってることと大差ないんだけど?」


「人付き合いなどそんなものだ。それより、告白に適した場所に心当たりはあるか?」


しばしの間、佳奈は腕を組んで思案する。


有名な告白場所は把握している。


だが、しばらくの間2人だけでいられる、という前提を満たすのはなかなかに難しい。



「有名な公園は…この前のことがあったから駄目。坂を登ったところにある展望台は子供の頃に2人でよく行ってたけど、周囲には何もないから流石に怪しまれる」


「離れている場所は難しいな。近場ではどうだ?」


「手堅いのはどちらかの部屋。いっそ放課後に人気の無い教室でもいいかも」


「それであれば教室の方だな。校内なら時期を見計らいやすく、拓真も油断するに違いない」


この非情な言葉を聞き、佳奈は那津樹に対する警戒心を一段階下げた。



(ちゃんとこっちのことを考えてくれてるみたいね。拓真を諦めさせるため、わざと告白を失敗させようと企んでるのかと警戒してたけど...。これなら大丈夫かな?)


那津樹が退路を断つように言ってきたことを忘れてなどいない。


那津樹の言動は注意深く観察してきたが、これまで自分の不利益に繋がるようなところはなかった。


確かにドライではあるが中立的だ。



(下手に同情的な相手より信頼できる)


那津樹に怪しいところが全く無いわけではないが、それでも頼れるのであれば構いはしない。


あの日、それを理解した上で手を取ったのだから。



「じゃあ、良さそうな場所を探しておくわ」


「任せた。こちらはこちらの仕事をしよう」


2人は視線を合わせて頷き合い、互いに背を向けて自らの戦場へと足を向けた。



**********



「最近、佳奈ちゃんの様子がおかしいんです」


「ほ、ほほぅ......」


学校帰りの公園。


拓真が唐突に切り出した言葉に、那津樹は冷や汗が止まらなかった。


拓真は公園のベンチに座りながらスマホを耳に当て、電話しているようにカモフラージュしている。


那津樹は拓真の前に立っていることもあり、内心を悟られないように必死に表情を取り繕った。



「様子がおかしいとは?普段よりも怒りっぽいとかか?」


「なんというか、以前よりもこっちをよく見てるんですけど...。表情や雰囲気が不安定な気がするんですよね。まるで思い詰めてるみたいで」


那津樹は空とぼけて聞き返したが、拓真の回答を聞いて思わず奥歯をギリリと噛み締めた。



(バレておるではないか!何をやっておるのだあやつは!)


不審な言動は無駄な警戒心を呼び起こす。


だから、あれほどまでに注意するよう申し付けたのだが、やはり佳奈は以前ほど上手く取り繕えていない。


(このままでは計画に支障が出てしまう。なんとかフォローせねば...)


疑念を晴らそうと、那津樹は深刻さを打ち払うような軽い雰囲気で答えた。



「ふむ、まあ相手も人間だ。多少の変化は仕方あるまい。それにしてもよく気がついたな。大したものだ」


那津樹は拓真を褒める形で話を逸らそうと試みた。


「那津樹様に『ちゃんと相手をよく見ろ』と教えられたおかげですね。でも、心配だな...」


自業自得だった。



(佳奈と話をするよう促すか?上手くやれば『相談に乗っている間に距離が近づいて』という、王道パターンに持ち込むことも...。いや、下手に接触機会を増やせば、この先の展開が読めなくなるリスクもある)


那津樹はしばし逡巡した。


どちらが正解かなど誰にも分からない。


だが、だからこそ、自らの意思で決断しなければならない。



「.........女心と秋の空という。活動的な者ほど情緒が乱れやすいこともあるだろう。心配のしすぎでは?」


相談に乗って貰うにしても、『あなたにどうやって告白するかを考えています』など言えるはずがなかった。


(それに佳奈は受け身にまわると弱い。今のあやつでは上手く対応できないだろう)


告白を控えた状況で、下手に心理的な距離が開くことだけは避ける。


それが那津樹の下した決断だった。



「そうでしょうか?」


「気になるなら、もうしばらく様子を見てから判断してはどうだ?」


「...そうですね。そうします」


那津樹のもっともらしい言葉に納得したのか、拓真は頷いた。


那津樹が安堵のため息を漏らすと、拓真が再び口を開いた。



「そういえば、いつまで助けてくれるんですか?約束の件は終わったと思うんですけど」


拓真の疑念ももっともだった。


結果が芳しくなかったとはいえ、告白までは辿り着いたのだ。



「アフターケアだ。お主が元気になるまではな」


佳奈との契約を説明するわけにもいかず、那津樹は適当なことを言って誤魔化す。


「そうですか。お手数をおかけします」


拓真が信じ切った様子で頭を下げるのを見て、那津樹の胸が痛んだ。


同時に、この信頼関係を失うことへの恐怖も込み上げてくる。



(露骨な誘導をすれば全てが台無しになる。やはり慎重に事を進めねば...)


戦々恐々としながら、那津樹は今後の展開を思索し始めた。



**********



沙織里が転校してから数週間後。


佳奈は校舎の隅にある教室へと向かっていた。


その顔には決意が滲み出している。



(私は臆病で、いつも肝心なところで逃げ出した。だけど...)


―――今日こそ告白する。


―――今度こそ告白できる。



拓真には連絡済み。


「用事があるから少し遅れる」と言われたので、先に着いて待ち構える予定だ。


歩みを止めない佳奈の脳裏に那津樹の言葉が思い浮かぶ。



『拓真は良く言えば勇敢、悪く言えば向こう見ず。佳奈は良く言えば慎重、悪く言えば臆病』


『お主に足りないのは一握りの蛮勇』


『賽を投げねば目が出ることはない』



(この日のために2人で会話のシミュレーションプランを作り上げ、告白の練習は欠かさなかった。後は実行するだけよ!)


那津樹と共に拓真の反応を何パターンも予想し、いずれにも対応できるよう準備した。


言うべき言葉も暗誦し覚えている。



(念のため、教室で軽く練習しましょう)


しかし、その考えに水が差される。


目的の教室から人の声が聞こえたのだ。


男性と女性の声。


こんな人気の無い場所に男女がいるとなれば、目的は限られる。



(まさかバッティングしたの!?よりによって今日だなんて!)


校舎内で告白に適した場所は限られる。


しかし、同日同時刻となれば、重複する可能性は限りなく低いはずだった。



(どこの誰よ!)


歯噛みしながら教室の中を伺う。


見えたのは黒髪の女子生徒。


ただの偶然だが、どことなく沙織里に似た雰囲気がある。


その彼女がちょうど告白する場面だった。



「ずっと前からあなたのことが気になってたの。恋人になってくれない?」


(あちゃー、邪魔したら悪いわよね…。って、えっ!?)


告白相手を見て佳奈は愕然とした。


そこに立っていたのは拓真。


その瞬間、佳奈の脳内は真っ白になる。


そして、拓真が笑顔で答えた。



「そう言ってくれてありがとう。凄く嬉しいよ」


「じゃあ...!」


拓真の言葉を聞いて、女子生徒も笑みを浮かべた。



(......先を越された)


状況を理解した瞬間、佳奈の決意は吹き飛んだ。


勇気を振り絞ろうとしていただけに、想定外の衝撃に耐えきれなかったのだ。


残ったのは臆病な自分だけ。


佳奈はくるりと背を向け、逃げ出した。


足音を聞いて、拓真は何事かと教室の外へと顔を出す。


その視線の先には、走り去る佳奈の背中が映っていた。



**********



校舎から逃げ出した後。


佳奈は坂の上の展望台のベンチに座り、1人涙をこぼしながら膝を抱えていた。


(最悪。自分の駄目さ加減に呆れ果てるわ…)


今にして思えば、拓真が告白を受け入れると決まったわけではない。


最後まで見届けるべきだった。


待ち合わせを反故にしたのも駄目だ。



(今頃怒ってるだろうな。でも、最悪の結果を見る勇気が無かった...)


だから、逃げ出した。


沙織里との告白の時と同じだ。



(結局、私は子供の頃のまま。臆病でよく泣いていた時から何も成長していない...)


こぼれ落ちる涙をハンカチで拭い、頭を抱えて途方に暮れる。


明日からどんな顔で拓真に会えばいいのか?


想像するだけで気が滅入る。



「はぁ...」


「見つけた」


佳奈がため息をついた瞬間、背後から声がかけられた。


それは聞き間違えるはずのない声だった。



「......拓真」


「大丈夫…では無さそうだね」


そう言って、拓真は佳奈の隣に腰を下ろした。



(肩に手を...置くのはちょっとな)


どう慰めようかと迷うが、佳奈に触れることを意識し、躊躇った。


目の前には自分たちが育った街の風景が広がる。


あえて佳奈の方には視線を向けず、いつも通りの口調で言葉を続けた。



「最近、様子がおかしかったから心配してたんだよ」


「......よくここが分かったわね」


佳奈の問いに、拓真はどう答えようかと迷う。


佳奈を見つけられたのは那津樹が教えてくれたからだ。


しかし、そんなことを言えば、頭がおかしいと思われてしまう。



「昔、何かあるといつもここに来ていたのを思い出したんだ」


「そうだった?」


「そうだよ。忘れちゃった?」


「どうかしら?」


佳奈は昔のことを忘れてなどいない。


あの日の記憶は今も胸に燻り続けているが、恥ずかしくて言い出せなかった。



「本当に立派になったわ。女の子にもモテるのも当然よね」


拓真は笑い声を上げた。


「でも、好きだった人に振られちゃった。人生、頑張っても上手くいかないことはあるよね」


(それは...)


拓真の言葉を聞いて、「迂闊なことを言ってしまった」と佳奈の胸が痛む。


自分を慰めるためとはいえ、古傷を抉るような真似をしてしまった。


せめても、と知らないふりをする。



「そうなの?」


「岡村さんにね。転校するからごめんなさいって」


「そうなんだ。それと、ごめんなさい。さっきの告白、邪魔しちゃったんでしょ?」


「ああ、大丈夫。断ったから」


「えっ、断ったの?」


佳奈は思わず「岡村さんに似てたのに?」と言いかけ、唇を噛むようにして無理矢理口を閉じた。


もし言葉にしようものなら、拓真の心情と自分のプライドの両方を踏みにじると悟ったからだ。



「うん。何か違うなって思ったから。だから、気にしないで」


何事もないように振る舞う拓真の姿からは、その心情は推察できない。


(もっと詳しい理由を聞きたいけど...)


佳奈は迷う。


だが、結局それ以上踏み込めなかった。


代わりに、このままでは間が持たないと、取り留めのない話を始める。



昔、2人でここによく来たこと。


悪戯をして仲良く叱られたこと。


最近の拓真が見違えたこと。


佳奈に褒められ続け、流石に拓真もむず痒そうする。


気がつけば日は傾き、周囲は夕日で赤く染まっていた。



「褒めすぎじゃない?何でそんなこと言えるの?」


不思議そうに尋ねる拓真。


その目は純粋で、疑心や誘導の色などない。


だから、佳奈は油断してしまった。


胸の内から言葉がポロリとこぼれ落ちる。



「私も拓真が好きだから」


その瞬間、時間が止まった。


拓真は突然の告白に何も言えない。


佳奈は自分の失言を悟り、顔を伏せてプルプル震えた。


瞬く間に耳まで真っ赤に染まる。


そして、腰を上げて拓真に背を向け。


―――今まで逃げ続けてきたことを思い出し、動きを止めた。



「.........拓真、こっち見て」


「...はい」


佳奈は拓真の方にゆらりと向き直り、戸惑う拓真の顔を両手で挟み込む。


そして、大きく深呼吸し、拓真の目をキッと見据えた。



「好きよ」


「......僕も」


拓真の答えに佳奈は満足しない。


恐れることを知らず。


―――更に一歩踏み込む。



「友人としてじゃなく、恋人としてよ」


佳奈の真剣な眼差しに押され、拓真は目を見開いた。


そして、笑顔で「僕もだよ」と答えた。



「本当?」


「本当だよ」


「じゃあ抱きしめて」


「えっ?」


「昔みたいに抱きしめて。最近は私の方からばっかりじゃない」



佳奈は両手を広げ、促す。


拓真は照れながら、それでも佳奈の背に手を回して優しく抱きしめた。


佳奈は拓真の胸に顔を埋め、そのまま2人は微動だにしない。


しばらくして佳奈は顔を上げ、微笑んだ。



「.........顔が真っ赤よ」


「流石に恥ずかしいからね」


拓真は照れくさそうに後頭部を掻く。


夕日に照らされるその笑みは輝いていた。


あの時見たのと同じように。



「......色々あったが、良いものが見れたからよしとしよう」


微笑み合う2人を見て、那津樹は満足そうに頷く。


―――そして、音もなくその場を後にした。



**********



恋愛話好きは2種類存在する。


付き合う前のやり取りを楽しみたい者。


そして、付き合ってからのやり取りを楽しみたい者である。


那津樹は前者だった。



後者が嫌いなわけではない。


だが、やはり前者には告白という一大イベントが控えており、盛り上がりが分かりやすい点が好みだった。


だから、佳奈の告白を見届けた時点でお役御免だと考えていた。


無論、その後の展開が気になるので隠れて2人を眺めていた。


数週間経った後も、姿を表すようなことはしなかった。


しかし今、那津樹は佳奈の前にいる。



「......何の用だ?」


佳奈は拓真に告白した後、那津樹を呼び出すべく毎日1時間ほど祈り続けた。


当初は無視していた。


しかし、呪詛の類に近いような圧力を感じ、耐えきれなくなって佳奈の部屋へと赴いたのだった。



「助けて!お願い!」


佳奈は両手を顔の前で合わせ、必死そうに頭を下げる。


その様子に那津樹は首を傾げた。


「助けてとは?告白は上手くいったのだろう?」


「......ここから先の関係の深め方が分からなくて」


「小学生か?」


那津樹がこぼした言葉に、佳奈が気まずそうに視線を逸らす。


情けないことを言っていると、当の本人がよく理解していた。



「はぁ...。今どきの女子高生なら、デートなりキスなりさっさとステップアップしていくものだろう。似たようなことは今までやってきたのだから、今更何を躊躇う?」


「嫌がられたらどうするの!体目当てだって勘違いされるかもしれないでしょ!」


「普通逆だろうが」


「最近は女から攻めるのは珍しくないの!」


「...それは一理あるな」



那津樹は最近読んだ恋愛マンガのことを思い出し、思わず同意してしまった。


恋人とは付き合ってからが本番。


告白は成功したが1週間で別れましたという話は珍しくもない。


佳奈はその展開を恐れているのだろう。


那津樹は嫌な予感がして、嫌そうに顔を歪めた。



「つまり?」


「これからもよろしく!」


佳奈が満面の笑みで手を差し出す。


那津樹の頬がかつてないほどに引きつった。



(断ったところでこやつは引かない。こちらが折れるまで祈り続けるどころか、何か仕掛けてくるかもしれん)


人間は時として神すら良いように操る。


かつて、辛酸を嘗めさせられた他の神々を笑い飛ばしていた記憶が蘇り、まさか自分が同じ目に合うとはと頭を抱えた。



世の中には恋愛を沼に例える者がいる。


(だが、片足を突っ込んだら、首まで引きずり込まれそうになるなど予想もせんわ!)


死んだ魚のような目で佳奈を見返し、差し出された手を弱々しく握った。



「..................あまり多くは望むなよ」


佳奈は無言で万力のごとく力強く握り返した。


那津樹は手の痛みに耐えながら、「まさか墓場まで付き合えと言わんだろうな?」と恐れ慄いた。



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