第2話:『おばちゃん、異世界の街を歩く』
リューネの街は、朝の光に照らされてきらきらしていた。
石畳の道はきれいに掃き清められ、店先には色とりどりの野菜や果物、そして見たことのない魔道具が並んでいる。
「うわぁ……なんやここ、テーマパークみたいやなぁ」
トモエは感嘆の声を漏らした。
案内役の少年――名前はユウトと言った――は、胸を張って言った。
「リューネは平和で、暮らしやすい街なんですよ。魔力があれば、だいたいのことはできますし」
「魔力って、そんな便利なん?」
「はい。火も水も、掃除も洗濯も、ぜんぶ魔法でできます」
トモエは目を輝かせた。
「掃除も洗濯も!? それ、主婦の味方やん!」
「しゅふ……?」
「家のこと全部やる人のことや。こっちにもおるやろ?」
「あ、ああ……家事魔法を使う人のことですね」
ユウトは笑った。
「おばちゃん、魔力すごかったんですよね?」
「なんか知らんけど、めっちゃ光ってたわ」
「じゃあ、生活魔法もすぐ使えると思いますよ!」
トモエは腕を組んだ。
「ほな、まずは生活魔法から覚えよか。異世界でも家事は大事やしな」
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◆ 市場のにぎわい
街の中心にある市場は、朝から活気に満ちていた。
店主たちの声が飛び交い、客たちが楽しそうに買い物をしている。
「いらっしゃい! 新鮮な魔力野菜だよー!」
「魔力水、今日の分は早い者勝ちだよ!」
トモエは興味津々で店を見て回った。
「魔力野菜ってなんや?」
「魔力を吸って育つ野菜です。普通のより栄養があって、長持ちするんですよ」
「へぇ〜、便利やなぁ」
トモエがトマトのような赤い実を手に取ると、店主が声をかけてきた。
「おばちゃん、見る目あるねぇ! それは“マナトマ”って言って、魔力が多いほど甘くなるんだよ」
「ほな、これいくら?」
「1つ50ルナだよ」
トモエは眉をひそめた。
「50……? ちょっと高ない?」
「え、いや、相場ですよ……?」
トモエは店主の目をじっと見た。
「兄ちゃん、このトマト、ちょっと傷あるやん。ほな3つで100ルナにしとき」
「え、いやいやいや……」
「ほら、うち異世界来たばっかりでお金もないねん。頼むわ」
「そ、そんなこと言われても……」
ユウトが慌てて止めに入った。
「お、おばちゃん! ここでは値切りってあんまり……」
「なんでやの。商売は交渉やろ?」
「そ、そうですけど……」
店主は困った顔をしていたが、トモエはにっこり笑った。
「兄ちゃん、今日の運勢は“値切られたら福来る”や。はい、3つ100ルナ」
「……わ、わかったよ。もう、それでいいよ……」
トモエは満足げにうなずいた。
「ほら見てみ、ユウト。交渉は気持ちや」
「おばちゃん……すごい……」
市場の人々がひそひそと話し始めた。
「あの人、すごい値切り方だな……」
「異世界人か? なんか迫力あるな……」
「虎柄の服、初めて見た……」
トモエはまったく気にしていなかった。
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◆ 魔力の使い方
市場を歩いていると、ユウトがふと思い出したように言った。
「そうだ、おばちゃん。魔力の使い方、試してみます?」
「え、今?」
「はい。生活魔法なら危なくないですし」
ユウトは近くの噴水の前にトモエを連れて行った。
「まずは“水出し”の魔法をやってみましょう。手を前に出して、“アクア”って言うだけです」
「アクア……?」
「そうです。魔力を少しだけ流すイメージで」
トモエは手を前に出した。
「こうか?」
「はい。そのまま“アクア”って言ってみてください」
トモエは深呼吸した。
「アクア!」
――ドバァァァァァッ!
噴水の水が勢いよく吹き上がり、周囲の人々が悲鳴を上げた。
「きゃあああっ!」
「な、なんだ!?」
「水柱が……!」
ユウトはびしょ濡れになりながら叫んだ。
「お、おばちゃん! 魔力強すぎ!」
「え、うちそんなつもりなかったで!?」
「少しだけって言ったのに……!」
トモエは慌てて手を振った。
「ちょ、ちょっと止まれ! 止まれって!」
「止めるときは“ストップ”です!」
「ストップ!」
――ピタッ。
水柱が止まり、噴水は静かになった。
市場の人々がぽかんとトモエを見ていた。
「……すごい魔力だな」
「なんだあの人……」
「でも、なんか憎めない……」
トモエは頭をかいた。
「ごめんなぁ、みんな。ちょっと水出しすぎたわ」
「ちょっとどころじゃ……」
「ユウト、風邪ひかんときや」
「おばちゃんのせいでびしょ濡れなんですけど……」
トモエはユウトの肩をぽんと叩いた。
「ほな、乾かしたるわ。えーっと……火の魔法はなんて言うん?」
「“フレア”ですけど……ちょっと待って、おばちゃんにはまだ早――」
「フレア!」
――ボッ!
ユウトの服が一瞬で乾いた。
「……あれ? 意外と上手くいった?」
「おばちゃん……火力強すぎて、服がちょっと焦げてる……」
「あっ、ごめん!」
市場の人々が笑い始めた。
「なんだか面白い人だな」
「魔力強いのに、どこか抜けてる……」
「嫌いじゃないわ、ああいう人」
トモエは照れくさそうに笑った。
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◆ 魔道具屋との出会い
市場の奥に、小さな魔道具屋があった。
看板には「リオの魔道具店」と書かれている。
ユウトが言った。
「ここ、僕の友達の店なんです。ちょっと寄っていきませんか?」
「ええで。魔道具って気になるしな」
店に入ると、若い青年がカウンターでうつむいていた。
茶色の髪に細い体つき、どこか自信なさげな雰囲気だ。
「リオ、こんにちは!」
「……あ、ユウト。いらっしゃい」
リオは弱々しく笑った。
「この人、異世界から来たんだって!」
「えっ……い、異世界……?」
トモエは手を振った。
「どうも、大原トモエや。大阪から来たで」
「お、おおさか……?」
リオは混乱していたが、すぐに店の説明を始めた。
「ここでは、生活魔法を補助する道具を売ってます。魔力が弱い人でも使えるように……」
トモエは棚を見て回った。
「へぇ〜、これ全部魔法の道具なん?」
「はい。たとえば、この“火起こし石”は、魔力を少し流すだけで火がつきます」
「便利やなぁ。うちの家にも欲しいわ」
リオは苦笑した。
「でも……最近、売上が落ちてて……」
「なんでや?」
「新しい店ができて、そっちにお客さんが流れてしまって……」
トモエは腕を組んだ。
「ほな、店の見せ方変えたらええんちゃう?」
「み、見せ方……?」
「そうや。商品並べるだけやなくて、使い方を実演したり、値段をわかりやすくしたり……」
リオは目を丸くした。
「そんな発想、なかった……」
「商売はな、心や。お客さんが“ここで買いたい”って思うようにせな」
ユウトが感心して言った。
「おばちゃん、すごい……」
「当たり前や。ミナミで鍛えられてるんやから」
リオは少しだけ笑った。
「……ありがとう。なんだか元気出てきたよ」
トモエはにっこり笑った。
「困ったら言い。うち、世話焼くの得意やから」
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◆ 異世界での第一歩
市場を出る頃には、トモエはすっかり街に馴染んでいた。
「おばちゃん、すごい人気だったね」
「せやろ? うちはどこ行ってもやっていけるんや」
ユウトは笑った。
「これからどうするの?」
「まずは住むとこ探して、生活魔法覚えて、リューネの街で暮らす準備やな」
トモエは空を見上げた。
異世界の空は、どこか懐かしいようで、でも新しい色をしていた。
「よっしゃ。異世界でも、うちはうちや。今日からここで頑張るで!」
虎柄シャツが風に揺れ、トモエは胸を張って歩き出した。




