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秘密

その頃小夜子は、講義を終えて家に帰る途中、城北学院大近くの喫茶店・ボンジョルノでコーヒーを飲んで一休みしていた。

「おじさん、モカブレンドおかわり!あと、ホットケーキちょうだい!」

 小夜子がニコニコしながら呼びかけると、

「はいよ!すぐ出来るから待っていてね」

 とマスターである谷村が、くりくりした目を細めて優しい声で言った。

「お父さんも毎日大変だね」

「もう捜査が忙しいみたいで、ここ二、三日一緒にご飯食べてないの」

 谷村の問いかけに小夜子は少し寂しそうにつぶやいた。

「かわいそうに…、刑事も因果な仕事だね。家族と遊んであげたくても出来ないんだから。お父さんも口には出さなくても寂しいんじゃないかな。でも小夜ちゃんとかおりちゃんが、それでも元気に大きくなってくれたんだし、お父さんは嬉しいんじゃないかな」

 谷村は慰めるように言った。その時、ドアの呼び鈴がチリンとなり、

「おやっさん!いつものアメリカンちょうだい!」

 と元気のいい男の声が響いた。

「お、暁君じゃないか!今日は先客がいるんだよ。ちょっと待っていろ」

 谷村はそう言って男にカウンターに座るように促した。

「小夜子…!どうしてここにいるんだよ」

 男は小夜子を見つけ、驚きの声を上げた。

「暁!ここで会うなんて珍しいわね」

 小夜子もびっくりしたように言った。小夜子と暁=神崎暁は、高校時代からの友達でもあり、バンド・フラッシュの仲間でもある。暁はフラッシュではギターを弾いているが、特撮ヒーロー好きで大の仮面ライダーファンでもあるのだ。

「小夜子、実は俺もここにはよく来ているんだ。それより体大丈夫か?」

「うん、もう大丈夫。でもお父さんが忙しくて、一緒にご飯食べられなくて寂しいんだ」

「そうだよな、小夜子は母ちゃんがいないんだもんね。それに親父さんは警察官…。でも親父さんのような人がいるから皆安心して暮らせているんだしさ、大事な仕事だと思うぜ。いくら最近警察の不祥事が多くても、親父さんは親父さんなりに頑張っているんだぜ。元気だそうな」

「うん」

 暁の言葉に優しくうなずいて、小夜子はモカブレンドを一口飲んだ。


 哲夫の素早い行動で光山は一命を取りとめ、病室に担ぎこまれていた。

「お前のおかげで助かったよ、黒木」

「なあに、友達じゃないか。俺も危うく何か注射されかけたけどな」

 光山のお礼の言葉に、哲夫は少し照れくさそうに言った。

「黒木、警察の人が来たら、その注射器を刑事さんに渡してくれ。お前と組み合った相手がわかれば、誰が何の目的で俺を狙ったかわかるはず」

 光山はしっかりした口調で言った。その時、

「光山先生、大丈夫ですか」

 と病棟の看護婦である小山が駆け込んできた。

「俺の友達が殺し屋らしい連中から奪い取った注射器があるんだが、ちょっと中身を見てくれないか。彼も一歩間違えれば、殺し屋にそれを注射されかねなかったから」

 光山は薬剤師の顔に戻って言った。

 小山はすぐに手袋をした手で注射器を持って慎重に中身を見た。そして、

「先生、どういうことですか?これ、ゼトラマックスが混入していますよ」

 と目を丸くして言った。

「なんだって!」

 哲夫と光山がほぼ同時に驚きの声を上げた。

「薬剤部ではもうゼトラマックスは使わない事になっていましたよね。それにカンファレンスでも、ゼトラマックスの使用中止を決めたはずなのに、どうしてなんですか?」

 小山は何がなんだかわからないようで、困惑した表情を見せていた。そこへ、

「警視庁広域捜査課の黒田です」

 と誠が一礼して入ってきた。

「哲ちゃん、まだ病院にいたんだな」

「ああ、光山のことが心配になってな。実は俺も食堂を狙ってきた殺し屋とやりあったが、その時に何か注射されかかったんだ」

 誠の言葉に、哲夫はいつもの冷静な口調に戻って答えた。

「たくさん相手がいたらどうするんだよ。ムチャしやがって…で、その注射器の中身はなんだったんだ」

「黒木が注射されかけたのはゼトラマックスらしいんです。黒木、見せてやれよ」

 光山が言った。

「薬剤部ではもうゼトラマックスは使わない事になっていたんです。それにカンファレンスでも、ゼトラマックスの使用中止を決めたはずなのに、どうしてこんなことが」

 と小山が泣きそうになりながら訴えた。

「誠、光山が殺されかけて、俺がゼトラマックスを注射されかけたとなると、犯人はゼトラマックスの秘密をもっとよく知っている人間の可能性があるぜ。そうでなきゃ、病院で決めた事を無視してまで、ゼトラマックスを使うなんて出来るわけがない。何か恐ろしいことが裏にあるな」

「ああ、仮にメディカが絡んでいるとして、光山さんが生きているのを黒幕が知ったら、殺し屋をまた差し向けてくるかもしれない」

 哲夫の言葉に誠は静かな戦慄を感じていた。その時、

「刑事さん、黒木、俺はゼトラマックスを臨床試験でうちの病院で使っていた時から、副作用のことが引っかかっていたんだ。俺の同期の内科医である南原もそれに気づいていたんだ。あの薬は下手な使い方するととんでもない事になる。筋弛緩剤に似た作用が引き起こされて、そのために亡くなった人がたくさんいるんだ」

 と光山が思いがけない事を口にした。

「なんだって!」

 誠はそれ以上の言葉が見つからなかった。

「臨床段階から問題になっていたのに認可されてしまったから、俺もおかしいと思って色々調べていたんだが、俺にも家族がいるから、やむを得ずここまで告発せずにいたんだ。悪い奴らに狙われて殺されたら、娘たちがどんな思いするか…。でも、もっと早く勇気出していればこんな事にならなかったかもしれない」

 光山は苦悩に満ちた表情で、仕事に対する苦悩と娘たちへの愛を口にした。

「そんなに自分を責めるなよ。お前の気持ちは痛いほどわかるぜ。後は誠に任せろ。俺が警察時代に同期で一緒だった仲間だが、彼なら絶対信頼できるから。力になってくれるぜ」

 哲夫は慰めるように言った。誠も、

「大丈夫ですよ。ゼトラマックスの秘密はこちらでも科警研を通して今調べています。悪いようにはしませんから、安心してください」

 と言って、そっとハンカチを差し出した。

「ありがとうございます。刑事さん」

 光山は涙を拭いた後、安心したのかゆっくり眠りに入っていった。

「じゃ誠、俺は一旦職場に戻るが、光山の事頼むぞ」

 哲夫は誠の肩をポンと叩いた。

「わかったよ哲ちゃん。でもこうなると家に帰れないだろうから、小夜子のこと見ていてあげてくれないか。あの子には本当に可愛そうな思いさせてばかりだが、俺は本当にダメな親父だよ」

 誠は辛そうにつぶやいた。

「そんなことないさ、小夜ちゃんだってわかってるよ。後は任せとけ」

 哲夫はそう言って東光大学病院を後にした。朝から取材に赴いていたが、光山の様子を見守っていた為、哲夫が愛車に乗り込んだのは、夕方の五時を過ぎていた。


 一方圭一郎は、南原隆行の家に向かい、南原と彼が襲われた時にそばに居合わせた一郎と竜治に事情聴取していた。

「刑事さん、私は竜治と一郎がいなかったら自殺に見せかけて殺されるところでした」

 南原が言った。

「なんですって!」

「奴らは私の飲んだお茶のティーバッグに睡眠薬を仕込んでいたんです。少し飲んだ時になんかおかしいと思ったのですぐ捨てたんですけど、どうやらそれに神経を麻痺させる薬も入っていたようで、一郎たちはそれにやられたようです」

「奴らが南原を襲ってきた時に、俺たちも必死で抵抗したんだけど、途中でしびれが凄く強くなって…。それでとっさに南原に警報スイッチを押すように言ったんだ」

 一郎も言った。

「そういうことだったんですか、で、その問題のお茶は誰が持ってきたんでしょうか」

「今朝届いたものをうちの娘が入れてくれたんですよ。でも娘は何も知らないでこれを持ってきたんです。中に変な封書があったと気味悪がっていましたが…」

 圭一郎が聞くと、南原はそう言って一枚の封書を見せた。

 その封筒には真紅のバラの絵が描かれているだけだったが、中をのぞいたところ1枚のカードが入っていた。

「ん?なんだろう…妙な絵柄だが、やけに気持ち悪いな」

「どうかしましたか?」

「お嬢さんは、もしかするとこのカードを気味悪がっていたかもしれませんよ」

 とカードを南原、そして一郎と竜治に見せた。その時、

「あ、これは…」

 と竜治が言いかけた。

「どうしたんだ」

「そのカードは、タロットカードの『死神』なんだ」

「なんだって!」

 竜治の言葉に南原が驚きの声を上げる。何者かが自分の命を狙ってきたことへの恐怖で、その体は一瞬すくんでしまった。

「となると、南原さん、あなたは狙われている危険性がありますよ。メディカのことで何か知っているとしたら、死神のカードは奴らの暗殺予告かもしれません。何か知っていたら話してくださいますか」

「そういえば刑事さん、俺の友人に聖ホーリー医大病院に勤めていた内科医がいたんです。彼もシグマプロジェクトに参加していたが、ある事故で被験者を死なせてしまったのがきっかけで、シグマプロジェクトの真の目的を調べていました。でもそれをマスコミに公表しようとした矢先に、彼は突然死んでしまったんですよ」

「なんですって!」

「その死因は心臓発作による病死と言うことで片付けられてしまったんだが、俺にはどうしてもぴんと来ないんです。あいつはスポーツマンだったしな。その友人の名前は秋月洸一郎と言うんですが」

「秋月さんから何か預かっている物はありませんか?あなたもゼトラマックスのことで調べていたことがあると、上司が友人から聞いたのですが」

 圭一郎が再び聞くと、南原は、

「これです」

と自分の部屋から一枚の光ディスクを持ってきた。

「これには、シグマプロジェクトの全てが記録されています。秋月は、シグマプロジェクトのこれ以上の進行は、社会の為によくないと思っていたようです。その為に告発するチャンスをうかがっていた様に思います」

「シグマプロジェクトの進行は社会の為によくない?」

 南原から意外な言葉を聞き、圭一郎はびっくりした。

「シグマプロジェクトは、表向きには確かに遺伝子治療を応用した難病治療のための研究ということになっていますが、奴らがやろうとしているのは遺伝子治療の技術を悪用した研究なんです」

「いったいなんのために?」

「遺伝子治療の理論を悪用して、身体の細胞に変化を起こさせる薬を作ろうとしていたようです」

「身体の細胞に変化を起こす薬?」

「これは今まで話していませんでしたが、私はゼトラマックスに不審な点を抱き始めた時から、私の同僚の看護婦である川島理恵、それから南製薬の新薬開発研究員でゼトラマックスの開発にも関わっていた北原悠里さんの協力を得て、生化学の検査技師の天堂タケルとマウスにゼトラマックス投与する実験を一緒にやってきたんです。その結果確かに抗がん作用はあるのですが、身体の筋肉と神経に対して、異常な反応が起こるケースが多いことが分かったんです」

「どういうことですか」

「筋ジストロフィーとか筋無力症などの難病の様な症状が、急スピードで起こるんですよ」

「なんですって!」

 ゼトラマックスの恐ろしい真実を告げられ、圭一郎は愕然とした。

「秋月は言っていました。…聖ホーリー医大は表では確かに大きな成果も上げているが、裏では恐ろしい事をやっているとね」

 南原はそう言って、

「聖ホーリー医大の学長の東郷裕一をご存知ですか?」

 と圭一郎に訊ねた。

「ああ…確か神経科と遺伝子治療の分野の権威でしたね」

「実は、東郷のその顔は表の顔で、裏ではいろいろな犯罪に手を染めているようで、いくつか犯罪組織ともつながっているんですよ。ゼトラマックスの副作用で亡くなった患者の遺体が消えているって、最近大騒ぎになっているでしょう?」

 南原はさらに話を続ける。

「刑事さん、その遺体の行き先は臓器マフィアや、犯罪組織なんですよ。クローンサイボーグやバイオサイボーグの技術を使って、人体改造の研究に使おうとしているらしいんです。それから、患者の遺体をクローン再生して、ゼトラマックスを発展させた更に恐ろしい薬を作る実験までやろうとしているんです」

「なんてことだ」

「とにかく、このまま奴らをのさばらせていたら大変な事になる。東郷を何とかして捕まえて下さい。真実を知らせようとして、志半ばで死んでいった秋月の為にも…お願いします」

 南原は必死になって訴えた。死んだ友の代わりに真実を伝えなければ。その口調には友の無念を晴らし、真実を知らせたい思いがにじみ出ていた。圭一郎は、

「わかりました、責任を持ってお預かりします」

 としっかりうなずいて光ディスクを受け取った。

 その時、銃声と共に二階から、

「きゃああ」

 と悲鳴が上がった。

 圭一郎と南原をガードしていた刑事,そして南原、一郎、竜治が二階へ向かうと、南原の娘・涼子が腹部を撃たれて倒れていた。

「涼子、どうした!しっかりしろ!」

「お父さんを狙ってきた殺し屋が…気をつけて」

 南原の問いに、涼子は苦しそうに答えて力尽きた。

「涼子!」

 悲痛な叫びを上げる南原。

「南原さん、落ち着いて。救急車を呼んで下さい!」

 圭一郎はしっかりした口調で言った。そしてそばにいた刑事に、

「涼子さんを動かさないようにして応急手当しろ」

 と言って、南原、一郎、竜治と急いで一階へ駆け下りた。

 南原は、ホームセキュリティシステムのボードについている、一一九番通報のボタンをプッシュした。が、その時、背後から覆面をした男二人が、南原と圭一郎を襲ってきた。

「うっ」

 二人がうめき声をあげると、

「お前たちは知りすぎていたようだな。死んでもらう!」

と大柄の男が南原の首筋にナイフをちらつかせてきた。しかしその時、圭一郎がとっさにもう一人の男を後ろ蹴りした。

「うわっ」

 もう一人の男が股間をキックされ、もんどりうって倒れる。

 圭一郎はすかさず男の肩口を狙って発砲した。しかし、

「南原は後でじっくり殺してやる」

 と大柄の男が南原を抱え込んだ。

「そうはさせるか!」-

 圭一郎は男のすねを狙って発砲したが、一発命中したものの、大柄の男は南原を抱えながら逃げて行ってしまった。そして一郎と竜治もいなくなってしまっていた。

「ちくしょう!」

 もう一人の男に手錠をかけながら圭一郎は悔しがった。


その頃小夜子と哲夫は誠からの連絡を待っていた。

「黒木さん、お父さんから聞いたけど、殺し屋にゼトラマックスを注射されかけたの?だめだよ、一人で立ち向かうなんてさぁ」

 小夜子が心配そうに言った。

「ああ、危なかったけど、この通り大丈夫さ」

 哲夫はそう言って胸をポンと叩いて見せた。

「でも殺し屋がゼトラマックスを持っていたなら、病院の薬剤師さんでメディカにつながっている人物がいるのは間違いないわね」

 小夜子は確信したように言ったが、どことなく悲しげな目をしている。

「俺の幼なじみが話してくれたんだけど、あの薬は臨床試験で使っていた時から、副作用のことが引っかかっていたんだ。それでとっくに治療に使うのは中止したはずなのに、一人変な行動をしている奴がいるらしいんだ。それに彼は、当直の日会議でその事を話したんだけど、夜中に休憩の為に外へ出ようとして襲われて、抗がん剤をかけられたとか言っていたぞ」

 哲夫は光山が伝えてきた事を小夜子に丁寧に説明した。

「えっ!?」

「俺の幼なじみはこうも言っていたんだ。あの薬は下手な使い方するととんでもない事になる。筋弛緩剤に似た作用が引き起こされて、そのために亡くなった人がたくさんいるんだとね。看護婦さんもびっくりしていたぞ。カンファレンスでも、ゼトラマックスの使用中止を決めたはずなのに、どうしてこんなことが…って」

「そんな…」

 小夜子は今にも泣きそうになっていた。

「信じたくないよ、信じたくないよ。私、あの夜にダークパンサーに助けられた後、必死に治してくれて面倒見てくれたお医者さんと看護婦さんの姿を知ってる。人の命を助ける立場の人が裏でそんな事をしているなんて、私信じたくないよ。でももし本当にそういう悪い奴がいるのなら、私戦う!」

「落ち着くんだ、小夜ちゃん」

 哲夫は優しく小夜子をなだめた。そして、

「でも可能性があるとすれば、ゼトラマックスを南製薬がメディカに売りつけてるかもしれないな。そしてそれをメディカにつながっている薬剤師が、注射に使っている可能性があるかもしれない」

 と重い口調でつぶやくと、誠の携帯電話を呼び出した。

「もしもし」

 三回呼び出し音が鳴った後、誠の声が入ってきた。

「誠か?俺だ、小夜ちゃんと今さっきのことを話していたんだが、小夜ちゃん、ショックで泣いていたぞ。人の命を助ける立場の人が裏でそんな事をしているなんて、私信じたくないよって。でももし本当にそういう悪い奴がいるのなら、自分も戦うとまで言ってた」

 哲夫は辛そうに言った。

「本当か。あの子は本当に、死にかけたところを皆に助けてもらったしな。それを思うと、そういう話は怒りを通り越して悲しいんだろうな」

 誠も重い口調で答えた。言葉の端々に怒りと悲しみがにじみ出ている。

「これはあくまで俺の推理だけど、ゼトラマックスを南製薬がメディカに売りつけているかもしれないな。そしてそれをメディカとつながっている薬剤師が、密かに注射に使っている可能性があるかもしれない」

 哲夫は小夜子に話した事をそのまま誠に伝えてから、

「もう一度、南製薬に当たってみたほうがいいぜ。お前の頼りになる部下に頼んでみてはどうかな」

 と言った。誠は、

「よし、哲ちゃんの推理を信じてみようか。また連絡するよ」

 と言って電話を切った。


 それから十分過ぎた頃、誠は、東光大学病院の常駐のガードマンと広域捜査課のメンバーと共に、病院内部のパトロールをしていた。

「光山さん、大丈夫かしら」

 ありさが心配そうに言った。

「看護婦さんが付きっ切りでいるらしいが…念の為様子を見てきてくれないか」

「はい」

 ありさは光山のいる病室へと向かい、誠たちは薬剤室へと向かった。ところが薬剤室の電気は消え、辺りは一面の闇になっていた。

「おかしいな、一人ぐらいは当直の先生がいるはずなのに」

 誠が不審に思ってつぶやいた次の瞬間だった。

「ぐああっ」

 ガードマンの悲鳴が闇の中にこだました。

「どうした」

 誠がガードマンの元へ走ろうとしたその時、黒い影が誠に襲い掛かった。殴られた瞬間にぼんやりとした光の中で、黒い影が注射器を手にしているのが、誠にはすぐにわかった。

「お前は一体何をしている」

 誠は男に問いただす。

「俺は自分の上司を始末する。それだけだ」

 男は低く冷たい声で言い放つ。

「人の命を助ける立場だと言う事を忘れているのか、お前は!」

「ふっ、人の命か。笑わせるな。どんなに長生きしようが人はいつか必ず死ぬ。お前の命もこの場で終わらせてやろうか。フフフフッ」

 黒い影はそういうやいなや、誠の首をヘッドロックで絞めてきた。

「うっ!…許さんぞ! 」

 誠は悲鳴を上げながらも必死に抵抗した。そして隙を見て黒い影の足を踏みつけると覆面と上着を剥ぎ取った。

「おのれ!」

 黒い影は血相を変えて逃げ出した。

「待て!」

 誠は全力疾走で後を追う。が、しばらくいったところで男はエレベータに乗り込んでしまった。

「くそっ!重要参考人になりそうな奴だったのに!」

 誠は悔しそうにゆっくりと息を整えながら、一階に戻っていった。すると、

「警部!光山さんは無事です。それより大変な事になりました。津上さんから連絡が入ってます。すぐ来て下さい!」

とありさが駆け込んできた。

「よし!」

 誠は玄関を飛び出し、自分の車の無線を取ると、

「津上か、どうした」

 と呼びかけた。すると、

「南原隆行さんと警部のお兄さんとお友達が捕まったんです。おそらくメディカですよ。今一緒にいたメンバーと奴らの車を追跡していますが、聖ホーリー医大病院方面へ向かうようです。警部、応援お願いします」

と圭一郎が答えてきた。

「よしわかった。すぐ行く」

 誠はそう言うとありさと車に乗り込んだ。その時、

「警部、男をガードマンの一人が捕まえたそうです。俺たちで身柄は確保します。それから南製薬の関係者に事情聴取しましたが、メディカ…というより聖ホーリー医大病院にゼトラマックスを買いつけさせられてたそうです」

 と誠の部下の一人、新城弘一が報告してきた。

「よしわかった。俺は聖ホーリー医大病院に向かう。そっちを頼むぞ、弘一」

 誠はしっかりとした口調で言った。



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