8.
そして、やっぱり2人が出会えば。それは決まっていたかのように、惹かれあっていて。
オーディンが婚約者に構わず恋人を作っている、そんな噂が流れ始めた。私は彼らが噂の標的にならないようにオーディンを呼び出した。
「オーディン、噂についてなんだけど……」
「エミリー……あぁ、把握している」
オーディンは疲れた顔で言った。きっとジャスティン達にも諌められているのだろう。
「彼女、プリシアは……とても魔法に長けていて優秀なんだ。それで、国のために役に立ちたい、そんな彼女の思いが素晴らしくて。話していると、とても楽しいんだ」
「そう……何か噂になるような事をしたのかしら。その、例えば手を繋いだとか」
「まさか。僕には君がいる。これは王命だし君は家族同然の大切な人だ。君がいてくれたから、今の僕がいる」
だから、浮気なんて……とその言葉は消えるほど小さかった。
「オーディン。私もあなたを家族みたいに思っている。幼い頃から一緒に頑張ってきて、それであなたが幸せになれるのが私の望みなの」
「エミリー、君は……どうして、そこまで僕に優しくできるんだ?僕は……僕は」
オーディンが泣きそうな顔になっている。私も釣られて涙腺が緩みそうだ。
だって、私は一度貴方達を追い込んで人生を終わらせている。あの惨劇を再び見たくないし、2度目の人生くらい彼らに幸せであってほしい。
これは多分、私の自己満足でもある。私の後悔を後悔で終わらせたくないってだけなのかもしれない。
「誰かを愛する事って、とっても難しくてそして素敵な事よ……あなたの胸の中にいる愛する人は誰?」
「……」
「惹かれるんでしょう?どうしようもなく、胸の中が満たされる」
「……でもそれだけじゃないんだ。なぜか、凄く苦しくて、彼女を手に入れようとすれば……何か恐ろしい事が起こりそうで、怖い」
オーディンの目が震えたように見えた。
前世の記憶を感じているのだろうか。
「オーディン……あれ、何で涙が。ごめんなさい」
私はあの日の彼らを思い出してしまい、涙が溢れた。
「どうして、君が泣くんだい?」
オーディンが慌てて私に駆け寄り、肩をさすった。
「ちょっと悪い夢を見ただけ、それで少し感傷的なのよ。もう大丈夫」
「エミリー……ごめん。君を不安にさせるつもりはなかったんだ。うん、彼女とはもう会わないようにする……だから泣かないでくれ」
「違う、違うのよ、オーディン。別にあなたがプリシア様を本当に好きであるのは構わない。むしろ、お互い惹かれているのであれば、一緒になるべきだと思っている」
「でも、それは君を裏切る事になる。それはできない」
「でも、好きなのでしょう?」
「僕達の婚約は王命でよほどの理由がなければ覆せない。それに、君とは幼い頃から一緒に頑張ってきた。だから、僕の私情なんていいんだ」
「オーディン」
「君は僕にとって家族同然だ。君を傷つけたくない」
そう言ってオーディンは私の肩を軽く抱く。私だってオーディンを家族みたいに大切だからこそ、今度は愛する人と幸せになってほしい、そう思っているのに。
どうしたら、私達の婚約を円満に解消することができるのか。答えの出ぬまましばらく経った時。
噂は面白いほど簡単に一人歩きをして、思わぬ所に着地していた。
『2人を思い静かに涙を飲み込む公爵令嬢はとても慈悲深い。それにも関わらず、2人の恋人がこっそり愛を育む様子は見ていられない』
前世とは違い私を擁護して、プリシア様を王子を唆した悪女とする流れができていた。勿論、オーディンは苛立ち、そして否定した。
オーディンとプリシアが浮気をしている、そんな噂は国王陛下の耳にも入り、オーディンはお咎めを受けたらしい。
「誓ってプリシアとはやましい事もしてないし、2人で会うような事もしていない。皆、無責任だ。ちょっとした娯楽気分で噂話をするのだから」
オーディンは珍しく荒れた様子で話す。
確かにオーディンは、あれからプリシア様とは、前世のように関わる事はしていない。だが、一度広まった噂は誰かの悪意や面白がる声が2人を陥れようとした。
それに、何より彼ら2人の何気なく交わした会話や視線から、そう憶測する者達がいるのは確かだった。
「噂とは怖いものよ。事実でない事もそうであるように話される」
「だからって、彼女を悪者のように言うのは許せない」
「それだけ好きなのね、プリシア様が」
「ちがっ、いや、その……エミリー……はぁ。僕はどうしようもない中途半端な男だ」
オーディンが崩れるように座り込んで頭を抱えた。
「君を傷つけたくない。それなのに、彼女を見る度にこの想いが強くなるんだ」
「私のことを考えてくれているのね」
「当たり前じゃないか。君はいつでも僕のために行動してくれて……そんな君と婚約解消なんて今更できない。婚約解消した令嬢がなんて言われるかも、その後の嫁ぎ先が不利になる事も知っているだろう?」
婚約がなくなった場合、何か問題があったと思われ、それこそ噂の標的になる。だからといって、それを私が今更気にするかと言えば、全く皆無だ。
「……もし、それを私が望んでいたらどうかしら」
「……え?」
「婚約解消。円満にできるならそれでいいと思うの」
「まさか、そんなの本気か?」
「ええ、本気よ」
オーディンは口を開けて目をぱちぱちさせた。その間抜けな顔が可愛くて、幼い頃の彼を思い出す。
オーディンは何かを考えるようにちらっと横を見た。そして、小声で聞く。
「もしかして……彼の事が?」
「彼って?」
「ほら、コンラッドだよ」
「コンラッド!?まさか、オーディン冗談よしてよ。彼は兄みたいな人よ」
「うーん、じゃあ、僕は?」
「そうね、弟かしら?」
「弟?……そうか、僕達は恋人関係とかじゃなく、すでに家族のように育ってしまったのか」
オーディンはうーんと顎に手を当て考える。
「だからね、オーディン。もし、あなたが本気でプリシア様を好きなら、円満解消して彼女を娶ればいいと思うの」
「そんな勝手な事できるか?まず、君のお父上が許さない」
「じゃあ、プリシア様を側妃にする?」
「……なんだか、婚約者からそんな話されるのは不思議だな。そもそも、どうして君はそんなに僕達の事を気にかけるのかが分からない」
「それは……」
何て答えようか言葉を詰まらせた時、私たちを呼ぶ声がして助かったと思ったのも束の間。
呼び出された理由を聞いた時、私は自分の運のなさに絶望した。




