第1話:『ミナミのおばちゃん、異世界へ行く』
大阪・ミナミの朝は、今日も元気やった。
戎橋の近く、商店街のアーケードを歩くおばちゃん――名前は大原トモエ、年齢は言わんでも察してや。虎柄のシャツに金色のバッグ、そして手にはスーパーのチラシ。
「今日は玉子が98円やて? ほな、こっちの店は88円にしてもらわなアカンやろ」
そんなことをブツブツ言いながら、いつものように商店街を闊歩していた。
トモエはミナミの象徴みたいな存在で、店主たちからは「また来たであの人……」と苦笑されつつも、どこか愛されていた。
値切りは激しいが、困ってる人を見たら放っとけへん。
財布の紐は固いが、情には弱い。
そんな典型的な大阪のおばちゃんや。
その日も、いつものように八百屋の前で店主と値段交渉をしていた。
「兄ちゃん、このトマト、ちょっと傷あるやん。ほな3つで150円にしとき。ええやろ?」
「いやいやおばちゃん、それはさすがに……」
「ほな、あんたの今日の運勢は“値切られたら運気アップ”や。はい決まり」
店主が苦笑しながら折れかけたその瞬間だった。
――ドォン。
商店街の奥で、何かが爆発したような音が響いた。
「え、なに? また誰かド派手なパフォーマンスでもしとんの?」
トモエが振り返ると、アーケードの天井がゆらりと揺れ、光が差し込んだ。
いや、光というより――
渦や。
白と金色の光が渦を巻き、まるで巨大な洗濯機の中みたいに空間がねじれていた。
「ちょ、ちょっと待ってや! なんやこれ!」
周囲の人々が悲鳴を上げて逃げる中、トモエはなぜかその場に踏みとどまっていた。
「こんなとこで事故起きたらアカンやん! 誰かケガしたらどうすんの!」
そう言って駆け寄った瞬間、渦がトモエを吸い込んだ。
「ちょ、ちょっと待ち! うちまだ玉子買ってへんねんて――!」
叫び声は光に飲まれ、商店街からトモエの姿は消えた。
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◆
気がつくと、トモエは柔らかい草の上に倒れていた。
「……え? ここどこ?」
見渡すと、青空が広がり、遠くには小さな街並みが見える。
日本っぽいけど、日本じゃない。
建物は木造で、どこかヨーロッパ風。
道を歩く人たちは、ローブを着ていたり、腰に小さな杖を下げていたりする。
「なんや、コスプレイベントでもやっとんの?」
トモエは立ち上がり、服についた草を払った。
すると、近くにいた少年が驚いた顔で駆け寄ってきた。
「お、おばちゃん! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫やけど……あんた、その格好どうしたん? 映画の撮影?」
「え? 映画……? いや、これは普通の服ですけど……」
少年は困惑している。
トモエも困惑している。
お互いに「何言うてんのこの子?」という顔だ。
「ここ、どこなん?」
「え? ここはリューネの草原ですけど……」
リューネ?
そんな地名、聞いたことない。
「ほな、日本はどっち?」
「に、にほん……? それってどこの国ですか?」
その瞬間、トモエは悟った。
――あ、これ、異世界転生ってやつや。
テレビで見たことある。
若い子がトラックに轢かれて異世界行くやつや。
まさか自分がなるとは思わんかった。
「うそやん……なんでうちなん……?」
トモエは頭を抱えたが、すぐに気持ちを切り替えた。
「しゃあない。来てもうたもんはしゃあないわ」
大阪のおばちゃんは、切り替えが早い。
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◆
少年に案内され、トモエは近くの街へ向かった。
街の入り口には「リューネ市」と書かれた看板。
人々はのんびり歩き、店先には「魔力水」「生活魔法の書」など、見慣れない商品が並んでいる。
「魔力……?」
トモエがつぶやくと、少年が説明してくれた。
「はい。魔力は生活に欠かせないんです。火をつけたり、水を出したり、掃除したり……」
「掃除も魔法でできんの!? めっちゃ便利やん!」
「は、はい……」
トモエは目を輝かせた。
魔法で家事ができるなんて、夢のようや。
「おばちゃん、魔力測定したことあります?」
「あるわけないやろ」
「じゃあ、してみます? あそこに測定所がありますよ」
少年が指さした先には、小さな建物があった。
「魔力測定所」と書かれている。
「ほな、ちょっと見てもらおか」
トモエは建物に入り、受付の女性に案内された。
「こちらに手を置いてくださいね」
「こうか?」
トモエが水晶の台に手を置いた瞬間――
――ピカァァァァァッ!
水晶が眩しいほど光り、部屋全体が震えた。
「えっ!?」
「な、なんですかこの数値……!?」
「おばちゃん、すごい魔力量です!」
受付の女性が叫んだ。
「え、うち? ただの大阪のおばちゃんやで?」
「い、いえ……この数値は……王都の大魔導師クラスです……!」
トモエはぽかんと口を開けた。
「いやいやいや、うち魔法なんか使われへんで?」
「いえ、使えます! むしろ、使いすぎて暴走する可能性が……!」
「暴走!? ちょ、ちょっと待ってや!」
トモエが慌てた瞬間、くしゃみが出た。
「へっ……へっ……へくしっ!」
――ボンッ!
水晶が弾け飛び、部屋の窓がガタガタ揺れた。
「ひぃぃぃぃっ!」
「おばちゃん、やっぱりすごい魔力です!」
トモエは鼻を押さえながら言った。
「……うち、異世界来てまで迷惑かけてもうたん?」
受付の女性は震えながらも笑顔を作った。
「い、いえ……むしろ、街の人たちが喜びますよ。強い魔力を持つ人は貴重ですから!」
「そ、そうなん……?」
トモエは胸をなでおろした。
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◆
測定所を出ると、少年が心配そうに待っていた。
「おばちゃん、大丈夫?」
「大丈夫や。ちょっとくしゃみしただけや」
「くしゃみで建物揺れましたけど……」
「気にせんとき」
少年は苦笑した。
「おばちゃん、これからどうするの?」
「せやなぁ……とりあえず、住むとこ探さなアカンわ」
「じゃあ、街を案内しますよ!」
少年は嬉しそうに笑った。
トモエは思った。
――せや、ここでもうちの“世話焼き魂”発揮したらええんや。
異世界でも、やることは変わらへん。
困ってる人を助けて、みんなで笑って暮らす。
それが大阪のおばちゃんや。
「よっしゃ、ほな行こか!」
「うん!」
こうして、ミナミのおばちゃんの異世界生活が始まった。
虎柄シャツを揺らしながら、トモエは新しい街へと歩き出した。




