第25話:『おばちゃん、森の“黒い霧”と対峙する』
リューネの朝は、いつもより静かだった。
鳥の声も弱く、風の流れもどこか重い。
トモエは宿屋の窓を開けながら、胸のざわつきを感じていた。
(なんやろ……今日は空気が変や)
宿屋の女将・ミーナが心配そうに声をかけてきた。
「おばちゃんさん……今日は、なんだか街の人たちも落ち着かないみたいです」
「やっぱりか。うちも朝から胸がムズムズするねん」
「森のほうから“黒い霧”が見えたって噂もありますし……」
トモエは眉をひそめた。
「黒い霧……?」
「はい。昔から“災いの前兆”と言われているものです」
(……災い)
昨日、占い師が言っていた言葉が頭をよぎった。
“あなたの未来には影が見える”
(まさか……これのことちゃうやろな)
トモエは虎柄シャツを整え、市場へ向かった。
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◆ 市場の不安
市場に着くと、いつもの賑やかさはなく、人々がざわざわと空を見上げていた。
「おばちゃん、おはよう……」
「今日はなんか変やで……」
「森のほう、見てみ……」
ユウトが駆け寄ってきた。
「おばちゃん! 森のほう、黒い霧が出てるんだ!」
「ほんまか……?」
トモエは森の方向を見た。
――もやもやと揺れる黒い霧が、空に向かって伸びている。
「なんやあれ……気味悪いなぁ」
「おばちゃん、危ないよ。近づいたらアカン」
「せやけど……放っとけへんやろ」
ユウトは不安そうに言った。
「おばちゃん……行くつもり?」
「行くで」
「危険だよ!」
「危険やから行くんや」
ユウトは唇を噛んだ。
「……僕も行く」
「あかん。ユウトは街におり」
「でも……!」
「街の人を守るんは、ユウトの役目や」
ユウトは悔しそうに拳を握った。
「……わかった。でも、絶対帰ってきてな」
「当たり前や。うちは不死身のおばちゃんやで」
トモエは笑い、森へ向かった。
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◆ 森の入り口
森に近づくほど、空気が重くなっていく。
「うわぁ……なんやこれ……」
黒い霧は、まるで生き物のように揺れ、森の奥へと続いていた。
トモエは深呼吸した。
(怖い……でも、行かなあかん)
そのとき――
「……来たか」
低い声が響いた。
トモエは振り返った。
そこに立っていたのは、昨日の占い師だった。
「なんであんたがここに?」
「あなたが来ると思っていたわ」
「なんで?」
「これは……あなたに関わる“試練”だから」
トモエは眉をひそめた。
「試練って……うち、そんな大層なもんちゃうで」
「あなたは“光”。そして光には、必ず“影”が寄り添う」
占い師は黒い霧を指差した。
「これは……“影の魔力”。この世界の負の感情が集まって生まれるもの」
「負の感情……?」
「怒り、悲しみ、絶望……それらが溜まると、こうして形になるの」
トモエは霧を見つめた。
「なんで今になって出てきたん?」
「あなたが来たからよ」
「うちのせいなん!?」
「違う。あなたが“光”だから、影が動き出したの」
トモエは頭を抱えた。
「ややこしいわぁ……」
占い師は静かに言った。
「あなたは、この霧を鎮められる唯一の存在」
「なんでうちなん?」
「あなたの魔力は……“人の心を整える力”だから」
トモエは胸に手を当てた。
(うちの魔力……そんな力あったんか)
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◆ 黒い霧の中心へ
トモエは霧の中へ踏み込んだ。
「うわっ……冷たい……」
霧は肌にまとわりつき、心の奥に不安を流し込んでくる。
(怖い……)
(帰りたい……)
(なんでうちがこんなこと……)
霧が囁く。
「お前は……ただの人間だ……」
「この世界に必要ない……」
「帰れ……」
トモエは震えた。
(あかん……心が揺らいでる)
そのとき――
「おばちゃん!!」
ユウトの声が聞こえた。
「ユウト……?」
「おばちゃんは……街の光や! みんなを助けてくれたやん!」
「……せやな」
トモエは拳を握った。
「うちは……ただの大阪のおばちゃんや」
「せやけどな――」
トモエは霧に向かって叫んだ。
「困ってる人見たら、放っとけへんねん!!」
――ドォォォォォンッ!!
トモエの体から光が溢れ、霧を押し返した。
「マナシールド!!」
光の盾が霧を包み込み、浄化していく。
霧は悲鳴を上げながら消えていった。
「シャアアアアアッ!!」
――ふわぁぁぁ。
霧は完全に消え、森に静けさが戻った。
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◆ 占い師の言葉
占い師が近づいてきた。
「……見事ね」
「うちはただ叫んだだけや」
「その“叫び”こそが、あなたの力」
「どういう意味や?」
「あなたの魔力は、“心を照らす力”。だから影を払える」
トモエは照れくさそうに笑った。
「うちはそんな大層なもんちゃうで」
「あなたはまだ気づいていないだけよ」
占い師は静かに言った。
「災いは……まだ始まったばかり」
「え……?」
「でも、あなたなら乗り越えられる」
そう言い残し、占い師は霧のように消えた。
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◆ 帰り道
森を出ると、ユウトが駆け寄ってきた。
「おばちゃん!! 大丈夫!?」
「大丈夫や。ちょっと怖かったけどな」
「街の人、みんな心配してたよ!」
「そうか……」
ユウトは笑った。
「おばちゃんがいると、街は安心や」
「そうか?」
「うん。みんなそう思ってる」
トモエは空を見上げた。
夕焼けが、霧の消えた森を優しく照らしていた。
(うち……この世界で、何をするんやろ)
(まだわからんけど……)
「よっしゃ。明日も頑張るで」
虎柄シャツが夕風に揺れた。




