第107話:『おばちゃん、“心を惑わす森”に踏み込む』
凍影狼を退けたあと、
トモエたちはさらに北の森の奥へ進んでいた。
木々はますます黒く、
葉は氷のように硬く、
風は心の奥まで冷たさを運んでくる。
ユウトが肩をすくめながら言う。
「おばちゃん……
なんかさっきより寒いで……
森の奥に行くほど寒くなるんか……?」
カイルは魔力を探りながら答えた。
「気温だけじゃありません。
“心の温度”が下がっている……
影の冬の中心に近づいている証拠です」
リリアは胸に手を当てた。
「なんだか……
胸がざわざわする……
怖いわけじゃないのに……
不安になる……」
セイルは静かに言った。
「この森には“心を惑わす影”が潜んでいます。
古い影の領域に近づくほど、
心の弱い部分が刺激される」
エルミナはローブを握りしめた。
「……皆さん……
どうか……気を強く持ってください……
この先は……
“幻影の区画”です……」
トモエは眉をひそめた。
「幻影……?」
エルミナは頷いた。
「影の冬が生み出す“心の幻”……
人の心の奥にある迷いや後悔を、
形にして見せてくる場所です……」
ユウトが青ざめた。
「えっ……
それって……
めっちゃ怖いやつやん……!」
トモエはユウトの肩を軽く叩いた。
「大丈夫や。
うちがついとる」
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◆ ◆ ◆
◆ 森の奥 ―― “心を惑わす霧”
森の奥へ進むと、
突然、白い霧が立ち込めた。
冷たく、
重く、
心の奥に入り込んでくるような霧。
カイルが叫ぶ。
「みんな!!
気をつけて!!
この霧……
魔力が混ざってる!!
幻影の霧です!!」
リリアは震えた。
「なんか……
視界がぼやけて……
頭がくらくらする……」
セイルは静かに言った。
「幻影の霧は、
“心の隙間”に入り込みます。
自分の弱さを映し出す……
危険な霧です」
エルミナは杖を握りしめた。
「……皆さん……
絶対に離れないでください……
この霧は……
仲間の姿すら幻に変えてしまう……」
ユウトはトモエの手を握った。
「おばちゃん!!
絶対離れへんからな!!」
トモエは頷いた。
「うちも離れへん。
みんな、しっかりついてきぃや」
しかし――
その瞬間だった。
霧が濃くなり、
視界が真っ白に染まった。
ユウトの声が遠ざかる。
「おばちゃん!!
おばちゃ――」
トモエは叫んだ。
「ユウト!!
どこや!!」
しかし返事はない。
(あかん……
みんなとはぐれた……!?)
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◆ ◆ ◆
◆ 幻影 ―― “おばちゃんの後悔”
霧の中に、
ぼんやりと人影が浮かび上がった。
トモエは息を呑んだ。
(誰や……?)
影はゆっくりと近づき、
やがて姿を現した。
――それは、
トモエ自身だった。
若い頃のトモエ。
まだ大阪で働いていた頃の姿。
ユウトの声も、
カイルの声も、
リリアの声も聞こえない。
ただ、
若いトモエが静かに言った。
「……あんた、覚えとる?
あの時のこと」
トモエは眉をひそめた。
「なんの話や」
若いトモエは続けた。
「あんた……
ほんまは……
自分の人生、
もっと好きに生きたかったんちゃう?」
トモエは息を呑んだ。
(これは……
うちの……
“後悔”……?)
若いトモエは言う。
「誰かのために動いて……
誰かのために我慢して……
ほんまは……
自分の気持ち、
置き去りにしてきたんちゃう?」
トモエは拳を握った。
「……せや。
うちは……
自分の気持ちを後回しにしてきた。
せやけど――」
若いトモエは問いかける。
「ほんまにそれでええの?」
トモエは深呼吸した。
「ええんや。
うちは……
誰かを助けるのが好きや。
それがうちの生き方や。
後悔なんか――
もう抱えてへん」
若いトモエは静かに揺れ、
やがて霧の中へ溶けていった。
霧が少しだけ薄くなった。
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◆ ◆ ◆
◆ 仲間の声
そのとき――
遠くから声が聞こえた。
「おばちゃん!!
どこや!!」
ユウトの声だ。
トモエは叫んだ。
「ユウト!!
ここや!!」
霧が割れ、
ユウト、カイル、リリア、セイル、エルミナが姿を現した。
ユウトが駆け寄る。
「おばちゃん!!
無事やったんか!!
めっちゃ心配したで!!」
トモエは笑った。
「大丈夫や。
ちょっと昔の自分に会うただけや」
カイルは息をついた。
「幻影の霧……
おばちゃん先生でも危険でしたか……」
リリアは涙を拭った。
「よかった……
本当に……よかった……」
セイルは静かに言った。
「光の継承者。
あなたは“心の迷い”を乗り越えた。
これは大きな一歩です」
エルミナは深く頭を下げた。
「……ありがとうございます……
あなたがいてくださって……
本当に……心強い……」
トモエは空を見上げた。
(古い影……
うちは必ず眠らせたる)
「よっしゃ。
行こか、みんな。
森の奥へ」
虎柄シャツが揺れ、
おばちゃんは再び歩き出した。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
第107話では、
北の森の“幻影の区画”で、
おばちゃんが自分自身の後悔と向き合う姿が描かれました。
影の冬は、
ただ寒さや魔獣を生むだけではなく、
“心の弱さ”を刺激する場所。
そんな中で、
おばちゃんは迷いを乗り越え、
仲間たちと再び歩き出します。
次回、第108話では
北の森の最深部で起こる“心の試練の第二段階”
が描かれます。
これからも、おばちゃんの物語を
どうぞよろしくお願いいたします。




