第32話:『おばちゃん、影の幻覚に立ち向かう』
北の山・第一層を抜けた一行は、
さらに冷たい空気の中を進んでいた。
第二層へ続く道は、
まるで霧の中に浮かぶ細い橋のようで、
足元の岩は黒く染まり、
空気は重く、息をするだけで胸が苦しくなる。
ユウトが不安そうに言った。
「おばちゃん……なんか、空気が変や」
「せやな。ここからが本番や」
エリナが魔力を感じ取りながら言った。
「第二層は“影の幻覚”が出ると記録にあります。
心の弱さを映し出す……危険な層です」
サラが魔法生物を飛ばす。
「偵察に出した子たちが……戻ってこない」
「戻らん?」
「うん……“何かを見て怯えてる”って感じがする」
カイルが杖を握りしめた。
「僕……嫌な予感がする」
バルドが前に立つ。
「気ぃつけろ。ここからは、目に見える敵やないぞ」
トモエは深呼吸した。
(影の幻覚……)
(うちの心も試されるんやろか)
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◆ 第二層:影の霧道
一行が第二層に足を踏み入れた瞬間――
――スゥ……
霧が足元から立ち上がり、
視界が一気に白く染まった。
「うわっ……見えへん!」
「みんな、離れたらあかんで!」
しかし、霧は生き物のように動き、
仲間たちの間に入り込んでくる。
エリナが叫ぶ。
「この霧……魔力を乱してくる!」
「結界が……揺らいでる……!」
サラが震える声で言った。
「なんか……誰かの声が聞こえる……」
カイルが耳を押さえる。
「やめて……やめて……!」
ユウトがトモエの袖をつかむ。
「おばちゃん……怖い……!」
トモエはユウトの手を握り返した。
「大丈夫や。うちがおる」
しかし――
その瞬間。
――スッ。
ユウトの手が霧に溶けるように消えた。
「えっ……!?」
「ユウト!?」
トモエは慌てて手を伸ばす。
「ユウト!!」
しかし、そこにはもう誰もいなかった。
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◆ ユウトの幻覚
霧の中――
ユウトは一人で立っていた。
「……おばちゃん……?」
周りは真っ暗で、
足元すら見えない。
そのとき。
「ユウト……」
優しい声が聞こえた。
「お母さん……?」
霧の中から、ユウトの母親が現れた。
「ユウト……どうして私を置いていったの……?」
「え……?」
「あなたが魔力暴走を起こしたとき……
私はどれだけ怖かったか……」
ユウトは震えた。
「ち、違う……僕は……!」
「あなたはいつも迷惑ばかりかけて……
誰の役にも立てない……」
ユウトの目に涙が浮かぶ。
「やめて……やめてよ……!」
「おばちゃんだって……
あなたが足手まといだと思ってるわ」
「違う!!」
ユウトは叫んだ。
「おばちゃんは……僕を守ってくれた!
僕のこと……光って言ってくれたんや!!」
しかし、幻覚の母親は冷たく笑った。
「それは幻よ。
あなたなんて……誰も必要としてない」
ユウトは膝をついた。
「……やめて……やめて……!」
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◆ トモエの幻覚
一方、トモエも霧の中で一人になっていた。
「ユウト! バルド! みんな!!」
しかし返事はない。
代わりに――
「……トモエさん」
聞き覚えのある声がした。
「ミーナさん……?」
宿屋の女将・ミーナが霧の中から現れた。
「あなた……街に災いを呼び込んでいるのよ」
「え……?」
「あなたが来てから……
街は騒動ばかり。
魔力暴走、封印の解除、黒い霧……」
トモエは息を呑んだ。
「それは……うちのせいやない」
「本当にそう思う?」
「……」
「あなたが来なければ……
街は平和なままだった」
トモエの胸が痛む。
(……うちは、ほんまに街を救ってるんやろか)
(それとも……迷惑かけてるだけなんやろか)
ミーナの幻覚は続けた。
「あなたは……この世界に必要ない」
トモエは拳を握った。
(……あかん。心が揺らいでる)
(でも――)
(うちは……)
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◆ おばちゃんの“叫び”
トモエは叫んだ。
「うちは……必要とされてるんや!!」
――パァァァァァッ!!
光がトモエの体から溢れ、
幻覚のミーナが霧のように消えた。
「……ふぅ」
トモエは胸に手を当てた。
「うちは……街の人に必要とされてる。
ユウトにも……みんなにも」
「せやから――
こんな幻覚に負けへん!!」
光が霧を押し返し、
周囲の視界が開けていく。
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◆ ユウトを救え
トモエは霧の奥に、
膝をつくユウトの姿を見つけた。
「ユウト!!」
ユウトは涙を流しながら震えていた。
「おばちゃん……僕……いらん子なんや……」
「誰も……僕なんて……」
トモエはユウトを抱きしめた。
「アホ言うな!!」
ユウトが驚いて顔を上げる。
「ユウトはな――
うちの光や!!」
ユウトの目が大きく開く。
「光……?」
「せや! あんたがおるから、うちは前に進めるんや!」
「うちは……あんたが必要や!!」
ユウトの胸の奥で、
何かが弾けた。
――パァァァァァッ!!
ユウトの体から光が溢れ、
幻覚が一気に消えていく。
「ぎゃあああああっ!!」
霧が裂け、
第二層の闇が晴れていった。
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◆ 第二層突破
バルド、エリナ、サラ、カイルも
それぞれ幻覚を乗り越え、
一行は再び合流した。
バルドが言った。
「……全員、生きてるな」
「せやな。よかったわ」
エリナが分析する。
「影の幻覚……
心の弱さを突く、厄介な試練でした」
サラが震えながら言った。
「でも……おばちゃんさんの光で……
全部消えた」
カイルがユウトを見て言った。
「ユウト……強くなったな」
「……ありがとう」
ユウトはトモエの手を握った。
「おばちゃん……ありがとう」
「ええんやで」
トモエは山の奥を見つめた。
(影の核……)
(うちは、あんたを絶対に止める)
「よっしゃ――
第三層、行くで!!」
虎柄シャツが風に揺れた。




