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第一章「砂漠の巨獣」2

 小さな観察室のモニターデバイスに張り付く女性。


 夕日に染まった小麦のような色合いの髪をゴムで束ねたポニーテールと琥珀の瞳。シルクのような透明感のある肌を薄桃色の唇が控えめに彩る。


 クリッとした丸い目が、ターゲットの完全停止を視認した。


「トリムアイズの活動停止を確認。当作戦は完遂されたとし、事後処理に移ります」


 イヤホンマイクの向こうから、司令のしゃがれた声が返ってくる。


『そうか。了解した。レオンを帰投させてやれ』


「了解」


 司令への報告は完了。次はあいつにっと……。


 クレハは整備班に通信を飛ばした。


「レヴィンス、聞こえる」


『聞こえてるぞ、クレハ。討伐は終わったのか?』


「ええ、たった今。キニスゲイアが発動して装甲が大破したわ。すぐに(レオンを)回収して」


 レヴィンスからはあきれた声が返ってくる。


『またか……、これで何人目だよ。もう変わりはいねえっていうのに』


「あと二日もすればユーインとライアンが復帰できるでしょ。何とかなるよ。それとトリムアイズがイレギュラー化していたから、その調査もお願い」


『はいはい。わかりましたよ』


 レヴィンスは少々気だるげに返事して通信を切った。


 クレハは、その他の機関にも報告をすませると情報デバイスの電源をおとす。椅子の背もたれによりかかって深くため息をついた。


 インスペクターになってから、精神をすり減らす毎日だ。レオンが日に日に人ではなくなっていく。もともと生まれ持った肉体が徐々に機械や人口のものに入れ替わり、精神までもが人ではなくなっていってしまうのではないのかと感じてしまう。


 インスペクターの仕事内容は改造人間であるレフォルヒューマン、生命維持装置を必要とする彼らの管理だ。彼らが任務遂行できるように、ミッション中の補助、および体調面のサポートが主な仕事である。


 様々な装置が仕込まれているレフォルヒューマンは自身の体をすべて自己コントロールすることは不可能だ。


 いくら自身の体にレーダ装置が搭載されているとはいえ、目の前の敵と戦っているときに遠くから迫ってくる敵に意識を向けることは不可能に近い。だからこそ、インスペクターがレフォルヒューマンのレーダを監視し、近くに対応できない危険が迫っていないか常に警戒する。


 監視することはそれだけではない。


 クーラ装置や、予備血液の注入装置。その他、体内水分の調整機構などが正常に動作しているかなど、ミッション中に観察し、不具合があれば整備班に報告する。


 レフォルヒューマンが戦闘に集中できるように配慮すること全てが、インスペクターの仕事なのだ。だけど出来るのはそこまでだ。現状、精神的なサポートは何もしてあげられていない。


 クレハはレオンが苦しんでいるのを知っていた。機械に無理やり生かされること、改造が施されることがどれだけ辛いか、見ているだけで心が痛む。


 しかも、その選択を自分がしてしまったからなおさらだ。


 いまでも、あの時の選択が正しかったのか考えてしまう。レオンの幼馴染として、恋人としてとった選択が正しかったのか、今の自分でもわからない。


 せめてレオンが兵器として生きる最後の瞬間まで尽くしてやりたい。それがレオンに苦しみを押し付けてしまった自分が果たすべき償いだから。


「さて、帰ろうかな」


 管制中は邪魔だからと束ねた髪をほどき、おもむろに椅子から立ち上がった。空調を止め、照明を落として、部屋を出た。




 車に乗って基地を出た。街の空には、いつも巨大なフレームが横たわっている。オゼインシェルターを支える骨組だ。 


 空色の中では少し目立ってしまう鈍色。レオンが嫌っていた、本来、空にあるべきでない異物。


 オゼインシェルター自体は、無色透明のガラスのような材質だ。有害な紫外線を九六パーセントカットすることができ、さらに外からの砂嵐を防いでくれる。


 一度は地下生活を余儀なくされた人類が、こうして地上で生活できるようになったのは、オゼインシェルターが街をすっぽり覆ってくれているおかげなのだ。


 平和な日常。街を歩けば公園があったり服屋があったり、おしゃれなカフェやベーカリーや、安さが売りの大型食料品店があったり、映画館とかの娯楽施設もあったりする。過酷な外とくらべて、シェルター内部は嘘のように平穏で豊かだ。


 クレハは、今日の晩食を買おうと食品量販店の立体駐車場に車を停めた。


 立駐から店内に入ってすぐのエスカレーターに乗った時、前にいたのは手を繋ぐ親子。


「お母さん、今日ハンバーグがいいな」


「そうね、パパも喜ぶし、そうしようか」


 代わり映えのしない親子の会話。平和な日常。今生きている人たちにとって、こっちの世界が当たり前なのだ。


 路肩には街路樹がうわり、白いコンクリートの歩道に涼しい木陰を落とす。暗くなれば夜道を街灯が照らしてくれる。蛇口をひねればいつでも水が出て、洗濯機に服を入れれば自動的に洗ってくれる。移動手段は車と街中をはしる路面電車。


 こんなの都市内では当たり前のことだ。でも一歩外に出れば、それは当たり前ではなくなる。


 外は死の世界だ。強力な紫外線が生き物の生存を許してくれない。


 さらに、機械獣が蔓延っている。防護服を着ていたとしても人が武器を持たずに外に出れば生き残ることはできない。


 クレハは、すれ違う人を同じ世界の住人だと思えなかった。自分は外で戦う人間をサポートしているのに対して、彼らは安全な内地で経済ごっこをしているだけで生存のために戦っていないからだ。


 食料品店で合成の惣菜を手に取ってレジに並んだ時も、生活のために仕事をしている時も、それがあることが当たり前だと思っている。


 しかし、それは当たり前ではない。ある日、急に奪われてしまうことだってある。


 自分の故郷、こことは違う都市シェルターのエーデルは五年前、機械獣の侵攻によって陥落した。その光景は記憶に焼きつけられて、いまでも消えることはない。

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