第9話:『おばちゃん、くしゃみで街を救う?』
リューネの朝は、今日も穏やかだった。
しかし、トモエの朝は――穏やかではなかった。
「……へっ……へっ……へくしっ!」
宿屋の部屋で、トモエのくしゃみが炸裂した。
――ボフッ!
枕がふわりと浮き上がり、部屋の隅に飛んでいった。
「うわっ……また魔力出てもた……」
昨日の魔法学校での実験以来、トモエの魔力は“ちょっとした刺激”で漏れ出すようになっていた。
特に、くしゃみ。
「これ、外でやったら大変なことなるで……」
そう思いながらも、トモエは虎柄シャツを整え、宿屋を出た。
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◆ 市場へ向かう道
街の人々が次々と声をかけてくる。
「おばちゃん、おはよう!」
「昨日の授業、子どもがめっちゃ喜んでたで!」
「今日も市場行くんやろ?」
トモエは笑顔で手を振った。
「もちろんや。うちは市場が大好きやねん」
ユウトが駆け寄ってきた。
「おばちゃん! 今日はリオの店、また手伝うん?」
「せや。あの子、頑張っとるからな」
「おばちゃんが来てから、店めっちゃ繁盛してるよ」
「うちのせいちゃうで。リオが頑張ってるからや」
そう言いながらも、トモエは少し誇らしげだった。
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◆ 市場の異変
市場に着くと、店主たちがざわついていた。
「なんや、また何かあったん?」
「おばちゃん、聞いてくれ!」
「市場の“魔力風”が弱まってるんや!」
魔力風――
市場全体に魔力を循環させる、風のような魔力の流れ。
これが弱まると、野菜の鮮度が落ちたり、魔道具の動きが鈍くなったりする。
「昨日の魔力供給塔の件で、魔力の流れが不安定になってるんや!」
「このままやと、今日の商売が……!」
トモエは眉をひそめた。
「ほな、また魔力足したらええんちゃう?」
「いや、それが……今日は魔力供給塔がメンテナンス中で使われへんのや!」
店主たちが一斉にトモエを見る。
「おばちゃん……頼む!」
「なんとかしてくれ!」
「虎柄の守り神や!」
「守り神は言いすぎや!」
しかし、トモエは胸に手を当てた。
(うちの魔力……また役に立つかもしれへん)
「よっしゃ。ほな、魔力風の流れ、うちが整えたるわ」
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◆ 魔力風の中心へ
市場の中央には、魔力風を生み出す“風の魔法陣”があった。
ユウトが説明する。
「ここに魔力を流せば、魔力風が復活するはずや」
「ほな、やってみるわ」
トモエは魔法陣の前に立ち、深呼吸した。
「マナフロー……」
――ふわぁぁぁ。
魔法陣が淡く光り始めた。
「おおっ……!」
「魔力風が戻ってきた!」
「さすがおばちゃん!」
トモエは胸を張った。
「せやろ? うちはやるときは――」
その瞬間。
「……へっ……へっ……」
トモエの鼻がむずむずした。
(あかん……! 今くしゃみしたら……!)
「へくしっ!!」
――ドォォォォォンッ!!
魔法陣が爆発的に光り、風が市場全体に吹き荒れた。
「うわぁぁぁっ!」
「なんやこれ!」
「飛ばされるーっ!」
野菜が宙を舞い、店の布がバサバサと揺れ、魔道具がカタカタ震えた。
トモエは叫んだ。
「ストップ! ストップや!」
――ピタッ。
風が止まり、静寂が訪れた。
市場は……めちゃくちゃだった。
野菜が空中で回転しながら落ちてくる。
布が木に引っかかっている。
魔道具がひっくり返っている。
トモエは頭を抱えた。
「やってもうた……」
しかし――
「……あれ?」
「野菜が……」
「めっちゃ新鮮になってる!」
店主たちが野菜を手に取って驚いた。
「しおれてた野菜が、昨日より元気や!」
「色も鮮やかになってる!」
「魔力が満ちてる……!」
トモエはぽかんとした。
「え、うちのくしゃみで……?」
「おばちゃんの魔力、すごすぎるんや!」
「市場全体が活性化したで!」
「今日の売り物、全部最高品質や!」
子どもたちも笑っていた。
「おばちゃん、すごい!」
「くしゃみ魔法や!」
「またやって!」
「いや、またはやらんでええ!」
しかし、街の人々は大喜びだった。
「おばちゃん、ありがとう!」
「今日の売上、期待できるわ!」
「虎柄の守り神や!」
「守り神は言いすぎやって!」
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◆ リオの店へ
騒動が落ち着いたあと、トモエはリオの店へ向かった。
リオは店の前で待っていた。
「おばちゃん……今日もすごかったね」
「いやぁ……またやらかしてもうたわ」
「でも、結果的に市場が元気になったよ」
「そう言うてくれると助かるわ」
リオは笑った。
「おばちゃんの魔力って……なんか“人を幸せにする力”なんだね」
「そうなんかなぁ……」
トモエは胸に手を当てた。
(うちの魔力……ほんまに、誰かの役に立ててるんやろか)
リオは続けた。
「おばちゃんが来てから、街が明るくなったよ。みんな笑ってる」
「うちはただの大阪のおばちゃんやで?」
「でも、すごいおばちゃんだよ」
トモエは照れくさそうに笑った。
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◆ 夕暮れの帰り道
ユウトが隣で言った。
「おばちゃん、今日もすごかったね」
「せやな……くしゃみで市場吹っ飛ばすとは思わんかったわ」
「でも、みんな喜んでたよ」
「そうやったらええけどな」
トモエは空を見上げた。
夕焼けが街を優しく染めている。
「明日は……くしゃみ出ぇへんように気ぃつけよ」
「おばちゃん、それ無理やと思う」
「なんでやねん!」
二人の笑い声が、夕暮れの街に響いた。
虎柄シャツが風に揺れた。




