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2.


 10歳の時に結ばれた婚約。私は父の「貴族たるもの、王族を敬い無条件に尽くすのが当たり前。この婚約も王命である事から、お前はオーディン殿下へ死ぬまで尽くさねばならない。例えそこに愛などなくても」と、そう教えられ、その通り私はオーディンに誠心誠意尽くしてきた。

 とても優秀だとは言えなかったが、心優しく人当たりの良いオーディンを私は好ましく思っていた。だから、彼がちょっと残念な王子だと馬鹿にされるのが悔しかった。

 残念っていうのは、王族にしては、ということで、彼が決して劣っていたという事ではない。特別、秀でていたわけではないというだけの事。


 ただ、自分で言うのもなんだが、私は器用な方で幼い頃より優秀だった。それが、また彼の自尊心を低下させる原因にもなっていたのだろう。


 私の方が優秀だと褒められれば、「殿下はお忙しいから他にやらねばならない事がお有りでしょう?私は殿下の10分の1しかすることがないですから」とフォローした。

 私の剣の腕が優れていて、殿下の護衛もできる優秀な婚約者だと褒められれば、「皆私が女性ですし、公爵家っていうのもあって言っているだけですよ」と自分を卑下してフォローした。

 私が慈善活動で褒められれば、「全ては殿下の指示ですのよ」とオーディンの手柄にして殿下を立てるように努めた。


 そうする事でオーディンを馬鹿にする奴らの悪意から彼を守り、自分は目立たぬよう彼を支えられていると考えていた。

 なぜそうしていたか。

 婚約を結んでまだ間もない頃に、オーディンが「君が優秀すぎて、僕は君の影みたいだ。僕の方がしっかりしないといけないのに、僕はいつまでも普通でしかない」そう嘆いていたから。私が悪目立ちをしてはいけない、そう考えたのだ。


 初めの頃は、オーディンも「君が婚約者で良かった。僕を助けてくれるから」と喜んでいた。

 「エミリー、こっそりさ、さっきの授業のここ、教えてくれる?」などと彼も私に頼るなどして仲良くやっていたのだ。


 だが雲行きが怪しくなったのは学園に通い始めてから。オーディンは元々いた側近よりも、他の令息を側に仕えるようになった。彼の側近候補であった侯爵家と伯爵家の令息は、そんな彼を王族として自覚がないと、仕えたいとは思えないと公的行事には顔を出すものの、彼から次第に離れていった。


 「僕は思うんだ。家柄ってだけで地位を手に入れられるなんて間違っている。彼らだって、僕の側が当たり前と思って生きて来たからか、何の向上心もないし、今以上の努力もしようとはしない。けど、ケインやロードは僕に仕えるために、努力を惜しまないし僕の思想に同意して、もっとより良い未来のために考えてくれる。だから、僕は家の家格が低くても優秀であれば、躊躇なく彼らを選ぶよ」


 それに関しては間違ってはない。優秀な者が埋もれないよう手を差し伸べるのはいい。ただ、実力とは別に、やはり後ろ盾というものは必要だ。ケインやロードにはそれがない。

 それに、理想だけを追うのは危険だ。しかも、思想に同意する者を無条件に受け入れるのは、足下をすくわれる危険性もあるのだ。

 だから、私は必死に諭した。

 でも、オーディンは聞く耳を持たずであった。


 側近の1人、侯爵家のジャスティンは言った。

 「オーディン殿下は自分の理想だけ見て、周りが見えていない。私達がいくら忠告しても聞き入れてくれない。そんな人を主として従いたいとは思えないんです」


 もう1人の側近、伯爵家のレインは言った。

 「幼い頃よりオーディン殿下に仕えてきて、将来、お力になれるよう努力を惜しまずやってきました。それでも、オーディン殿下は私達に努力が足りないと、向上心を持てというのです。努力はあからさまに見せるものではない、そうでしょう?あの方は見えるものしか見てない……僕達のこれまでは何だったのでしょう」 


 国王陛下にも彼らの親から苦言が入った。しかし、オーディンは陛下からの叱責にも構わず、そのお友達ごっこは続いた。

 「お友達ごっこ」いつしか、オーディン達を馬鹿にした揶揄いが生まれても誰も咎めなかった。いつかは目を覚ますだろう、今は若気の至りで周りが見えていないが、そのうち気付くだろう。


 勿論、国王陛下も然り。

 皆、思春期独特の足掻きだと深刻に捉えていなかった。


 ただ、彼には5つ下の弟がいた。第二王子のセザール殿下はそんな兄を見ていたからか、現実的だった。幼いながらに周りの声を聞き、セザール殿下は信頼を得ながら力をつけていった。  


 そうすると、貴族達の間では、次代の王は彼だと密かに囁かれ始めていた。


 そんな事など知らずか見ようともしないのか、相変わらずオーディンの「お友達ごっこ」は続いていた。

 私はさすがに軌道修正するなら今しかないと考え、オーディンへ忠言したのだ。

 けれど、それが私と彼の関係を悪くした出来事になった。


 「君はいつもそうだ。僕より優秀だからって上から目線。婚約者の君に、将来のパートナーにこそ僕を理解してほしいのに。君は僕を王子としてしか見ていない。僕がどんな事をどんな風に考えて行動しているか、それを知りたいとも思わないだろう?」

 「あなたは国を背負う人になるのよ。理想ばかり追いかけていては駄目。時には厳しい状況でも、やり遂げなければならないこともあるし、生ぬるい場所にいては思考が曇ってしまうわ。優しい心地よい言葉だけかけてくれる人を周りに置いていればあなたが駄目になる。お願いよ、オーディン。別にケインやロードを切れとは言っていないわ。もっと周りを見て」

 「君は昔から僕を下に見ているんだ。父上だって、他の貴族もそうだ。そこそこの王子に何ができるって、そう思ってるんだろう?大人しく用意された地位と人を侍らせてその通りにしていれば、何事もなく王になれる、そう考えているんだろう。でも、僕はそれでは面白くないと思う。僕の力だけで証明してみせるよ」


 その会話を機に、彼は私の話も聞かなくなった。あれだけ幼い頃より一緒に勉強して将来を話し合ったのに、その仲の良い婚約関係が終わるのは呆気ないほど簡単だった。


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