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散歩で考えが変わった話

作者: Chimaira-cat
掲載日:2026/04/05

1部ノンフィクションを混ぜています。

職場や周囲の人間関係に恵まれた社会人生活は、たった1つの亀裂を境に簡単に音をたてて崩れた。


野本のもとかなえ、女、21歳。


去年の春に短大の新卒カードを使って第1志望の会社に入り、今さっき退職届を出してきたばかりだ。


(これから、どうしようかな)


使うことなく新品なままで残っていた僅かな荷物を車の助手席に乗せて、実家へと走る。


辞めた会社と実家の距離は、車で片道1時間。


移動手段のほとんどが市内を除いて車となる地元の中では普通だ。30分越えの渋滞に巻き込まれると厄介だけど、それ以外ならスイスイ走れる。


今日は混みやすい夕方ではなく昼に運転しているので、渋滞に巻き込まれることはない。


しかし、会社を後にしてきた方向へと向かう対向車を見ると心が暗くなるようで、気付けば涙を流していた。


(去年までは楽しく通えていたのに)


最低限の動きだけが保証された服に涙が染みる。

あの時は楽しかった。


純粋で、これから色んなことができるんだって、信じていた。


いつから心が壊れていたのかは自分でも分からない。


仕事中に体調を崩すことが増えて早退や欠勤が続いたと思ったら、働けない精神状態になっていた。


長期間の休みをもらって1度は復帰したけれとも、1度貼られた『病人』のレッテルは重くて、人間関係には壁。


やりたかった仕事は遠ざかっていった。


それでも続けていけば何か変わるんだって自分に言い聞かせて頑張ったけれども、頑張りが裏返って失敗になった。


自分の、せいだ。


何気なくついた誰かのため息が、自分への失望に聞こえて。


だんだん起きれなくなって遅刻した自分はダメなんだって思って。


逃げてしまった。


家族や友人に『辞める』と伝えると誰も自分を責めやしなかった。


お疲れ様、よく頑張ったねとかけられた言葉は温かいはずなのに、『もっと頑張れば良かったんじゃない?』って責める自分がいて。


「頑張れたら、何か変わったかな?」


自分にか、赤の信号機にか分からないけどそう呟く。

答えはない。自分の頭にも。


青になった信号に従って、ブレーキを外す。


(これからどうなるか分からないけれど、生きていくしかないんだろうな)


車内に響くエンジンの音が、自分の中の孤独をより強調している気がした。


会社を辞めた日は、よく眠れた。

長時間の運転に疲れていたのもあるけれど、謎の達成感で満たされていたので不安もなく眠れた。


その次の日も、よく眠れた。

まだ謎の達成感の余韻があったから、これからも何とかなるだろうと安心して眠れた。


その次の次の日も、よく眠れた。

バイトを探している間に趣味をたくさんしようと希望を感じてたので眠れた。


その次の次の次の日、あまり眠れなかった。

実家にいるとはいえ、生きていくのにお金はかかる。

早くバイトを決めようと履歴書を買ってきたはいいものの、何を書けばいいのだろうと布団の中で悩んでいたら深夜帯まで起きていた。


・・・そして数日後。

朝になるまで眠れなくなった。

起きている時間を使ってバイトを探し、家事の手伝いをせず食事と生活環境を親に用意してもらう。

趣味で稼げたらと考えはするものの才能はない。

どうしたらお金を稼げるか。

減っていく貯金残高を見るたびに、そんな悩みばかりが積み重なっていく。


(本当に、どうしよう)


昼に目覚めて遅めの朝食を貪り、バイト探しと休憩を繰り返して日が沈む。何の対価も支払わず夕食を食べ、朝を迎えて寝落ちするまで無気力な自分に腹を立て、何もできない自分は惨めだと考える。


そんな日々を過ごしていると、『散歩してみたらどうだ』と親に提案された。


確かに用事がある時以外は家にこもって体もろくに動かしていない。


外では毎日何か変わっているだろうし、歩けば運動にもなると考えてみればメリットだらけだった。


深夜は街灯しか灯らないし治安的にも危なそうなので、日が昇りはじめる午前の5時を目安に外へ出てみる。


久々の外出は怖いと同時に楽しみだった。


道端に咲いてる花はなんだろう。


夜明けの空はどんな色だろう。


好奇心で恐怖を押さえつけて、普段よりも冷たいドアノブを回して外に出てみると、知っているはずなのに見慣れない地元の風景があった。


あまり遠くにいくと体調を崩すかもなので、初日は家の周りを歩いてみた。

心地いい風に頬を撫でられながら近くにある自販機のラインナップを見たり、明るくなる空を見てから家に入った。


少し動いただけでも意味はあったらしい。


毛布にくるまると、いつの間にか眠っていた。


『散歩をしたことで眠れた』という経験をした私は、この日から眠れない夜は散歩をすることにした。



活動域を増やしてみると、それだけ発見も増えた。


今まで通らなかった道の向こう側。


季節によって少しずつ変わる街路樹。


朝日がよく見える丘の道。


ねこじゃらしがたくさん生える謎の場所。


日陰でひっそりと佇む何かの祠。


色んなものを見たなかでも1番のお気に入りは、自販機のラインナップ確認。


同じメーカーの自販機でも、少し場所が変われば商品は変わる。同じメーカーを見つけて商品を確認して、『あの飲み物じゃなくてこれがあるのか』と間違い探し気分を楽しむ。


体を存分に動かしたい時は神社へ参拝に行ったり、公園でブランコを揺らす。


そんなこんなで散歩を始めて1ヶ月ほど経つと、『顔が明るくなった』と言われるようになった。


2ヶ月経つと詩的な表現で色んなものを表せないかと散歩のたびに頭を悩ませるようになった。


3ヶ月経つと本格的な金欠に悩まされたが、小説を書いてみたいと考えるようになった。


4ヶ月経つと散歩をしなくても眠れるくらい回復したが、散歩で見た色んなものが頭から離れないのでとりあえず小説にしてみた。


5ヶ月経つと小説家になりたいと強く考えるようになった。

たった1つの行動で、考えが劇的に変わることが本当にあるのだなと驚くのと同時に、厳しい壁が立ちはだかるだろうなと気が重くなった。


6ヶ月経つとなかなか芽が出ないことに悩みつつも、小説投稿サイトを登録した。


?ヶ月目。

久々に長い短編を書けた。

正直自信はないが、誰かに刺さってほしいと願っている。

自販機がなくなると、悲しくなるのです…


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