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10.


 マララインのユラに着くと、そこは前世とは違って魔獣の死体はあるが、兵士達の被害は少なかった。

 一足先に到着していたユワナ騎士団とオーディン一行の活躍により、沈静化しつつある状況だったのだ。

 私は安堵と苦々しい思いでため息をついた。


 なぜなら、前世ではユワナ公爵家に支援要請が来ていたのにも関わらず私が私情をはさみ、公爵家の支援を遅らせ、あの惨事を引き起こしたと言っても過言ではないと気付いたからだ。

 悪知恵を働かせず、騎士団を向かわせていたら被害も少なかっただろう。


 だが、落ち込んだ気持ちのままいられないと私は民達がいる聖堂へ向かった。遠くには、あのユラの女神像が見えた。

 あの時と違うのは逆三角形の筒は手に持たず首に下げていた。

 

 なぜ女神像が違うのか……よく見るとあの逆三角形の筒は砂時計であった。もしかしたら、このユラの女神像が私の前世と今世に関係しているのかもしれない。

 私は逸る気持ちを抑えて聖堂に入る。


 中には民と怪我をした兵士や騎士達、そしてオーディン達が休息を取っていた。

 プリシア様が人々の間を歩いて癒しの魔法で治療して行く。その様子はまさに女神様のようで、民達もまた「慈悲深いお貴族様……女神のようだ」、「ありがとうございます、プリシア様」と彼女を慕っていた。


 オーディンが私に気付いて、驚きの後にやや不満げに目を細めた。「信用してなかったんだろう?」そう目で訴えているのが丸わかりだった。

 私は肩をすくめて応える。

 オーディンが立ちあがれば、ちょうどプリシア様が回ってきて、血を流している彼の腕を見てから、何やら小言のような事を言った後に座らされていた。

 たじたじなオーディンに、笑いを堪えている一行。


 なんやかんや仲良くやっているのね。


 私は少し安心して人々を見渡した。

 何かユラの女神について詳しく知っていそうな人はいないのか。

 どうしても気になるのだ。


 その時、小さな男の子の首にさげている砂時計を見つけて、私は思わず声をかけていた。


 「ごめんなさい、話しかけても大丈夫?」


 私がその子に声をかければ、母親なのか慌てて私を見て頭を下げた。


 「も、申し訳ありません。この子が何か失礼を致しましたでしょうかっ」

 「えっ、いや、違うのよ!聞きたいことがあって声をかけただけだから、安心して頂戴。その首飾りが気になって……」


 私の言葉にほっとした顔をして、その母親は子供から首飾りを外して、私に見せてくれた。


 「砂時計ですか?この地では昔から時間を大切にしようという風習がありまして」


 母親が砂時計というものを床に置くと、中の白い砂がさらさらと下の筒へ落ちていった。

 

 「なんだか、綺麗ね……それに不思議とずっと見ていられる……落ち着くわ」

 「ふふ、砂が落ちていく様子が綺麗ですよね。これはお守りのようなものなのです」

 「お守り?」

 「はい。日々の忙しさからふと目を背けたくなる時、嫌な出来事から何もやる気の起きない時……そういう事ってありませんか?」

 「あるかもしれないわ」

 「そんな時に、この砂時計を使って時間を止めるのです」

 「そ、そんな魔法があるの!?」

 「いいえ、止めると言っても本当には止めませんよ?先ほども仰っていたじゃないですか……砂が落ちる様子をずっと見ていられる、と」


 私は今も尚、下に落ちて行く砂を見ていた。

 さらさらと流れるそれは、何も考えずに見ていられる。


 「何も考えずに見ていられる……自分の中で時間を止めるってこと?」

 「ええ、そうです。忙しさの中で何もしない、考えない時間を持つことは、心に余裕が生まれて、より充実した日々へと変えられるのです。私達はそうやって、心のゆとりと時間の大切さを感じて生きています」

 「なるほど……では、あの女神像と何か繋がりが?」

 「ユラ様が持っていたのが始まりと言われているのです」

 

 その母親はにっこり笑って話し出した。


 かつて、この地に自然の神々に愛されていた女性がいて、その人をユラと言った。

 ユラは荒れたこの地の道を整え、人々の家を作り、田畑を耕し小さな村を作った。そして、恐怖に眠れぬ夜を過ごしていた原因の魔獣やオークを倒して、人里に近づかないようにした。その際、ユラはこの地を守るために魔法をかけたと言われているらしい。

 彼女がいる事で農作物にも恵まれ、人々の暮らしは豊かになった。人々はユラを神に愛された子として親しみ、愛した。

 ユラが亡くなってからも、彼女を忘れぬようにとユラの像を立てた。それが、あの女神像だ。


 ユラの手記には、「時間は有限だ。悔いのないよう日々に感謝して生きよ。その自然を愛し、その地をその人々を愛し、そして自分を愛せ。そうすれば、忙しい日々の中で生きづらさを感じても、ちっぽけな事だと思うから。いつでも人はやり直せる」と記されている。彼女が持っていた砂時計は、この地のお守りなのだ。


 「私達はそうして、どんな時でも日々を、時間を大切に生きてきたのです」


 後悔……前世を思い出した。

 私は日々に感謝し人を愛し、自分を愛せていたのだろうか。否、オーディンや周りの人達を知ろうともせず、自分の私情ばかりに囚われていた。その結果、この地で起きたあの惨事。そして、夢で聞いた声に、手を流れた白い砂。

 もしかしたら、私の後悔を聞いてユラ様が時間の魔法をかけてくれたのかもしれない。


 では魔獣達は?


 「魔獣達が暴れ出したのに、何か原因はあるのかしら?」

 「それが分からないのです。急に数ヶ月前から人を襲うようになって。それまでは、本当に大人しく何もなかったのですが……」

 「そう……ありがとう、話してくれて」


 私はその母子に頭を下げて立ち上がる。自然の神に愛されて魔獣達も大人しくさせていたユラ。何かきっかけがあるかもしれない。

 私は女神像のある建物へ向かった。あの日いた場所だ。


 歩くにつれて動悸がし、胸が苦しくなった。

 辿り着く前に私は砦の石垣に寄りかかり、森を見下ろした。


 「お嬢様、大丈夫ですか?」

 

 コンラッドが心配そうな声を出す。できればコンラッドは連れて行きたくないのだけど……付いてくるなって言っても付いてくるでしょうし。


 「うん、だいじょう……ぶ」


 砦の下で2人組の男が何やら腕に獣を抱えて、こそこそしていた。服装は兵士のようだが、衣服は血で汚れ、ごわごわした毛皮を身に付けていた。


 「あれは……」

 

 コンラッドが私の視線を追う。


 「兵士?いやでも、なんだか微妙に違いますね。それに、腕にあるのは……ゼスランです」

 「ゼスラン」


 ゼスランは魔獣ではあるが、人を襲う事のない穏やかな珍獣だ。そして、魔力が豊富でその毛皮は輝くような銀色に光沢がのり、あらゆる外的から身を守る、とても()()()()()()()()

 一昔前には、この獣の毛で作られた外套欲しさにゼスラン狩りが行われていた。しかし、ゼスランは森の守り神と言われるほど森の生態系を維持している。つまり、このマララインの国境を守る珍獣でもあるため、現在ではゼスラン狩りは禁止されているらしい。


 「密猟、ですね」

 「ええ……そうね。でも、よく襲われずにいるわね」

 「あの格好を見てください。魔獣達の毛皮を覆い血を塗っています。オークは知能が低いし、魔獣達は目より鼻で人間を識別する。あんなのでも魔獣達の目を騙していたのでしょう」

 「そこまでして……」

 

 男達は殺したゼスランを木箱に入れている。


 魔獣達が暴れ出したのは、きっとこれが原因だとしたら?女神像の動物はゼスランで、ユラは自分の死後も人々を守れるように守護者としてゼスランに託した。

 そのゼスランが殺されたことで、魔法が弱まったと考えたら?

 

 だとしたら、今すぐにでもあの男達を捕まえ、ゼスランを自然に返さなければならない。


 「あいつらを捕まえなきゃ」

 「待って下さい。危険です」

 「今なら魔獣もいないから大丈夫よ」

 「騒動を聞いて魔獣達が集まってきたらどうするんですか。ここは騎士団に任せるべきです」

 「でも……」

 「あなたを守るのが俺の役目です。危険な事に突っ込むあなたを見逃すわけにはいきません」

 「……」


 前世で私を庇い死んだコンラッドを思い出した。私が無理すれば結局周りを巻き込む。


 「……そうね」

 「……戻りましょう」


 私は重い足を聖堂へ向け、コンラッドは砦に控える騎士を呼び手短に報告すれば、騎士が動き出す。


 「エミリー!!」

 「オーディン?」


 オーディンとプリシアが前方から息を切らして走ってくる。


 「どうしたの?2人とも……」

 「長老様の姿が見えないらしくて」

 「長老様?」


 その時、砦の下から叫び声が聞こえた。


 「うわぁ、や、やめてくれっ」

 「お前らを受け入れたわしの責任だ」


 男達に剣を向けている男性。それが恐らく長老様だろう。男の1人が腹から血を流して倒れていた。1人はゼスランの木箱を取り落とし後ずさる。


 「長老様っ!!」

 

 長老と言われた男性はちらっとこちらを向いたがそのまま男に剣を向け続ける。

 そして遠くから嫌な地響きと唸り声。嫌な予感しかない。


 長老様達を見下ろし、私達と目を合わせるようにオークが鼻息荒く近付いてきていた。


 「あぁ……そんな、」


 私は前世を思い出して悲痛な声が出た。

 この凶暴で残忍な生き物が来てしまえば、どうする事もできない。


 ……ここにいる皆んながやられてしまう。


 足から震えるのを感じて私はそれを見つめた。


 

 

 

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