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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

10年目の記念日

作者: belgdol

 森の中で少年と虹のきらめきを宿した蝶の翅を備えた人形サイズの少女が向き合っている。


「召喚紋を刻むのって痛いのかな?」

「痛いと思うよ。止めたいなら、止めてもいいんだよ」

「……ん。いい、ずっと一緒に居ようって言い出したの、僕だし」

「本当に、良いのバヌク?」

「やっちゃってよ、リッタ。怖くなる前に」


 バヌク少年の言葉に、何かを決心したように頷く少女リッタ。

 目の前の十歳ほどの、まだ未発達な手ほどの大きさしかない彼女が、祈るように手を組み。

 呪いの言葉のようなものを紡ぎ始める。


「我はこの者の求め訴えるに答え常に共にあるものなり。我ここに召喚される者としての絆を結び、繋がる事を願う。我が魂の波紋を彼のものに刻みたまえ。刻印」


 リッタの祈るような言葉が終わったとき、バヌクが胸を抑えて膝をつく。


「バヌク!あっ……」


 バヌクが手を付き四つんばいになりそこない、肩口から地面に崩れ落ちるのと同時に、翅を硬直させたリッタもまた、堕ちる。

 揃って地べたを這う二人は、身体を、特に胸を襲う激しい痛み。

 まるでささくれた枯れ木を体内に突き込まれて抉られているかのような灼熱感と刺突感に身悶える。

 激痛に襲われて、身悶えしながらも二人は互いに手を伸ばしあい、バヌクが指を差し出し、リッタが出された人差し指に触れたところで、両者とも気絶する。

 昼の明るい中でも、場所は森の中。

 そんな危険な場所から、バヌクは意識を移す。




「……懐かしい夢見たなぁ」


 のんびりとした垂れ目がちの、ぬぼっとした顔をさらに眠気で緩くしたバヌクだが、目を二、三度瞬かせると軽く頭を振り、眠気を払う。

 そして視線を自分が眠っていたベッドのサイドテーブルの方へと向けると、そこに設えられた人形用サイズのベッドので眠る、裸体のリッタが目に入る。

 朝の陽を受け虹色の光沢を照り返す魂の波動を刻みあった大切なヒトがちゃんとそこに居ることを確認して微笑む。


「リッタ、リッタ朝だよ……起きないか。ご飯作ったら起きるかな」


 起こす気のあまり感じられない、小さな声で呼びかけた後に小さく笑みを含んだ独り言を言って、バヌクはベッドを出る。

 寝巻き用の簡素なシャツと膝丈のズボンというラフな格好のまま、室内履きのサンダルをつっかけてバヌクは寮に用意された、寝室と繋がっている自室の台所に立つ。

 よどみの無い動きで、昨日の夜焼いておいたパンを熾した火で軽くあぶり、ナイフでチーズを削り取り、少ししんなりした菜っ葉とトマトのような野菜も切って、あぶり終わったパンへ入れた切込みに挟み込む。

 そして、熾したままの火に空の陶器製の注ぎ口のある容れ物をかけて、その上に台所に備え付けられた札入れから取り出した一枚の札を取り出して、その上にかざす。

 それから一言、開放と呟くと容れ物一杯に札から水が注ぎ込まれる。

 後はちょうしっぱずれの鼻歌を歌いながら、茶漉しと素焼きの急須を取り出して用意する。

 用意した急須には新たに取り出した薬湯になる薬草を乾かしたものを一つまみぱらぱらと落として、湯が沸くのを待つ。


「もう少しで食事が出来るよ、リッタ」


 お湯が湧くまでの間、穏やかな視線を健やかな寝息を立て、時折翅をパサパサと動かし、輝く燐粉を散らす様子を見守る。

 愛しいヒトの姿を観ていれば時間は瞬く間に過ぎて、湯が沸騰する音を耳で捉えてバヌクは厚手のミトンで火にかけていた容器を掴み、急須に注ぎ込む。

 そして部屋一杯に独特の、朝露を受けて青臭いがすがすがしい匂いを放つ森の中のような匂いが広がる頃になると、うっすらリッタが瞼を開いた。

 しばらくぼんやりと、小さく薄めな唇の端からだらしなく涎をたらしていたが、バヌクが粉薬を計るときに使うような小さなさじで、一垂らし蜜を茶の中に投入し甘やかな匂いを放つようになると彼女も完全に目を覚ました。


「おはよ、バヌク。今日も早いね」

「君よりちょっとだけだよ。それより蜂蜜入りカルヌーク茶、飲むよね」

「うん!貴方と私、二人でね」

「ん」


 パタパタと裸体のまま飛んで、自分の肩に腰を降ろしたリッタの体温を感じながら、バヌクは彼女には一抱えある、人間の彼には一口サイズの湯飲みを取り出し、それに淹れたばかりの茶を注ぐ。

 熱いから気をつけて、と何時もの一言を言う前に何度か自分の吐息でお茶を軽く冷まして、リッタに朝食となるお茶を渡す。

 そして余った分を自分用のカップに注いで先ほど用意したパンと共にもって、リッタがお茶を零さぬように慎重に移動し、台所の半分を占めるテーブルの席につく。


「何時もありがとうね貴方。いただきまーす」

「ん。頂きます」


 バヌクの肩からテーブルの上に飛び移り、ちびりちびりと杯を傾けるリッタ。

 彼女を見守るバヌクと、視線を何度か絡ませる。

 そのたびにお互い、相好を崩しあう。

 終始流れる和やかな雰囲気、それはさながらおしどり夫婦のようだ。

 しかしソレも仕方の無いことだろう。

 二人は互いの魂の波紋を自らの魂に刻み込む儀式を経た仲であり。


「ああ、そういえばさ」

「なに?貴方」


 一通り食事を食べ終わってお茶を味わうバヌクの言葉に、リッタが問いを返す。


「10年前の夢を見たよ」

「10……あ、あの時の?」

「うん。召喚紋をお互いに刻みあったあの時の夢だよ」

「そっかぁ、まだ夢に見るんだ」

「大切な記念日の事だからね」


 そっか、と呟きながら他の場所にはしみ一つ無い清らかな裸体の胸元の、人間でいえば心臓の上、乳房の内側にくっきりと刻まれた、波打つ波紋の印を撫ぜるリッタ。

 印の紋は野放図に波打ち、機械的な正確さとは反対にあるような不規則な間隔で刻まれている。

 その模様こそがバヌクという人物の魂の設計図であり、彼を映し出す鏡だ。

 刻まれた紋様に触れるだけで、彼女はバヌクとの繋がりを感じることが出来る。


「十年、色々あったよね」

「大変だったことも、楽しかったことも、本当に色々あったなあ」

「私が攫われた時もあったよね」

「あったなあ。まあ、あの時の奴らは君に召喚紋があるかも確認しないお粗末な奴らだったから、アジトまで召喚紋で辿って公社の皆でとっ捕まえてやったけど」

「逆に私が助けたこともあったわよね。貴方が公社の仕事で鉱山の落盤に巻き込まれた時に召喚で助けたり」

「あの時は本当に助かったよ。日帰りの調査のつもりだったから食料もろくに持ってなかったって言うのもあるけど、急な地震での崩落で足をやられてたから」

「あの時は本当に肝が冷えたんだから。足が潰れてて再生魔法のお世話にならなきゃいけないって……」

「ははは……怪我した足が痛かったのもそうだけど、お財布的にも痛かったよねぇ、アレは」

「公社からの見舞金はでたけど、保険に入ってなかったから再生魔法の支払いが自腹だったからよ」

「あの事件の後は保険探しに必死になったよねえ」

「そうよね。公社に入ってると入れる保険自体が少ないうえに月々の支払いも結構するのばっかりだったし」

「でもいい教訓になったよ……それからも何度か保険に入っててよかったっていう目に遭ったし」

「そうよね。でも自分で経験してたからわかるけど、公社入りたてで保険はいるのは躊躇われるのよね」

「だね。公社は給料良いけど装備が支給のだと間に合わないからどうしても出費が多くなるし、必要になるのかわからないものに月々定額掛けるのに抵抗があるのはわかるなあ」

「まあねー。私達も3年位前は保険にかけるお金があるならお菓子食べたいってそっちに注ぎ込んでたものね」

「あの時期は色んなもの食べたよねえ。甘味専門店のチャレンジメニューとか」

「あのクリーム大すぎであとで二人ともお腹壊したやつね!」

「容赦ないんだもんなああの店。人間と妖精のペアだっていうのに人間用の盛りで二人前だすんだもん」

「ねー。でも噂じゃあのお店結構前に閉めちゃったって」

「え。そうなの?なんかショックぅ……」

「それがねー、甘味専門店じゃなくてメニューの幅を広げた大食い店になって名前もそのままでリニューアルオープンしたんだって」

「あはは、なにそれ」

「今度久しぶりに行ってみる?」

「いいね、今度行こうか」

「ふふ、楽しみね!」

「だねぇ」


 ひとしきり話して、笑いあう二人。

だが二人ともハタと気づいたように顔を見御合わせると同時に口を開いた。


「「それより今日の事だ(よ)!」」

「今日休めると思ってなかったから、記念日は前倒しして遊びにいっちゃったよねえ」

「水の都綺麗だったね」

「温泉もよかったよお」

「街中に無料の足湯が色んな所にあるの凄いよね」

「湯量が豊富っていってたけど相当と思ったよお。足湯スタンプラリーなんてやってたり」

「何か所あったっけ?」

「ちょっと待って。ラリーのカード見てくる」

「はーい」


 バヌクが席を立ち、物置部屋に入っていきしばらくごそごそしているのを聞きながら、リッタはお茶のお替りが欲しいわね、と自分の妖精用カップを持ってティーポットの所へ飛んで行った。

そしてカップを一度置き、全身でポットの蓋を開いてから改めて汲みだし、元のテーブルの上に戻ってお茶を飲んでバヌクを待った。


「あったあった、全部で26か所廻ってたよ。よく歩いたよねえ」

「歩いたのは貴方だけどね。私は肩に乗ってただけ」

「君は軽いから……それはそうと」

「なあに?」

「今日の予定を立てる前にそろそろ服を着ない?」

「そうよ、この間の旅行の話もいいけど今日の予定を改めて……改めて……」


 カルヌーク茶の入ったカップを置いたリッタは、服を着よう、と訴えるバヌクの肩に飛んでいくと耳元で囁いた。


「ねえ貴方。今日は一日家で過ごさない?」

「え、でもせっかく召喚紋を刻んだ日の10年目の記念日なのに」

「10年目だからこそよ。10年分の思い出、今日はたっぷり二人で思い出しましょう?」

「……さっきまでこの間の旅行の話はいいからなんて言ってたのにい」


 苦笑するバヌクの頬を撫でながら、リッタはコロコロ笑っていった。


「それは最近過ぎるからよ。10年前の、公社の丁稚奉公になった頃からの話をゆっくりとしましょう。そんな10周年があってもいいじゃない」

「うーん。それもそうか。でも、服は着ようね」

「はあい。お昼は久しぶりに公社の初心者セット頼みましょ」

「はは、懐かしい味だね」

「そうね。私がちっちゃいから貴方の頼む初心者セットのパンとおかずを切り分けてもらって分け合って食べたわよね」

「君はちっちゃいから自然とそうなるよね。おかげで美味しいものも不味いものもいつも一緒だったね」

「好みの違いはあったけどね」

「あったなぁ……二人前は頼めないからどっちを頼むかでじゃんけん勝負したりもしたよね」

「今もするじゃない」

「そうだった」

「もう、バヌクったら」

「あはは」


 そうして二人ひとしきり笑ってから。


「別に10年前の話しかしちゃいけないってわけじゃないのよ」

「というのは?」

「もうちょっと前の話もしていいのよ」

「ああ、出会ったばっかりの頃の話とか?」

「そうそう」

「思えば君は悪い女だよね」

「何がー?」

「幼気な少年を誑かして……」

「あら、貴方の方から私を口説いたんじゃない、綺麗な翅だねって」

「子供のいう事だろ?」

「子供だから正直に言ったんでしょうに。今の貴方が妖精に綺麗な翅ですね、なんて言ってるの見たことないわ」

「それは君が……いや、いいよ。はいはい、僕は正直じゃない大人になりました」

「特別な記念日くらいは素直になってもいいのよ?」

「……君は昔から変わらず綺麗だよ、リッタ」

「貴方も変わらず素敵よ。バヌク」

「そんな素敵な君には服を着ることをお奨めするよ」

「あら、着ちゃっていいの?」

「僕の心を安らげるためにもどうか着てほしいね」

「解ったわよ、しょうがないんだから」


 そう、軽妙なやり取りを続け。

リッタが服を着てからも甘い二人のやり取りを続けたのでした。

そんな、記念日を、二人は平和に過ごしましたとさ。

そして次の日からの危険な公社の仕事も、二人協力して引退まで続けて……バヌクが地に還るまで、二人はともに在るのでした。

公社ってなんだよ、という人向けに簡単に。

冒険者ギルドみたいなものです。

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