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11.


 「ぐおおぉぉ!!」


 オークが獲物を見つけたかのように、腕を振り回して砦に攻撃してきた。通常のオークより一回りも大きく、その威力は凄まじかった。

 砦の一部が崩壊して石垣が崩れて行く。


 一瞬だった。

 たったその一撃で足場も砦もばらばらになる。


 「お嬢様っ!!」

 

 コンラッドが私に手を伸ばすが、私は足場が崩れて真下に落ちていった。

 手を伸ばすが、スローモーションのようにコンラッドから離れて行く。

 

 身体のあちこちに衝撃を受けて、呼吸が止まる。

 けれど、かろうじて意識を保つことができて、気付けば硬い土の上にいた。


 パラパラと石が落ちてくる。


 あぁ、今度は私が砦の下敷きなのかな。

 オーディンやプリシア様、それにコンラッドは大丈夫かな……

 

 遠くで私を呼ぶ声が聞こえて光の中で見たのは、私を叩いて叫ぶプリシア様だった。


 彼女も頭から血を流している。


 「エミリー様っ!!どうか、気を確かにっ!」

 「プリシア様……」


 呼吸をすれば肺がキシキシと傷んだ。肋骨を折っているみたいだ。

 

 「骨を折っていますね……大丈夫ですよ」


 彼女が私の胸に手を当てて癒しの魔法を使う。

 痛みが徐々に引いていき、呼吸がしやすくなる。


 「あ、ありがとう……」

 「私も万全じゃなくて、完全に治せてませんが……ごめんなさい、力になれなくて」

 「そんな、大丈夫よ、十分すぎるくらいだわ」


 私は起き上がり立とうとすれば、足からは血が滴り自分の身体が満身創痍である事に気づく。

 こんな身体で砦の上まで登れるのか。


 叫び声とオークの唸り声。


 数人の騎士がオーク相手に剣を構えるが、馬鹿でかいオーク相手ではなかなか致命傷を与える事ができていない。


 「プリシア様、私は大丈夫だから、あなたは早く安全な場所へ……」

 「私はここで怪我をした人を癒します」

 「死にたいのっ?そんな事していたら、あなたも巻き込まれるわ」

 「それが、私の役目ですから」

 「簡単に言わないで」

  

 ここで死なせるわけにはいかない。

 何のために過去に戻ったのか。オーディンとプリシア様、そしてコンラッドを死なせないためだ。


 ドスン、ドスンとオークが暴れている。

 そして、騒ぎを聞きつけて魔獣が集まって来ている。


 コンラッドとオーディンが剣を持ちオークを相手している。コンラッドの重い剣でも軽くはらわれるようだった。

 

 プリシア様が近くにいた騎士達を次々と癒しの魔法で処置し始める。

 お父様達騎士団が来るまでそんなに時間はかからないだろうに、とても長く感じた時間だった。

 くらくらする頭で周りを見れば、長老と密猟した男が倒れている。


 悲惨だ……絶望だ。


 オークに叩きつけられる騎士。

 頭から血を流すコンラッドに、片膝をつくオーディン。


 プリシア様が倒れた人の合間を移動しながら癒しを与え続けていた。

 オークがオーディンを見る。オーディンは肩で呼吸をしながら膝を付き、立てずにいた。


 「きゃあっ!」

 

 気付けば、プリシア様が魔獣の群れに囲まれていた。


 「プリシアっ!!」


 オーディンが彼女を見て立ちあがろうとした時に、レインとケイン、ロードが砦から勢いよく飛び出して来て、オークに剣を突き刺した。


 「オーディン様、下がって下さい!!」

 「ぐぉぉぉぉぉ」


 オークの血が噴き出て彼らに降りかかる。

 だが、オークが暴れ回り彼らが振り落とされて地面に叩きつけられた。


 地響きが強くなっていた。見れば、オークの群れと魔獣達がこちらにやってきている。


 「プリシアっ……」


 オーラントが血を浴びた身体で肩を押さえながら立ち尽くしている。視線の先にはプリシア様が剣を構えながら魔獣達に追い込まれて壁に背をつけていた。

 彼女は涙目でオーディンを見ると泣きながら微笑んだ。魔獣がプリシア様に飛び掛かり彼女が見えなくなる。オーディン顔を歪めて叫ぶ。


 背後ではオークの群れが加わり、コンラッドやオーディンを攻撃しようと腕を振り上げている。

 全ての動作がスローモーションのように見えた。

 

 私1人何もできていない。今回も皆が死んでいくのを見ているだけなのか。

 絶望の中、私を呼ぶ声を聞いた気がした。


 「うぅ……そこの赤毛のお方……」


 長老様が僅かに身じろぐ。私は長老様を見て力を振り絞って起き上がり走った。


 「長老様!!」


 不思議だ。時間が止まっているかのように皆動かない。それなのに、私は長老様の場所まで走ることができた。


 「これを……」

 「これは?」


 赤い宝石がついた剣を私に手渡す。


 「ユラ様の剣です……これであいつらを止めて下され……」

 「ユラ様の剣を私が使ってもいいのでしょうか?」


 私は戸惑いがちに聞いた。


 「あなたのその髪色……ユラ様に似ておるのです」


 貴族には珍しい赤毛。両親、祖父母の誰も持ってなかったこの赤毛。時を戻した砂時計に女神像。もしかしたら、私のルーツがユナ様と繋がっている……?

 

 私の剣で何ができるのか分からない。

 だけど、このまま何もせずにいるのはきっと後悔するから。ユラの女神であればきっと後悔せずに生きよと言うだろう。


 「あのサイズのオークを倒すには致命傷が必要です、皮は分厚く筋肉も硬い……だが、一つだけある、薄くて決定的に殺せる場所が」

 「それは……?」

 「顎と喉仏の間じゃ。そこを貫きなさい」

 「そ、そんな……」


 私は息を呑んだ。どうやってあそこまで辿り着けばいい?1人じゃ無理だ。


 私はオークを見た。

 皆がその周りで止まっている。


 「時間がない。今はわしの魔法で時間を極限まで遅くしている。だが、もうあと数十秒で効力がきれる」


 長老が砂時計を手に見せた。


 「全てはこの老いぼれじじいの過ちなのじゃ。どうか、頼む」


 震えながら私に頭を下げる長老。

 私だって助けたい。皆を死なせたくない。


 遠くにユワナ公爵家の騎士団が見えた途端、お父様の叱咤する声を聞いた気がした。

 

 1人なわけないじゃない。

 皆んながいるなら、協力すればいい。


 私は剣を持って走り出した。

 ひとまず、プリシア様に群れていた魔獣を吹き飛ばそう。


 次第に皆の動きが出てくる。

 私は魔獣達向かって魔力を込めながら剣を横様に振り抜いた。風が起こり数匹の魔獣が吹き飛ぶ。

 プリシア様が気を失っていた。幸い、魔獣の攻撃は受けていないみたいだ。


 「ジャスティン!!プリシア様を守る結界を張って!それから、オークの喉を突きたいの!私達に指示を出してっ!」


 ジャスティンが慌ててプリシア様の状況を見てから結界魔法を張る。


 「お嬢様っ、何をっ!?」


 コンラッドが倒れながらも起き上がり叫ぶ。


 「皆んなでオークを倒すの!!ジャスティンお願いっ!!」

 「人使いが荒いですねっ、コンラッド卿、オークの足の腱を切れますか!?」

 「壁みたいに切れねぇ!どこもそんな感じだっ!」

 「そうですか……レイン!オークと適切な距離を保ったまま砦が壊されないくらいの場所まで、死なないように引きつけて」

 「死なないようにって、1番難しいことをっ」


 レインがじりじりとオークと距離を取る。


 「その間に、ロードとケインは砦に戻って!!」

 「あ?んで、戻らないとっ」

 「いくぞ、ロード!!」


 ケインがロードを引っ張り走り出す。

 私はオーディンまで走る。


 「オーディン!!早く、プリシア様のとこへっ」

 「なぜだ!?僕もここで皆と一緒に戦う!」

 「駄目よ!王子のあなたを危険な目に遭わせるわけには」

 「ここへ送り込まれた時点で覚悟の上だ、そうだろ?」

 「だけど……」

 「エミリー。君は信用していないみたいだね」

 「違うわっ、あなたを死なせたくないから。今度は幸せになってほしいからっ!!」

 「今度?今度ってなんだい?」

 「それは……」

 「お嬢様っ!!」


 オークの足蹴りが降ってきて、慌てて避ける。


 「エミリー様、オーディン殿下!!トドメを2人にお願いしますよ!コンラッド卿に飛ばしてもらって!!」

 

 私とオーディンは顔を見合わせた。

 子供の頃によく遊びでコンラッドに向かって走り込み、彼の身体を踏み台にして飛ばされて遊んでいたことだ。

 ジャスティン、さすがよく見てる。


 「ケイン、ロード、今だ!!」


 ケインとロードが砦からオークの背後に飛び掛かり、剣で目を潰した。


 「うぎゃあぁぁぁ!!」


 じたばたと地団駄を踏みながら怒るオーク。

 ただ、両目を抑えて天を仰ぐように痛がっているから、喉がガラ空きだ。


 「来いっ、2人とも!!」


 私とオーディンは走った。

 コンラッドが膝の上で構える手の上に足を乗せれば、コンラッドが腕を思いっきり持ち上げた。


 「うぉぉぉぉ」


 私とオーディンはオーク目掛けて飛び上がって、2人一緒に剣を喉目掛けて突き上げた。

 剣が深く深く刺さり、オークの後頭部を貫く。


 「うがっ」


 オークは呻くとどすんっと音を立てて倒れる。

 私とオーディンは剣を刺したまま、オークの上に投げ飛ばされた。

 

 「あいたっ」

 「いててて……」


 私とオーディンはそのまま肩で息をしながらオークの上に座り込む。


 「やった……」

 「倒したわ……倒したのよ、皆んなで!!やったわ!!」


 風に乗るように私の声が響いた。

 拳を突き上げる私の目に、砦の上にお父様が見えた。


 「これは……どういうことだ……」

 「お父様!!」


 お父様が困惑した顔をしている。私は一気に身体の力が抜けて、オークから降りようとした足を滑らせた。

 だが、温かい衝撃に目を開けばコンラッドが私を受け止めていた。


 「ありがとう、コンラッド」

 「2人とも大きくなりましたね」


 コンラッドの泣き笑いの声に私は弱く微笑むと、緊張の糸が切れて安心したのか、そのまま深い深い眠りについたのだった。


 

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