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6.


 私は死んだと思ったんだ。

 けれど、目を開ければ死んだはずのコンラッドが私の肩を掴み、身体をゆすっていて。


 「お嬢様っ!お嬢様!?」

 「コンラッド……?」

 「あぁ、良かった……急に倒れるので、びっく、り…うわっ!」


 私は目の前のコンラッドに思いっきり抱きついた。


 「コンラッドっ!!あぁ、私、私、あなたを死なせてしまって、あなたを失ってもう……会えないと」

 「お嬢様っ、お待ちをっ!!ど、どうしたのですっ!?こここんな場所で、ちょい待って」


 コンラッドは私を引き剥がすと胸を抑えながら私から離れた。

 腕を伸ばして距離を置くコンラッド。

 でも、私は死んだコンラッドにまた会えるとは思ってなかったから、もう離したくなくて離れてほしくなくて、彼に無理やり抱きつく。


 「ちょちょちょっと、まじで勘弁!!どうしたんすか、お嬢様、倒れて頭打ったみたいだ」


 しがみつく私に諦めたのか、コンラッドは私の背中を優しく叩きながら言った。

 私は彼の温もりを感じるために、しばらくそのままでいた。


 私は死んだ後でも彼の温もりを感じられるなんて、優しい神様だと感謝して、彼の広い胸に顔を擦り付けた。

 でもおかしい。死んでもこんなにも心臓の鼓動を感じる事ができるものなのか。それに、コンラッドの匂いも大きな彼の身体も、こんなにも生身で感じるものなのか。


 「コンラッド……あなたは死んだのよね?私達、あの時、死んだ?」

 「……何を仰ってるんですか?悪い夢でも見たみたいですね……大丈夫ですよ。俺はここで生きていて、あなたも生きているから」


 私は困惑しながら聞いた。

 春の日差しが暖かい。


 「今日は何月何日?」

 「今日は5月10日です……慣れない学園生活に疲れが出ているみたいですね。少し休みましょう」


 そう言うとコンラッドは私を抱えて立ち上がる。コンラッドに抱えられながら、その心地よい揺れに目を閉じた。この心地よい眠りからもう覚めなければいい。


 



 ここは死後の世界ではなくて現実世界の、しかも過去だと気付いてからは、私は自分のすべき事に思考を寄せていた。


 最後に聞いた謎の声。


 私の後悔を聞いて過去に戻らせてくれた。もしかしたら、ユラの女神かもしれない。

 本当のところは何も分からないが、私がすべき事は未来を変えること。オーディン達の未来を繋ぐこと、そのために過去に来たんだ。


 最後に見た彼らの姿を思い出して、胸が押しつぶされそうになった。

 婚約を解消されたからとオーディンに後悔してほしくて、あのような提案をしたが……そもそもそんな事をする資格など私にはなかったのだ。


 何より、私の行動は民をも見捨てた行動だったと今更ながらに震えた。あの時、もしオーディン達が民を優先して戦ってくれなければ、私の望むよう逃げ出していれば、犠牲になったのは民だ。

 なんて愚かだったのだろう。

 1番、残酷なのは私だった。


 婚約解消された私にも非があったはず。自分が全ての被害者だと思い込んでいたが、オーディンの行動を諭しているつもりだったが、彼と本気で向き合おうとはしていなかった。

 婚約者なら、もっと彼と心から向き合って意見をぶつけ合って、よりよい未来を考えなければならなかったはず。


 今は学園に入ったばかりの時期だ。

 オーディンがケインやロードと行動を共にし始める時までもう少し。それまでに彼の考えを知って向き合い、あんな未来を防がなければ。

 

 私はまたあの日の光景を思い出す。忘れないように何度も頭の中で反芻して、2度と間違えないよう刻み込んだのだった。





 オーディンは既にケインとロードに出会っており、元の側近であったジャスティンとレインとの関係がギクシャクし始めていた。

 以前の私はオーディンに後ろ盾の必要性や理想と現実の違いを問うだけで、彼の真意を知ろうとはしなかった。だから、オーディンに聞いたのだ。彼が何をしたいのか。


 「僕は実力がちゃんと認められる世界になればいいと思っている。家柄やお金ではなく、ちゃんとした実力を……ケインやロードは優秀だ。そういう優秀な者たちに手を差し伸べてチャンスを作りたいんだ」

 「それはとても素敵なことだわ。でも、ジャスティンやレインだって優秀だし、貴方の力になってくれるのに、なぜ?」

 「彼らはケインやロードを馬鹿にしている。家柄ってだけで……僕はそれが許せないんだ。それに、その考えであれば、実力が不十分な僕に仕えているのも……僕が王族だからってことになる。僕は……彼らに王族とかなしに見てほしいんだ」


 昔から私と比べられ、優秀な側近に囲まれ、きっと劣等感が育ち、自分を認めてほしい欲求が強くなったのだろう。

 実力主義になったのも、きっと自分の力を示して彼らに王族抜きで認めてほしい、そんな思いであったのだと気付いた。


 「だったら……その気持ちを話すのはできないの?」

 「彼らに僕の気持ちを?まさか、そんな恥ずかしくて情けない事できない」

 「でも、話さないと伝わらないし……彼らがどんな気持ちか聞いた事は?もしかしたら、あなたが見えてないだけで、裏では物凄く努力してあなたの側近としてへばりついているかもしれないわよ」

 「へばりつく?ははっ、まさか、そこまで彼らがするかなぁ、いつも出来て当然って顔してるんだよ?それがどれだけ僕にはプレッシャーか」

 

 オーディンが情けない顔で言う。


 「きっと僕なんかに付いているのは満足できないって思っているはずさ」


 本当に、どうして憶測だけで行動してしまうのか。相手の気持ちなんて聞かなければ分からない。私だって、今、オーディンの気持ちを聞いて、初めて彼の本音に触れたのだから。


 「オーディン。まずは彼らとちゃんと話さないと」

 「だけど」

 「いいわ。私にいい考えがあるから」


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