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間章1

 レトリア連邦軍パウロ基地総督、テオフィル・ラガトは、とある来客をどう対応しようかと手をこまねていた。総督室の対談用である革張りの椅子に座り、ローテーブルを挟んで向かいに座る男を少々尖らせた視線で見る。


 レトリア連邦防衛大臣、ハンス・ゾロアだ。大臣にしてはかなり若い三十五という年齢。目をひくところがあるとすれば、二十歳前後にも見える肌の質感だろう。金色の短髪に切れ長な目と黒いフレームの眼鏡が毅然とした印象を与える。


 もともと、パウロ基地でインスペクターをしていた彼だが、どういった経緯か政界へ飛び行った。若く聡明な印象を持たせ、それでいて底なしの自信を醸し出すようなビジュアルは、選挙で選ばれるには十分すぎた。選挙で選出されたハンスは、軍に精通していたことからまっさきに防衛大臣に任命された。当時、歴史の浅い連邦政府に、従軍経験のある人間はいなかった為、ハンスという男が防衛大臣に任命されるのは必然だったと言える。


 そんな彼が、今さらこんな汗と血の匂いに満ちた場所に何の用があるのか、想像するに容易い。軍人用の詰襟ではなく、政治家の正装としてお約束の黒いスーツを着込んでいること、連邦の予算委員会もちかく開かれることから、防衛大臣として軍事費用のすり合わせに来たのは明確だった。


 ハンスは軍費用の見積書に目を通し、ぱさっと置いた。部下に出させた紅茶をどこか苦い顔で口に含む。


「今年のパウロは五〇〇億ウォルですか。かなり強気にでましたね」


「エーデルが消え、ここは前線都市になった。隣のグランツェは復興に手一杯の状態で、我々が守っているのだから多く請求して当然」


「にしても、多いような気がしますが。研究費用が去年の倍近く高くなっている」


「知っているだろ。イレギュラーが増えたんだ。対抗できる兵器を開発しないといけない」


「なるほど。確かに仕方ないか。ほかの都市に研究をやらせてもその成果は、ほとんど返ってこないし、無駄な投資をするなら全部パウロにまわしてもいいかもな」


 頭の中の思考をぶつぶつとひとりごちるハンスをラガトはぎろりと睨んだ。その視線に気が付いたハンスは、和やかに微笑む。


「どうぞ、お気になさらず、総督。いつもの癖でして」


「うちの研究チームをひいきしてくれるのはありがたいが、その態度、他所で漏らすとお前の信用は一気に落ちるから気をつけろ」


「ご忠告ありがとうございます。でも、事実ですから」


 パウロの研究チームの成果は、過去の栄光にすぎない。


 燃料タンクも蓄電池も持たない機械獣がどこからエネルギーを得ているのか、その謎を解明したのは、パウロ基地の研究部だった。機械獣の体内を循環する機血は機械獣の持つ管脈を一定圧力で流動させることで熱を帯び、その熱を電気エネルギーに変換することで機械獣は莫大なエネルギーを得ていた。眩い光を放ち、莫大なエネルギーを半永久的に生み出す。


 この反応を見た研究部の人間はこう言った。まるで核融合を起こしているようだと。


 しかし、機血というのは人間にとって有害そのものだった。機血の無毒化の過程でたくさんの研究員が中毒症状を起こして死んでいった。日々毒に侵されながらも、ある時、研究員らは、機血があるバクテリアと接触すると、人間に対して無毒化することを発見した。サヴマバクテリアと名付けられたそのバクテリアは、生き残った研究員によって菌床が増やされ、増殖していった。そして、サヴマバクテリアのフィルターの作成に成功したことによってキニスゲイアが生まれたのだ。


 キニスゲイアも機血と同じように管脈を通ると莫大なエネルギーを生産したことから、機械獣の管脈をそのまま転用し、様々な技術が編み出された。


 フォトンブレードの刃は、キニスゲイアが刀身の管脈を通って得られるエネルギーを刃状に放出することで現れる。ジェーム(対機械獣用戦闘機)のスラスターもエネルギーの放出の仕方が違うだけで原理は同じだ。そして、レフォルヒューマンが使用するパワースーツの反重力モード。全身に管脈を張り巡らせ、各部位で電気エネルギーに変換する。ただ、スーツに冷却装置もなければ、熱を放出する通気口も空洞もない。短時間しかスーツがもたないのは厄介な点だが、なくてはならない技術だった。


 すべてキニスゲイアが無くては、存在しえなかった。


 残念なことにその開発者は、ある時を境に失踪してしまったので、また新たな発明を願うのは厳しい状況である。


「しかし、この研究費用を連邦議員に納得させる材料がありません。例えば、頭殻をやぶる武器を開発するとか」


「ならば高周波バレッドの研究開発の費用と言えばどうだ?」


 聞いた途端、ハンスの目の色が変わる。まるで、想像もつかない異端を目にしたように。


「本気で仰っているのですか?」


 疑り深く訊いてくるハンスにラガトは、毅然とした表情を崩さない。


「本気だ。現状抱えている問題のすべてを解決するものであるのだから、開発に着手するのは当然。高周波バレッドがもし実現すれば、防衛のやりかたも変わっていくだろう。レフォルヒューマンに頼るばかりの防衛ではなく、従軍するすべての兵が機械獣と戦えるようになる。これは我々の使命なのだよ」


 高周波バレッドというのは分子同士の結合を緩めて破壊する弾丸だ。機械獣に使えば最強の武器になるが、使い方を間違えれば大惨事を招くもろ刃の剣だ。


 弾丸が常時高周波を放てば人間は触れることすらできないし、弾丸を吐き出す銃すらも分解してしまう。要するに弾丸を発射した後、着弾するまでの間に高周波を発生させ、着弾後、ターゲットを損傷させた時点で波動を消滅させないといけない。


 技術的には可能でも克服するべく課題が多いのが現状。だが、いずれ実現しなければいけない技術でもある。はったりであるとはいえ、議会を納得させるには充分すぎるだろう。


「わかりました。この話を持ち帰りましょう。おそらく予算案も通ると思います」


「頼むぞ」


「ええ」



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