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12.


 次に目覚めた時は、王宮の客間であった。


 「あれ、いつの間に……」

 「エミリー様、お目覚めになられて良かったです」


 ベッドの横にプリシア様が座っていて、何やら私の看病をしていたみたい。


 「プリシア様……あなた、怪我は?」

 「私は大丈夫ですよ。王宮医の魔法でほぼ全回ですから」


 にっこり笑いながらプリシア様は私にコップを手渡す。私はその水を一気に飲み干した。


 「ふぅ……あの、ここへはどうやって?」


 プリシア様がオークとの戦いの後について教えてくれた。


 密猟犯は2人拘束され、近いうちに処罰される予定だ。彼らはユラの長老に行くところがないと泣きついて拾ってもらい、密猟目的に住みついた。ゼスランの毛皮を売って金儲けをする予定だったと話しているらしい。

 オーディン一行と私とコンラッドはひと足先に王都に戻ってきたのだが、私は死んだように眠りこけており、それはそれは皆心配していたのだという。

 それをプリシア様が道中、回復魔法で維持しながらここまて3日かけて戻り、戻ってからは更に3日眠っていたという。


 「王宮医が言うには、慣れない戦いで魔力を使いすぎたのだろうって」

 「そっか……あなたにも申し訳ないことをしたわ……」

 「いいえ……私が今こうやってここにいるのも、エミリー様のおかげですので。あの時、自分の力を過信せずに早く逃げていれば良かった、魔獣に襲われながら後悔しました……」

 「プリシア様……」

 「本当にエミリー様があの場を治めて下さったと聞きました……私達の命を救って下さってありがとうございます」

 「私はちょっとしか……」

 「それに長老様が何度も謝ってらしたのです。エミリー様に危険なことを頼んでしまったと……」

 

 長老様。聞きたいことは沢山あったのだが……

 結局、ユラの女神やゼスラン、砂時計など中途半端な事ばかりで帰ってきてしまった。


 「あと、目覚めたら国王陛下への謁見があるとの事です」

 「陛下に?」

 「はい、今回の件で褒美を与えたいと」


 そして、オークとの戦いで見事な連携を見せた私達には、国王陛下からそれぞれ褒美が与えられたらしい。既に私以外は謁見済なんだと。


 ケインとロードは正式にオーディンの護衛騎士として仕えることになった。


 「ジャスティン様は休暇がほしいとしばし王都を離れる許可を頂いていました。レイン様は新しい剣を褒美として頂いてまして」

 「どっちもそれらしいわね」

 「はい」


 プリシア様がにっこり笑う。


 「オーディンは?何をお願いしたのかしら?」

 「オーディン様は何も……自分の側近を認めてくれただけで良いと、そう仰ってました」

 「まさか、本当にそんな事を?」


 プリシア様が小さく頷く。本当に2人とも……


 「プリシア様。正直に言って?あなた、オーディンをどう思ってる?」

 「それは……」

 「私はあなた達2人が両思いだと感じているの。違う?」


 プリシア様がポロポロと涙を流す。


 「ね?そうでしょう?」

 「……はい、申し訳ありません……婚約者がいる、しかも王族の方を好きになってしまって」

 「好きになってしまうのは仕方ないわ」

 「この想いは奥底にしまおうと思っていました。ですが、オーディン様を見る度に、どうしよもなく惹かれてしまうのです。こんな事、、エミリー様に言うべきではないのに、本当にごめんなさい。私が憎いでしょう。それなのに、エミリー様は私に優しすぎます……」


 涙も拭かずひたすら謝るプリシア様を私は抱きしめた。

 だって前世ではあなたを死に追いやった。これは罪滅ぼし、私の自己満足なのよ。


 「……あなたを恨んでなんかいないわ。むしろ、もっと早く私が行動すれば良かったのよ」

 「……え?」

 「大丈夫、プリシア様。私にいい考えがあるから」




 「オーディン!!!」

 「エミリーっ!?もう身体は大丈夫なのかい?」


 私はオーディンの執務室へと乗り込んだ。中には顔が緩んでいるジャスティンと護衛としてやる気に満ち溢れたケインがいた。


 「プリシア様のおかげで元気ぴんぴんよ」

 「そうか、それは良かった」

 

 オーディンがほっとした顔をする。私はさっそく本題に入る。


 「オーディン、あなた、なぜ陛下の褒美の件で婚約解消を言い出さなかったの?」

 「は?婚約解消を?なぜだ、意味が分からない」


 ふいっと視線を逸らすオーディン。知っている、この顔は心の中では図星をつかれた時にする顔だから。


 「オークを倒してユラの民を救ったじゃない。プリシア様だって多くの人を救って、女神様とまで言われてたじゃない。そんな2人なら陛下だって婚約を許したくれるチャンスだと思うの」

 「馬鹿な事を言わないでくれ。君との婚約は何年も前からで決定事項、覆せない、絶対だ」


 頑固として首を振るオーディンにイラッとした。


 「プリシア様を好きなんでしょう?」


 腕を組んで外を見つめて私を絶対に見ようとはしないオーディン。


 「好きだから、そんな理由で結婚できるほど僕の立場はいい加減でもないし、そんな甘い考えはしないよ」

 「愛して結婚できるなら、それに越したことはないわ」

 「仕方ないじゃないか。僕は王族なのだから。国のために結婚するんだ」

 「あらやだ、国のために私を利用するのね」

 「エミリー。さっきから何を言っているんだ、幼い頃から一緒に頑張ってきたじゃないか。それを今更なしにしようとなんて、できない」

 「好きな人と一緒になれるチャンスがあるなら、そうすべきだわ」

 「じゃあ、僕は君が好きだよ、エミリー?」

 「んなっ!!じゃあ!?じゃあって何よ!!」

 「嫉妬かい?」

 「そうじゃない、ものすっごく腹が立っているの!!」

 「エミリー、気付いているか?君は今、ものすっごく可笑しい話をしているんだぞ?」

 「分かってる……そんな事」

 「どうしてそんなに、僕とプリシアに構うんだ」

 「……あなたには絶対に幸せになってほしいの」


 オーディンが真っ直ぐ私を見る。

 私もオーディンをしばらく見ていたが、オーディンはふいっと視線を逸らして、側近達に出ていくよう指示した。


 パタン、と扉が閉まってからオーディンが口を開いた。


 「僕が一度死んでいるからかい?」

 「オーディン……あなた、なぜそれを……」


 オーディンは溜息をついてから、椅子に座って天を仰いだ。気怠そうに首元を緩める。


 「ユラ地区で戦ってからというもの、夜な夜な夢を見るんだ……ケインやロードが死んで、そしてプリシアが僕の腕の中で死んでいくのを……あれは現実だったのかい?エミリー……教えてくれ。僕は、君を捨てプリシアを選び、そして僕のせいで皆死んでいった……そうなのか?」

 「オーディン、それは……」

 「気が狂いそうなんだ。血まみれの彼女を抱えて真っ暗な世界に誘われるのを何度も何度も見た。何度も何度も目を覚ましてくれと願うのに、夢の中では彼女はびくともしない……怖いんだ。また同じように、僕が彼女を死なせるかもしれないって」

 「違う、あれは私が間違っていたの。私が腹いせにユラへ行けと言ったから」

 「でも、僕が王族の立場を考えず好き勝手した結果だろう?自業自得だよ、それを最後に君に当てつけのように責めて……」

 

 オーディンは膝の上で手を組み、親指を弄りながら話す。


 「あんな事になって、もし人生やり直せるなら、君の立場だったら、自分を裏切った奴なんてさっさと捨てて自由に生きるか復讐を考えるかそうすればいいのに……君は違った。そんな君をまた捨てるなんて事できるわけない」


 オーディンの瞳が揺れる。

 

 「オーディン。私は後悔したの。あなたを知ろうともせず一方的に責めて、そしてプリシア様との関係を壊したわ。あんなに取り乱したあなたを見れば、プリシア様を本気で愛していたんだと知って、だから次こそは()()()()()を救おうと誓ったの」

 「愛する人達?」

 「そう。あなたとプリシア様な事。愛し合う人達と言った方がいいかしら?」


 私はオーディンの前にかがみ込み、彼の手を握った。


 「王族とか貴族とかその前に、あなたはオーディンという1人の人間よ。誰かを好きになってもいいじゃない。そして、愛する人がいるならば一緒になればいい。そのためには、そうね、色々片付ける事もあるでしょうし、私達はちょっと複雑よね」

 「ちょっと?ちょっとどころじゃないだろう?難題だらけだ」

 「そう、でも諦めたらそこで終わりだもの」

 「何か考えがあるような言い方だな」

 「ちょっと強引だけれど……」

 

 私は悪戯に笑えば、オーディンも釣られて笑う。

 

 前世とは違い王子として自分の立場を考え行動する彼は、とても素晴らしい。けれど、前世では、そうであってほしかったはずなのに、今はもどかしさしかない。

 このままでは、彼は自分の欲を押さえつけたまま、王子としての責務に押し潰される未来しかない気がして。そんな時、日々の重圧から解放されて安心できる相手が必要なのだ、きっと。


 人間とは本当に自分勝手な生き物だ。

 これは私の自己満で身勝手な行動だということは理解している。

 だから、今世では最後までそうありたい。


 

 

 


 



 「エミリーよ。其方に褒美を与えようぞ。何を望むか?何でも良い、言ってみなさい」


 私は国王陛下の前で、今から爆弾を落とすつもりだ。


 

 

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