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第五章「淘汰されるは人か獣か」6

 戦闘が終わって、クレハは、気のこわばりを少し緩めた。いつ、また襲撃があってもおかしくないけれど、ずっと気を張っていても持たない。


 レオンの主眼カメラの映像を見る限り、無事エーデルへ向けて走行を再開している。バイクなのにあれだけ弾丸をうけて大丈夫かなと心配したけど、杞憂に終わってくれた。


 レオンの戦闘が始まって張り詰めていた管制室の空気も少し綻びつつある。クレハ個人だけではなく、軍にとってもレオンの戦闘は一大事であるということだ。クレハの頭上にある壁面モニターの映像もいつの間にか二分割から三分割にされている。新たに追加された枠にはレオンの主眼カメラの映像が映し出されていた。延々と続くトンネル内の映像だ。他の映像も戦闘中のものはなく、一山越えたといった状況だ。


 映像を見ていたのか、レイサが声をかけてくる。


「さすがね。ハンスだったらあんな判断できていなかったわ。しかも、パートナーと意思疎通せずにやるなんて大したものよ」


「レオンが何をしようとしているのか視線の動きだったり、状況だったりで何となくわかってしまうんです」


「それは、愛があってのものかしら」


 レイサがくすりと笑いながら言う。クレハは、苦笑いで受け答えた。


「さあ、それはどうだか……。ただ、レオンは、あの時銃を持っていたのに使ったのは一発だけでした。レオンの腕だったら、もう二機、堕とせていたはずです。なのにそうしなかったのは、弾を温存したかったからでしょう。それで次の行動にすぐ移すのかと思えばその場でやり過ごすだけでした。これはお手上げだということです。なにか打開する策があるとすればもうキニスゲイアの使用しかありません」


「それで、二十秒使ったのね」


「本当は十五秒に抑えるつもりでした。でも、倒しきれていなかったので」


「その、柔軟な判断が出来るのは、パートナーとの信頼を構築してきたからよ。誇りなさい。やっぱり、あなたで正解だったみたいね」


 クレハは、単純に嬉しかった。いままで、自分が大事にしてきたことを声に出して評価されたことがなかったのだ。


「ねえ、話さなくていいの?」


「え?」


「せっかくその席に返り咲いたのよ。なにか話してもいいんじゃない」


「レオンは、私のことを待っていないと思います。レオンは自分から私を外したので」


「じゃあ、彼が何も言ってこないのは、気づいていないってことかしら?」


「たぶんそうなんだと?」


 ふーんと、レイサは透かしたような目を向けてくる。


 そのとき、クレハの胸ポケットの携帯端末がピコンと通知音を鳴らした。静音設定にしていなかったと、焦って取り出す。画面を開くとレオンからのメッセージだった。レオンはいま、バイクの操縦で手がふさがっているから音声入力で送ってきたのだろうか。早速メッセージを開く。


『良いサポートだったよ。次もよろしく』


 思わずにやけてしまった。よくよく考えたら、レオンが機械化してから褒めてくれたのは、初めてかもしれない。


「なに、嬉しそうな顔してるの?」


 レイサが透かした笑顔で見てくる。クレハは、慌てて、


「いえ。なんでもありません」と携帯端末を胸ポケットにしまった。





 レオンは、エーデルの地下駅にたどり着いた。機械獣の侵入を防ぐための昇降扉は開けっぱなしになっていた。降ろそうかとも考えたが、グレイブがフォトンブレードを持っていたことを思い出して、やめた。降ろしても無意味だ。


 レオンは、送られてきた地図を視覚モニターに表示させる。地図には赤い丸印が示されていた。そこがギガセンテのいる位置だ。駅から特別遠いわけでもないが、近いわけでもない。脚での移動では時間がかかる。


 レオンはバイクに乗ったまま貨物運搬車用の搬入道路を通って地上に上がった。


 街の光景を目の当たりにしたレオンは絶句してしまった。駅前の商業通りであるはずなのに、見えるのは倒壊した建物ばかりだ。いちばん驚いたのは、車道を寸断するように瓦礫の土手が出来上がったていたことだ。


 レオンは、バイクを降りた。いくら浮上式とはいえ、瓦礫の上を走ることは出来ない。


 マーカーが打たれた場所は、どうやら土手が続いてく先にあるようだった。それだったら土手の上を行った方が歩きやすいだろうと思い、レオンは土手を上り始める。


 土手を形成しているのは大中小コンクリートの塊と折れた鉄骨とちぎれた金属棒、根元からぼっきり折れた電柱に引きちぎられた電線だった。まだ通電している可能性を考えて電線にだけは触れないように注意する。瓦礫の斜面を登ると、やっと街の様子が一望できた。


 それは、ギガセンテの通った跡だった。大きな溝を挟んだ反対側にも同じように瓦礫の土手が延々と続いている。無事な建物はほとんどない。


 本当に乗り物での移動は難しそうだった。仕方なく土手を歩き出したその時。レオンは不穏なものを見つけて立ち止まる。


 一機の小型の飛行物体がぽつんと宙に浮かんでいる。レオンのいるところよりも五メートルくらい高い位置だ。味方の偵察ドローンだろうか。いや違う。見た目が明らかに異なる。


 黒一色で身体以上の大きさの翼。しかも、手と同化している。鳥には絶対にない哺乳類の脚を持ち、顔には嘴がついていない。頭には、耳のようなものが二つ。おそらくは収音機だろう。顔並みに大きい。動物に例えるなら蝙蝠といったところだろうか。


 浮力を得るための回転翼をもたないあたり、あの体を浮かしている機構は、おそらくフォーグルと同じだろう。あれも機械獣だ。


 レオンは視覚カメラをズームして物体を観察した。よく見ると顔に丸い穴が開いていて、その奥の方に円環が何層かになっているのが見える。


 カメラレンズ。レオンは息を呑んだ。


 ——しまったと思った。


 機械獣があんなところで無意味に浮かんでいるわけがない。あれは、監視している。レフォルヒューマンが地下を通ってここまでやってくるのを見張っていたのだ。


 見つけた時点で撃ち落とすべきだった。いや、姿を晒した時点で手遅れか。今から撃ってももう遅い。あいつが動き出す。


 地面が揺れはじめる。ごごごごと地鳴りを響かせて。まるで、世界そのものが揺れているかのようだった。大地も空も、周囲に存在するもの全てが揺さぶられている。


 レオンは立っていることが出来ず、地面に両手をついた。身動きが出来ずにただ土手の下を見下ろすと、突然、視線の先の瓦礫が盛り上がった。その下の大きなコンクリートも割れて、めくれ上がる。その下から巨大な頭が姿を現した。続く体が頭を天高く持ち上げ、あっという間に頭上を越えていった。天高く聳え立つ鈍色の身体。頂点から見下ろす血色の顔。空からの陽光を反射し、頭部の禍々しい鍵爪がぎらつく。


 ギガセンテは真っ直ぐレオンを見下ろす。レオンは、見上げたまま目を剥いた。


 これにどう打ち勝てというのだろうか。


 立ち向かうことさえ野暮に思えてしまうほどの圧倒的威圧感。数少ない生きた皮膚にびりびりとしたものが這いずりまわる。戦ってはいけないと身体が強く訴えてきているのだ。無意識に逃げようとしている。


 なのに動けない。


 ギガセンテの頭が降りてくる。レオンの近く、ギガセンテの頭が地面についた瞬間、強風が吹きつける。耐えられないほどの風圧が体を地面からめくれ上がらせ、レオンは宙に投げ出された。十数メートルの高さ。頭から瓦礫の斜面に落ちていく。


 頭からの着地を避けるため背中を丸めた。どすんと、肩甲骨の間に強い衝撃を感じる。スーツに備わっている干渉機構が働いたが、それでも、肺にあった空気が無理やり吐き出された。背骨を伝った落下の衝撃が頭をくら付かせる。レオンは、すぐに立ちあがることができなかった。まるで世界そのものが揺らいでいるような感覚だった。レオンはその場でうずくまった。

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