第12話:『おばちゃん、孤独な老人を元気にする』
リューネの朝は、今日も優しい光に包まれていた。
宿屋の窓から差し込む陽光を浴びながら、トモエは伸びをした。
「よっしゃ、今日も頑張るでぇ……」
昨日は魔力不足の家庭を回って大忙しだった。
体は少し疲れているが、心は満たされていた。
宿屋の女将・ミーナが声をかけてきた。
「おばちゃんさん、昨日は本当にお疲れさまでした」
「いやぁ、うちはただの世話焼きやからな」
「街の人たち、みんな感謝してましたよ」
トモエは照れくさそうに笑った。
「ほな、今日も市場行ってくるわ」
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◆ 市場の朝
市場に着くと、店主たちが笑顔で迎えてくれた。
「おばちゃん、おはよう!」
「昨日は助かったで!」
「今日も元気やな!」
トモエは手を振った。
「みんな元気そうで何よりや」
ユウトが駆け寄ってきた。
「おばちゃん! 今日は何するん?」
「今日はなぁ……特に予定ないねん」
「珍しいね」
「せやろ? たまにはのんびりしよ思て」
そう言いながら市場を歩いていると――
「……あれ?」
市場の端に、ひとりの老人が座っていた。
古いローブをまとい、杖を握りしめ、じっと地面を見つめている。
トモエは足を止めた。
「ユウト、あのおじいさん……誰?」
「えっと……あの人は“グランさん”って言って、昔はすごい魔法使いだったんだけど……」
「けど?」
「奥さんを亡くしてから、ずっと元気がなくて……家からほとんど出てこなかったんだよ」
トモエは胸が締めつけられた。
(寂しいんやろな……)
「ユウト、ちょっと行ってくるわ」
「え、おばちゃん……?」
「困ってる人見たら放っとけへんのが大阪のおばちゃんや」
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◆ 老人との出会い
トモエは老人の前にしゃがみ込んだ。
「おはようさん。ええ天気やなぁ」
老人はゆっくり顔を上げた。
「……誰だね、あんたは」
「うちは大原トモエ。大阪から来たおばちゃんや」
「おおさか……? 聞いたことのない国だ」
トモエは笑った。
「まぁ、遠いとこや。おじいさん、ここで何してんの?」
「……別に。何も」
老人は視線を落とした。
「わしは……もう何もできん。魔力も弱り、家族もおらん。生きていても仕方ない」
トモエは眉をひそめた。
「何言うてんの。生きてるだけで価値あるんやで」
「……そんなことはない」
「あるんやって」
老人は驚いたようにトモエを見た。
「……あんた、変わった人だな」
「よく言われるわ」
トモエは老人の手を握った。
「おじいさん、手ぇ冷たいなぁ。魔力足りてへんのちゃう?」
「……そうかもしれん」
「ほな、ちょっと分けたるわ」
老人は目を丸くした。
「な、何をする気だ」
「ええから、じっとしとき」
トモエは老人の手にそっと触れた。
「マナシェア」
――ふわぁぁぁ。
温かい光が老人の体に流れ込んだ。
「……あ……」
「どうや? ちょっと楽になったやろ?」
「……不思議だ。体が……軽い」
老人の目に、わずかな光が戻った。
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◆ 老人の過去
老人はぽつりと語り始めた。
「わしは……昔、魔法研究者だった。妻と一緒に、魔力の研究をしていた」
「へぇ〜、すごいやん」
「だが……妻が病で亡くなってから、何もかもどうでもよくなってしまった」
トモエは静かに聞いていた。
「家にいても、思い出すのは妻のことばかりだ。街に出ても、誰も声をかけてこない」
「そら寂しいなぁ」
「……あんたのように、気軽に話しかけてくれる者などいなかった」
トモエは笑った。
「うちはな、困ってる人見たら声かけずにおれへんねん」
「……変わった人だ」
「せやろ?」
老人は少しだけ笑った。
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◆ おばちゃんの世話焼き開始
「おじいさん、今日はうちと一緒に市場回ろ」
「わしが……?」
「せや。家にこもってたらアカンで」
トモエは老人の腕を引いた。
「ほら、立って立って」
「お、おい……」
老人はよろよろと立ち上がった。
「よし、行こか!」
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◆ 市場での変化
市場に入ると、店主たちが驚いた。
「グランさん……?」
「久しぶりに見たで……!」
「元気そうやん!」
老人は戸惑った。
「わしに……声をかけてくれるのか」
「当たり前やろ。みんな心配しとったんやで」
トモエは笑った。
「ほら、おじいさん。これ食べてみ」
トモエは昨日の祭りの残りの“たこ焼き”を差し出した。
「これは……?」
「大阪の味や。食べてみ」
老人は恐る恐る口に運んだ。
――もぐ。
「……うまい」
「せやろ?」
「こんな……温かい味は久しぶりだ」
老人の目に涙が浮かんだ。
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◆ 老人の笑顔
市場を歩くうちに、老人の表情はどんどん柔らかくなっていった。
「グランさん、また来てな!」
「魔力足りへんときは言うてや!」
「今度、うちの店にも寄ってや!」
老人は何度も頷いた。
「……こんなに声をかけてもらえるとは思わなかった」
「みんな優しいやろ?」
「……あんたのおかげだ」
トモエは照れくさそうに笑った。
「うちは何もしてへんで。ただ声かけただけや」
「それが……わしには一番嬉しかった」
老人は深く頭を下げた。
「ありがとう……トモエさん」
「ええって。困ったらいつでも言い」
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◆ 夕暮れの帰り道
老人を家まで送り届けたあと、トモエはユウトと歩いた。
「おばちゃん、今日もすごかったね」
「せやろ? うちはやるときはやる女やねん」
「グランさん、すごく元気になってたよ」
「人はな、誰かに声かけてもらうだけで変われるんや」
ユウトは笑った。
「おばちゃんが来てから、街がどんどん優しくなってるよ」
「そうか?」
「うん。みんな笑ってる」
トモエは空を見上げた。
夕焼けが街を優しく染めていた。
「よっしゃ。明日も頑張るで」
虎柄シャツが夕風に揺れた。




