悪魔と化け物と生贄と真っ赤な空(ショートショート)
昔々、とある森の中に小さな村があった。とてものどかで、心癒される場所。だが、その村には恐ろしい秘密があった。
五年に一度、二十歳になった村の娘が、森の奥に住まうといわれる”赤い悪魔”へ生贄として献上されるのだ。忌まわしい風習ではあったが誰も逆らう事は出来ず、かつて拒否した際には、悪魔の配下である魔物たちによって、あわや村が全滅しかけるという憂き目にあった。
村はずれの草原。十歳くらいだろうか、幼馴染の少年と少女が夕日を眺めている。その風景は二人に取って美しいものではなく、やがて訪れる血の惨劇を予感させた。
少女は生まれた時から、二十歳になれば生贄となる事が決まっていた。その運命から逃れる事は出来ない。それは本人も納得ずくであった。
だが少女への恋心ゆえ、少年には納得しがたい現実であった。少年は十五歳になると同時に、赤い悪魔を倒すための修行へと旅立つ。
果たして二十歳に成長した少女が生贄となる日、少年は帰って来なかった。村の者たちは、修行の中で死んだか、おそれをなして逃げ出したのだろうと噂した。
だが当の少女が失望する事はなく、むしろ少年がどこかで生きていると信じていた。そして悪魔へ挑むなどという、無謀な真似をしなかった事を喜んだ。
生贄の儀の夜、女は一人で森の奥にある生贄の祭壇へと向かう。そこには、赤い悪魔と村人との契約を記した背の高い石碑があった。女は行燈のみが灯る漆黒の闇の中、自らを食らうであろう悪魔を待った。
だが雲が晴れ満月が姿を現した時、彼女は驚愕する。暗くてよく見えなかった石碑の上には、なんと赤い悪魔の首が、紫の血まみれで鎮座していたのだ。その顔は、女が村の長から聞かされていた容貌そのものであった。
何が起こったのか、理解出きないまま時が過ぎる。しかし女の脳裏に、かつての少年の顔が浮かんだ
「もしかしたら、あの人が赤い悪魔を倒してくれたのでは?」
女の心にわずかながら希望が芽生えた時、彼女は石碑の後ろに何者かの気配を感じ取った。
女は一瞬、そこから大人になった少年が現れるのではないかと期待したが、その思いはすぐに裏切られた。
石碑の影から現れたのは、おぞましい姿の緑色の怪物であった。恐怖のあまり、一歩も動けない女に向かって、怪物の醜く潰れた声が響く。
「赤い悪魔は、俺が殺した。夜が明けたらお前の村へ行き、全ての民を食らい尽くす!」
恐怖は未だ収まらなかったが、女は凶事を一刻も早く知らせるべく村へと走った。月明かりに照らされた森を急ぐ中、女は思いを巡らせる。
なぜ、今すぐ村を襲わないのだろう……。
女は疑問を抱いたが、
あぁ、そうか。あの緑の化け物の体は、黄色い血のようなものでまみれていた。赤い悪魔との対決で、化け物の方も無傷では済まなかったのだろう。だから、少しでも傷を癒してから……。
と、考える
女は精一杯の推測をしたのだが、そもそも化け物が村を襲う計画を、彼女に教える必要はなかった事には気づかない。教えた上で女を逃がせば、村人たちが夜明けまでに逃げてしまうかも知れないのに……。
一方、こちらは漆黒の闇にたたずむ緑の怪物。
座り込み、石碑にもたれながら彼は考える。
「これでいい……。後は……。」
かつて、女の幼馴染だった少年が呟いた。
少年は修行の旅に出たものの、たった五年では、恐ろしい悪魔に打ち勝つ力を得られるはずもない。だが彼は、とあるダンジョンに存在する”呪い”の噂を聞きつけた。
その迷宮の最深部にある宝箱を開けると、その身と心は、強大なモンスターになってしまうという呪いである。少年は、その噂に賭けた。残された時間で、悪魔を倒せるほどの力を手に入れるにはそれしかない。噂では心も怪物になってしまうらしいが、少女への愛があればそれは乗り越えられると、少年は自分に言い聞かせた。
はたして少年は、満身創痍になりながらも、そのダンジョンを制覇した。そして宝箱を開け、噂通りの呪いを受けたのだ。
グッ……!
怪物になった少年の、厳つい手が胸を抑える。呪いは彼の人間としての心を蝕み続けていた。油断をすると、本当に心まで怪物になってしまいそうなのである。それを押しとどめていたのは、少女への想いに他ならなかった。
真っ暗な森のあちらこちらから、異様な殺気が立ち昇る。今まで赤い悪魔に統べられていた魔物たちである。彼らは赤い悪魔の死を直感し、その肉を食らう事で力を得ようと、彼らでなくてはわからない血の匂いを頼りに石碑へと集まって来た。
「さぁて、最後の仕上げだ」
緑の化け物は、傷ついた体を気だるそうに持ち上げた。
怪物になった少年には、怪物の心が理解できる。そしてこうなる事を、事前に予測していたのだった。
単に赤い悪魔だけを倒しても、その後は統制の破綻した魔物どもが、好き勝手に暴れ出すに違いない。村は格好の餌食となるだろう。
少年は呪われた場所で、魔物たちを殲滅するべく待った。万が一、少年が破れ去った場合でも、女が村人へ緑の怪物の存在を知らせれば、彼らは一目散に逃げ出すだろう。女が自らの命惜しさに嘘をつく人間でない事は、村人みなが知っている。
少年が大人になった少女へと放った言葉の裏には、このような真意があったのだ。
「さぁ、呪いよ。俺に最後の力を与えてくれ」
間近に迫った忌まわしい者たちの気配の中、少年は奮い立つ。
彼の人間とも化け物ともつかぬ心の内に、幼きころ少女と見た真っ赤な夕日が浮かんだ。
【終わり】




