7話 「アノニミティ」
(いつからユーゴさんは、ここに居たんだ?)
クリスの話では、宿屋ネストの店主ユーゴは情報屋ではあるが、元々は歓楽街ガロンで活動する程の冒険者だと話していた。
金髪ロングヘアの猫耳受付嬢――レーネルとは昔からパーティーを組む程の仲良しであり、ユーゴの妻ニコルもレーネルとは知り合い同士だ。
テクト達が宿屋ネストに訪れた時も、ユーゴは警戒する所か、普段通りの客としてテクト達を出迎えてくれた。
だからこそテクトは、ユーゴが最初からテクト達に敵対心を抱いていたという考察には至らず、テクト自身がユーゴに対して疑心暗鬼になる事は無かった。
――だがユーゴが情報屋である以上、第三者によって依頼された可能性は充分にある。
そう悟らなければ、ユーゴがテクト達を監視する理由が何処にも無いからだ。
「……誰からの差し金ですか?」
「本来依頼者の名前は秘匿にしたい所だが、その子が予知能力者だという情報を貰ってね。僕には確信が持てなかったが、君達に正体がバレたら、全てを明かしても良いと話していた。依頼者は、第二冒険者組合クレム――受付嬢主任のエメリーだ」
ユーゴのその発言に、テクトはピンと来ない。
――だがモルタは驚く事もなく、ずっと沈黙していた。
「テクトは知らないだろうな? ――だけど、君は知っているだろ? モルタ」
ユーゴの発言にモルタは頷いた。
「さて、手短に話そうか……。君達の事を少し調べさせて貰ったが、君達は一体何者なんだ??」
ユーゴは【紅き】の登場人物ではない。
どうすればユーゴを説得する事が出来るかどうかは、テクトでも未知数だった。
するとモルタがテクトに代わって、淡々と話し始めた。
「ん。私達の家族は皆、元々から予知能力の才能があった。だけど、聖魔都ヴァルディムの辺境の奥地で家族を失って、ずっと私達は困ってた。首都オーディアが他種族に優しいという噂をテクトが耳にして、全ての路銀を使い果たして、やっとここに辿り着いた。身分を証明する物が今まで無かったから、私はテクトと一緒に冒険者になった」
(おい――モルタ。口から出任せばっか言いやがって……。また設定が増えるだろ!!)
テクトはモルタに落胆しながらも、手で顔を覆い隠した。
確かにモルタの言い分でユーゴを納得する事は出来ると思う。
――だがその代わり、テクト達の設定が安易に増やされると、後々困るのはモルタではなく、決まってテクトのみであった。
「ん。私達を調べても、何も情報が見当たらなかった。だから警戒して、私達をこの部屋に誘導した。違う?」
「正解だ。そこまで見抜かれていたなんて、僕は君に驚いてるよ」
いきなり襲い掛かるモルタの鋭い指摘に、ユーゴは的中して冷や汗をかいた。
実はモルタはユーゴとの初対面時に心眼を使用し、ユーゴの心を既に読み取っていた。
心眼で理解した内容は、ユーゴがモルタを予知能力者だという情報を既に知っていたことと、その依頼主がエメリーだったということ。
但しレーネルに関しては、元々テクト達にこの宿屋ネストを提供する手筈ではあったが、クリスに先を越されて少し不機嫌になっていた。
ユーゴは手筈通り、態と満室だとあからさまな嘘を吐き、テクト達をこの盗聴防止魔術が施されていない物置部屋へと誘導した。
そしてユーゴは室内でテクト達をずっと盗聴しながら、宿屋ネストに設置された複数の防犯カメラの映像を見ていた。
――だがユーゴは確かにテクト達を常に監視していたが、自身の知識でも知る事の無い興味深い情報の方が多く存在していた。
だからこそユーゴは接触を試みた。そして失敗した。
「悪気は無かったんだ……。それは本当だ……」
ユーゴはそう言って頭を下げた。
確かにユーゴはエメリーに雇われていただけに過ぎない。
それに元を辿れば、モルタが第二冒険者組合クレムで遭遇した面倒事を、テクトに共有しなかったことが何よりも原因だろう。
(この世界で、予知能力者が危険人物として扱われていたとはな……)
歴史上最も古くから居た予知能力者は、首都リルラムの長――ホタル・リルラムしか居ない。
だけど彼女には不死の権限『ヴィオス』が付与されていたが、無数の後継者を残して既にこの世を去っている。
――だがその後継者も、度重なる戦争や暗殺によって現在は一人となっており、首都リルラムでは〈巫女科〉の創立者――東雲綴がその後継者を保護している。
その為。テクトからすれば、予知能力者が危険人物だと思われるなんて有り得ない話だった。
(いや――待てよ……。予知能力者じゃなくて、まさか第二冒険者組合クレムに【紅き】の登場人物が居て、そのエメリーが隠しているとしたら?)
そう考えたとしても、モルタが嫌いになる人物なんて居たのかと、テクトには少し疑問が残るものだ。
(今度。モルタに聞いてみるか……。さてと、この場をどうやって片付けようか……)
テクトが模索していると、ふと何かアイデアが頭に浮かび上がる。
今回はそれを口実に、テクトはこの面倒事を押し切ろうと考えた。
「…………。じゃあユーゴさん。自分達に協力して、一つ情報をくれませんか? 別に自分は興味無いので……」
「え……?? 情報……?」
「どうせ言おうとは思ってたんですが、少し頼み辛かったので……」
「はは……、君も結構面白いな……」
テクトは申し訳無さそうに話していると、ユーゴは微かに微笑んだ。
ユーゴのその反応が分からず、テクトは不思議と首を傾げる。
「じゃあ改めて自己紹介しよう……。僕はユーゴ。これでもギルド〈アノニミティ〉のマスターだ」
(ギルド〈アノニミティ〉って……)
アノニミティとは、隠密行動に長けた情報系統を扱う善意のギルドだ。
ギルドマスターであるユーゴの表舞台は、宿屋ネストという冒険者御用達の宿屋を経営し、裏方では歓楽街ガロンを拠点に活動するギルド〈アノニミティ〉という二つの顔を持つ。
元冒険者であったユーゴは第二冒険者組合クレムとは馬が合うが、何故かクレムのギルドマスターとは犬猿の仲である。
「ユーゴさんって、まさか王都フェルガント出身の……」
「そういう知識は持っているんだな――テクト。そうだよ。僕は王都フェルガント出身、魔法学院〈審判科〉の卒業生だ。まあ……創立者の雨霧教官には、いつも結構怒られてたけどな」
(確かに〈審判科〉の創立者――雨霧礼二は、真面目過ぎるもんな……)
テクトはユーゴの話を聞きながら共感していた。
するとモルタがテクト達の話を割って入って来た。
「ん。テクト、眠い……」
「じゃあ一人で寝たら?」
「やだ」
「えー……」
モルタはあくびをしながら駄々をこね始める。
テクトからしてみれば、今話し掛けられても困る程の重要な頼みをしている真っ最中だ。
だというのにモルタは両手でテクトの右腕を抱き締め、一切離そうとはしてくれなかった。
テクトがもたついていると、ユーゴも今の時間帯を考慮してか、助言を出してくれた。
「確かに、良い子はもう寝る時間だな……。テクト――用件だけで構わないから、僕に聞かせてくれないか?」
「えーとですね……。ギルド〈セントラル協会〉幹部のザックが所有する土地が、貧民街にあるみたいなんですけど……。場所が分からなくて……」
「? 理由を聞いても……?」
「鶏です」
テクトが理由を話すと、一瞬間が空く。
するとユーゴが驚いて大声で叫んだ。
「はあぁぁ!? 鶏ィ……!?」
「声が大きいですって……」
現在は夜中である。
この物置部屋には全く防音性能が備わっておらず、誰かが大声を発せば近所迷惑になってもおかしくはない程だ。
「ん。たぶんテクトが言ってるのって、あのユニーク・コカトリスのこと?」
(ん? ユニーク・コカトリスって、何??)
「――ちょっと待て!!」
するとユーゴが何故かテクト達に、待てを掛けて来た。
「明日。僕が君達を呼び出すから、今日はもうお開きにしよう」
「え? それってどういう……??」
ユーゴは物置部屋の扉へと振り返ると、静かに歩き出した。
テクトが追いかけようとしたその時――、ユーゴから発せられた小声がテクト達にまで微かに聞こえ始めた。
「あんのクソギルドマスターが……。次はただじゃ置かねぇぞ…………」
気さくなユーゴにしては随分と豹変したその声は、誰か別の人物に対して怒りを露わにしていた。
するとモルタがそんなユーゴを見て、オブシディアンの様な黒い瞳をキラキラと輝かせた。
「ん――結構面白い」
「何処がだよ!!」
不謹慎過ぎるモルタの発言に、テクトは透かさずツッコミを入れた。
――その後。ユーゴが物置部屋を去ってから、数分が経過していた。
テクトは頭を抱えながらも、さっきまで眠たそうにしていたモルタに話し掛けた。
「まぁ……もう寝るぞ――モルタ」
「ん――分かった……」
ピタッとスイッチが入ったかの様に、モルタはテクトに近付く。
テクトが物置部屋の照明灯を消すと、辺り一面暗闇と化した。
テクトは真っ白のベッドへと移動し、一度毛布と布団を捲り上げる。
そしてテクトはベッドの上に座りつつ、ベッドの中央付近で仰向けになった。
するとモルタもテクトの隣へ行くと横になり、捲っていた毛布と布団をテクトの上に掛けた。
「ん。寝る」
「そうか……。じゃあ、おやすみ」
「ん。おやすみ」
二人はそう話しながら、そっと瞼を閉じた。
すると長旅の疲労感があったのか、テクト達は特に何も会話はせず、いつの間にか静かに就寝していた。
◇ ◇ ◇
宝暦2043年03月19日。
太陽が東から昇り始め、夜の冷たい風が心地良い風へと変化し、歓楽街ガロンに住む者達の朝が今始まろうとしていた。
東西南北にそれぞれ四つの区分に分かれた守衛門では、行商人達の受付によって絶賛長蛇の列であり、歓楽街ガロンの住民達の朝も結構忙しいものだ。
そんな事とは露知らず、テクト達が寝ている物置部屋の窓の外から、小鳥の地鳴きが聞こえ始めた。
少し赤みが掛かった茶髪の青年――テクトは依然として仰向けで眠っており、膝まで伸ばした白い長髪の少女――モルタに関しては、何故かテクトの胸の上で抱き着いた状態で静かに眠っていた。
昨晩ユーゴとの約束によって、テクト達の起床は全てユーゴに委ねられている。
――だがテクト達が何も気にせずに寝ようと思えば、半日以上も熟睡する程の化け物であった。
首都オーディア――歓楽街ガロン、宿屋ネスト。
現在の時刻は、午前十時。
宿屋ネストに宿泊していた殆どの冒険者達は、既に冒険者組合の依頼を熟しに出掛けていた。
ユーゴの妻子も中央区へ食材の買い出しに行っているが、正午にはユーゴが外出するので、それまでの間には帰宅する予定で動いている。
そんな中。宿屋ネストに誰も客人は来ず、さっきまでフロントで仕事を熟していたユーゴも暇を持て余していた。
「もうそろそろ、テクト達を起こしに行った方が良いか……」
ふとユーゴは壁掛け時計を見ながら呟いた。
テクト達が物置部屋から出た形跡は無く、今も寝ていると察して、朝食は日持ちを優先したロールパンにサラダを挟んだサンドイッチにしてある。
ユーゴはテクト達の真偽を探る為に、また改めて調査しに行っていた。
――だがモルタのあの証言と守衛兵やレーネルから貰った情報が一致していたので、ユーゴはテクト達との信頼関係を築く為、安易な深追いは断念する事に決めた。
そしてユーゴは早朝に第二冒険者組合クレムへと赴き、依頼者エメリーには包み隠さず全てを話した。
とは言ってもエメリーに話した内容は、テクト達がこの歓楽街ガロンに訪れた経緯のみ。
エメリーは頑なに監視の継続を申し出たが、ユーゴはテクト達の持つ情報が有益だと判断して依頼を断った。
――エメリーの言う通り。本物の予知能力者には些か危険性はあるが、テクト達が善人である以上……、僕ら〈アノニミティ〉には関係ない話だ。
ユーゴは椅子から立ち上がってフロント側の裏口を通り抜けると、テクト達が居る物置部屋へと移動した。
ユーゴは扉を数回叩いてノックし、そして物置部屋の扉を開けた。
するとテクト達はまだ疲れているのか、依然としてベッドの上で熟睡していた。
無理もない。昨日の長旅は、さぞかし疲れていただろう。
「テクト。朝だぞ。起きてくれ」
ユーゴはテクトの身体を揺すりながら起こす。
するとテクトの瞼がゆっくりと開いて、少しずつ目を覚ました。
「…………。あ……、おはよう……ございます。ユーゴさん……」
今日のユーゴの服装は昨日と変わらず、黒のティーシャツと青色のジーンズのラフな格好に、緑色の長袖ジャケットを羽織っており、腰には護身用のナイフが両側に二本ずつ――計四本を装備していた。
「おはよう! テクト。正午にはここを出るぞ」
「何処に……?」
「あのなぁ……。昨日話してたろ? ザックの……」
「ああ!!」
ユーゴは昨日と変わらず同じ服装だったので、テクトからすれば今日も昨日と同じ出来事なのだろうと、脳が勝手に錯覚を起こしていた。
それもその筈。ユーゴのこの服装は宿屋ネストに勤務する為に用意された仕事着であり、またユーゴ自身も客人に覚えて貰う為に、態と同じ服装を好んで着ている。
但しこれは家族公認であり、ギルド〈アノニミティ〉のメンバー達からは『いつもの服装』として認知されている。
「テクト――お前達の着替えは今洗濯中だから、ここに着替えを置いてある。それに着替えたら、食事処に集合な?」
「分かりました……」
ユーゴはテクトにそう告げると物置部屋を去った。
「昨日の今日で良く見つかるもんだな……。いや――ユーゴさんの場合、怒り任せにやったのかも……」
(それよりも――)
テクトは目の前で静かに眠っているモルタを見て、溜め息を吐いた。
昨日は確か、モルタはテクトの隣で寝ていた。
それを覚えているテクトは、これが自主的なのか、寝相なのかも分からないものだ。
そもそも地球では他の神々とも干渉する為か、モルタとは一緒に寝る機会すらも無かった。
それにモルタの性格上――、知らない間にテクトを抱き着くなんて有り得ない話だった。
(たぶん寝相なんだろうな……。モルタが軽くて良かった)
今も胸の上で静かに眠っているモルタを見て、テクトは身体を揺すりながら起こす事にした。
「モルタ。朝だぞ」
「……ん」
すると薄っすらモルタの瞼が開き、オブシディアンの様な黒い瞳が見える。
そしてモルタが今の状況に気付くと、不思議と首を横に傾げた。
「……ん? テクト? へんたい……?」
「な訳無いだろ。早くどいてくれ」
「ん――分かった……」
モルタがベッドから起き上がると、ようやくテクトもベッドから起き上がる事が出来た。
するとモルタがもうひと眠りしようと、またベッドの上で横になろうとするので、テクトはモルタの寝間着の首元を掴む。
「もう一回寝ようとするな……」
「ん――断固拒否」
「さっきユーゴさんに呼ばれたんだよ」
「ん――私には関係無い」
「じゃあ待たせるのか?」
「ん。私は別に構わない」
(起きたら起きたで、何でこうなるんだよ……)
テクトは一度溜め息を吐いてると、腕の力が抜け落ちて、いつの間にかモルタがベッドの上で横になる事に成功していた。
それを見兼ねたテクトはモルタを無視して、ユーゴが持って来た服に着替え始めた。
依然としてモルタは着替える素振りもなく、テクトは頭を悩ませていたが、ふと何かアイデアが頭に浮かんだ。
「じゃあモルタの分の朝食も、自分が全部食べるからな」
「ん――それは駄目。…………分かった。私も着替える」
(これで良し……)
食事を理由にモルタを動かせる事に成功し、テクトは内心喜んでいた。
すると急にモルタがベッドの上に立ち上がると、手足を可愛く大の字に広げながら、モルタはテクトにそっと呟いた。
「ん――テクト。着替えるの手伝って」
モルタの放ったその一言で、テクトが何も無い場所で大袈裟に滑ったのは言うまでもなかった。
――それから数分後。
テクトはモルタを連れ、宿屋ネストの食事処で椅子に腰を掛け、テーブルに置かれた朝食のサンドイッチを口にしていた。
サンドイッチと言えば白い食パンに具材を挟んだものを想像しがちだが、宿屋ネストでは白い食パンの代わりにロールパンを使用している。
サンドイッチの味は二種類有り、一つは瑞々しい野菜に薄いハムを使用したもの、もう一つはクリーム状のポテトサラダを沢山詰め込んだものだ。
どちらも美味しくて、これはユーゴの妻ニコルの手作りだそうだ。
飲み物は絞りたてのオレンジジュースであり、日本だと結構お高めな値段なので、貧乏性なテクトからすれば、これが無料で飲めるだけでも実は感謝していた。
それに加え、現在テクト達が着ている服装は全て古着である。
ユーゴが言うには元々この古着は、宿屋ネストに宿泊した客人に無償提供しているものだそうだ。
テクトは白色の半袖Tシャツの上に黒色ジャケットを着ており、下は茶色のジーパンに黒色のシューズを履いている。
テクトの服装はユーゴが決めたらしく、高身長さながらのファッションと動き易さを重視したコーデとなっていた。
モルタは黒一色のフォーマルワンピースの上に灰色のジャケットを着ており、下は黒で統一した靴下とブーツを履いている。そしてモルタの白い長髪にはアクセントとして、黒色の髪留めを付けていた。
モルタに関してはユーゴの娘エレーナが決めた様で、通常フォーマルワンピースは式場などで着る印象だが、エレーナ曰くモルタは人形だと認識されているので可愛さを重視したようだ。
「ん。美味」
「確かに、美味しいですね」
「それは良かった。だったらこれは、全部食べて良いぞ!」
ユーゴは微笑みながら、作り置きしていた残りのサンドイッチをテクト達のテーブルに出した。
実はこのサンドイッチも昨日と同じく余り物で作ったらしく、テクト達が沢山食べても問題は無かった。
「それでテクト。食べてる所悪いが、ザックの件で少し話がある」
「分かりました。それで、場所は見つかりましたか?」
「ああ――それなら問題無い。昨日の深夜、僕の部下が総出で貧民街を捜索したからな……。ただ……、あの善良なギルド。〈セントラル協会〉が実際に何を犯したのか、僕はそれが知りたい」
現在。ギルド〈セントラル協会〉を崩壊させる事が出来る唯一の人物は、【紅き】の主人公である一年〈支援科〉の九重明人のみ。
明人は〈セントラル協会〉が揉み消した極秘情報を既に入手しており、ギルドを崩壊させる為の切り札として、常にクランホームである無限高校の旧校舎に保管してある。
――だがもし〈セントラル協会〉が崩壊したとしても、その後に訪れるあの計画を阻止するには、明人でも至極困難と言っても良いくらいだ。
「いずれ、分かる時が来ますよ」
テクトの含みのある言葉に、ユーゴは何処か違和感を感じた。
「…………。何か……、いや――別に、手掛かりなんて何でも構わない。一体テクトは、何を知っているんだ?」
「ん。井の中の蛙、大海を知らず」
井の中の蛙大海を知らずとは、有名なことわざである。
意味は自分の狭い知識や経験に囚われ、他にも広い世界が有るという事実を知らないような者のことを指す。
日本では派生として、『されど空の深さを知る』と付け足して語られる場合もある。
ふとテクトはモルタを見ると、モルタのオブシディアンの様な黒い瞳からは、『これはテクトが決めた方が良い』という残留思念の様な強い思いを感じた。
テクトは軽く溜め息を吐いた後、ユーゴにとある言葉を言い放った。
「セイレーン計画は御存知ですか?」
「何だ……、それは?」
「この言葉の意味が分からない以上、自分の口からは何も言えませんね」
セイレーン計画という言葉を聞いてみて、本当に身に覚えが無いのか、ユーゴは呆気に取られて言葉を失ってしまった。
ユーゴがその計画を知らない以上、テクトでさえもその先の内容を詳しく伝える事が出来なかった。
また【紅き瞳のイミ】第一章の段階では憶測として捉えられており、ギルド〈セントラル協会〉の関係者以外でその全貌を知る者は誰も居ない。
「その計画が〈セントラル協会〉と、どういう関係がある?」
「だから、いずれ分かる時が来ますと言ったでしょ? それよりもユーゴさん。何か見つけたんですか?」
「…………。いや――何も……。まぁこれは、テクト達とは関係の無い話だ」
ユーゴの複雑そうな言葉に、テクト達は神眼を使わなかった。
最もモルタは心眼で既にユーゴの心を読み取ったのか、持っていたポテトサラダのサンドイッチをテクトに無言で渡した。
モルタのその行動から察して、食事中に話す様な内容では無いみたいだ。
――それから数十分後。
テクト達がかなり遅めの朝食を食べ終わると、現在の時刻も十二時前という丁度良い時間帯になっていた。
ユーゴの支度も終え、宿屋ネストのフロントや玄関口の両扉には、店員不在と書かれたプレートが置かれていた。
これからテクトとユーゴは貧民街へ向かうが、治安の悪い貧民街にモルタを連れて行くには危ないというユーゴの指摘から、モルタは宿屋ネストに残ることになった。
それにあともう少しすればユーゴの妻子が帰宅するらしく、別に宿屋ネストを一時的に閉めていても、特に問題は無いみたいだ。
「戸締りも終わったし、テクト――行くぞ!!」
「はい!!」
ユーゴが先に宿屋ネストを退出し、テクトはユーゴを追い掛ける。
すると宿屋ネストの玄関口にいたモルタが、そっとテクトに話し掛けた。
「ん――テクト。気を付けて」
「ああ――分かった。じゃあ行って来るよ」
テクトはモルタにそう伝えると、バタンと玄関口の両扉を閉じた。
そしてテクトはユーゴと共に歩いて、歓楽街ガロン北部にある貧民街へと目指した。




