黒幕
小夜子は東京ドームアトラクションズの中にいた。幼い頃、誠が非番の時によく遊びに連れて行ってくれ、野外劇場・現在のスカイシアターのヒーローショーを家族で一緒に見ていたのをよく覚えている。小夜子は幼い頃よく戦隊ヒーローのヒロインのまねをして遊んでいたが、時々むちゃをしてけがをするのも日常茶飯事で、母・美咲に叱られることもあった。ジェットコースターが余りに怖く、降りた後大泣きしたこともある。
小夜子は幼い頃とはガラリと変わった乗り物を楽しみつつ、懐かしい記憶をたどっていった。幼い頃怖くて大泣きしたジェットコースターは、まだほぼ当時のまま残っている。
「もう一度皆で行きたかったな」
ふと小夜子は母のことを思い出す。小夜子とかおりの母・美咲は、誠と結婚した後警視庁に勤めながら海外援助ボランティアのスタッフをしていたが、カンボジアに地雷で大けがをした子供たちの慰問に向かう途中、その地雷の爆発に巻き込まれて五年前に亡くなってしまったのだ。
いつの間にか夕日は沈み、あたりは色とりどりのライトに包まれる。小夜子は東京ドームのほうへと足を進めた。プロ野球シーズンが始まったためか、歩いて行くうちにジャイアンツカラーのオレンジのメガホンを持った人々がちらほらと目に入ってきた。二十二番ゲートの前の噴水はライトを受けてキラキラと輝いている。
とその時、小夜子は背後から羽交い絞めにされ口を塞がれそうになった。
「今度こそ死んでもらうよ」
男の声が冷たく囁く。
小夜子はしゃがんでそれをかわすと、相手の右足を自分の右足で思い切り踏みつけた。そして、相手の隙が出来たところで相手の右手首をつかんで締め上げると、そのまま男に四方投げを浴びせた。なおも向かってくる男に小夜子はありったけの力をこめてパンチを打ち込む。
「ぎゃあ!」
痛さの余りにナイフを落とす男。しかしこれでは終わらなかった。物陰に隠れていた男の仲間四、五人があっという間に小夜子を取り囲むようにナイフを振り回してきたのだ。
「どうしよう。私は素手で向こうはナイフ。このままじゃやられるわ」
襲ってくる男たちの攻撃をかわしながらも、小夜子の脳裏にはあの悪夢がフラッシュバックしていた。どうにか一人ずつ倒そうとするが、投げ技を連続でかけていくのが精一杯で、ナイフを相手から取り上げるところまでいかない。やがて小夜子は男たちのナイフ攻撃をかわそうとして後ろに倒れてしまった。
「しぶとい女だ」
男たちの一人が小夜子の胸めがけてナイフを振りおろそうとする。小夜子は男のすねを蹴飛ばし、反動をつけて立ち上がった。しかし男たちに再び囲まれてしまった。逃げ出そうにも思うように身動きが取れない。
だが、その時、どこからともなく黒のブーメランがあの時と同じように闇を切り裂くように宙を舞った。たちまちそのスピードで肩口を切りつけられ、倒れこむ男たち。
「あっ、あれは!」
小夜子が思わず振り向くと、そこにいたのはダークパンサーだった。
「ここは俺に任せろ。下がって」
ダークパンサーはさりげなく小夜子をガードする。小夜子はその声に聞き覚えがあった。「あの声はまさか…」
「また邪魔だてしにきたのか!」
男の一人が怒鳴る。
「女一人を大勢で痛めつけようとするなんて、悪党らしいやり口だな」
ダークパンサーが言った。「悪党の中でも最低の奴らだな。お前たちは」
「やっちまえ!」
別の男が怒鳴った。
「それなら仕方ないな」
ダークパンサーは、手にしていたブーメランの他にもう一本同じ物を取り出し、一方を投げ込み、もう一方で男たちの肩口を鮮やかに切りつけていった。
「うわーっ!」
男たちが次々と倒れこんでいく。
「大丈夫か」
ダークパンサーは小夜子の元へ駆け寄った。
「大丈夫。また助けてくれたのね」
小夜子は歩こうとしたが少し足もとがふらついていた。体力が少し落ちているのだろうか。
「病み上がりなのにムチャはいけないぞ」その時ダークパンサーが言った。「それより早くここから離れよう。俺の肩にしっかりつかまれよ」
どうして病み上がりだって知っているの?それに聞いたことがある声だわ。誰なのかしら?小夜子は疑問を感じながらもダークパンサーの方に右手を回した。するとダークパンサーは小夜子の体をゆっくり抱きかかえた。そして、
「今のうちだ」
と言って大きくジャンプしてその場を離れた。
それから十分ほどたった頃、小夜子は自分のバンディットのそばで目を覚ました。うっかりして少しうとうとしてしまったようだ。ゆっくり立ち上がると辺りをぐるりと見回す。しかしダークパンサーはいなくなっていた。
「あれ?どこへ行っちゃったのかしら。あの人は…」
小夜子があたりをきょろきょろしていると、
「気がついたようだな」
と哲夫が紺のスーツに白いシャツ、ブルーのネクタイ姿で現れた。
「危ないところだった小夜ちゃん。もしもダークパンサーが来なかったらやられていたよ」
「ああびっくりした。でも黒木さん、なぜ私がここに来ているのがわかったの?ダークパンサーはどこ?」
「なあに、虫の知らせってやつだよ。ハハハッ」哲夫はいたずらっぽく笑った。「それは冗談としても心配だから迎えに来たんだよ」
「もう、黒木さんったら。私だって子供じゃないんだから」
小夜子が口をとがらせる。
「まあ、そう言うなって。俺は小夜ちゃんのことを小さい時から知っているからね。それよりご飯は食べたかい?」
「ううん、ちょうどご飯食べに行こうとしたところで襲われたから…あらいやだ、お腹が鳴っちゃった」
哲夫に聞かれ小夜子は少しうつむきながら答えた。その顔は少し赤くなっている。
「よし、今日は俺のお気に入りのイタリアンのお店があるから、そこで食べようか。バイクのキーを貸して」
「え、運転くらい平気なのに」
「今日は俺が君のバイクを運転してやるから、何も考えずに俺に甘えろ」
哲夫はそう言って、小夜子の肩をポンとたたいた。
その後小夜子は、哲夫のお気に入りのお店で一緒に食事をした後、自分の家まで送ってもらった。哲夫は、
「しっかり戸締りをして寝るんだよ。おやすみ」
と言いながら小夜子の肩を優しく抱いた。小夜子は、
「おやすみなさい!」
とにっこり微笑んで自分の部屋に入っていった。
そして哲夫は、三週間前のこととついさっきのことが気になったため、しばらく自宅には帰らず小夜子の家の周りを見張っていることにした。下手をすると、小夜子に自分がダークパンサーだということがばれてしまう危険性があったが、小夜子を守るにはそうするしかないと思っていた。
次の日、誠と一郎が揃って病院から退院してきた。そして哲夫も竜治と一緒にやってきた。
「ただいま~」
誠がまずリビングに入った。
「お帰りなさい!お父さん、おじさん」
小夜子の声が少し明るさを取り戻した。
「おはよう、かおりから連絡はあったかい」
「ううん、留守電にも何も入ってない」
小夜子は首を横に振った。哲夫は、
「小夜ちゃんに紹介したい人がいるんだ。俺の相棒だけどね」
と言って竜治を呼ぶと小夜子を紹介した。竜治は、
「小夜ちゃんか、黒木と誠から話は聞いている。この前はずいぶんひどい目にあったらしいな。でも元気になってよかった。あ、紹介が遅れたけど、俺は黒沢竜治。フリーの報道カメラマンなんだ」
と小夜子を気遣った後、自己紹介した。
「哲ちゃん、俺たちが入院していた間に何かわかったことはあるかい?」
一郎が聞くと、
「一郎、誠、君たちを襲った奴らの事はまだわからないが、二つだけ辛うじてつかんだことがある」
と哲夫が手帳を取り出しながら答えた。
「何だそれは」
「事件の裏に製薬会社とある大物政治家の癒着があるのをつかんだんだ。しかも厚生大臣をしていた代議士だ」
「えっ?まさか、自由民政党の森川光三郎のことか?」
「その通りさ」
目を丸くした一郎に、哲夫はさらりとクールに返した。
「ねぇおじさん、そういえばその森川という人、だいぶ前にも政治献金か何かが明るみに出て、マスコミで大騒ぎになってなかったっけ?」
小夜子が口をはさむと、
「ああ、でもその時は結局うやむやにされちゃったんだよ。俺と哲ちゃんも、真相を探るためにいろいろなところを走り回ったけど、残念ながら一歩及ばなかった。なあ哲ちゃん」
「でも、それ以前にも森川は、厚生省の役人とつるんで何か変な事をやっていたという噂もあるらしい。真偽はわからないけどね」
「呆れたぁ。それで国会で教育再生会議の肝いりで少年法がどうのこうのなんて言っているなんて、バカじゃない」
「それからもうひとつわかったのは、亡くなった患者に投与された薬は、南製薬が出していることだ。その薬はまだちゃんと認可されて、四年位しか経っていないらしいんだよ」
「哲ちゃん、気になることがあるんだ。認可されて四年経っているのに、ここにきてその薬を投与されていた人たちが次々と亡くなるなんて、おかしいと思わないか? 普通副作用がわかった地点で何かしらの報告があって、投与の制限や使用禁止の措置を出すはずだろう?」
「それに普通だったら認可の前に十分調査をするはずよ。絶対にこれはおかしいわ。裏に何かあるわよ、きっと」
小夜子も言った。その目はすごく真剣な表情になっている。
その時竜治が、
「そういえば…」
と言葉を濁しかけた。
「どうした、竜治」、
「昨日取材に行ったときに届いていた変な手紙のことだが、東光大学病院の院長宛てにも、何やら脅迫状らしいものが届いていたらしい。なぁ黒木。実はその薬の副作用で亡くなった人の遺体が、ここ数日毎日のように消えているらしいんだ。まだ確証はないけどね」
「なんだって!」
「竜治の言った『変な手紙』っていうのは、これのことだ」
哲夫はそう言って、コピーを取っておいた例の手紙を、皆に順番に見せた。
「俺たちマスコミに関わる人間と、警察への挑戦状ってわけか」
一郎が声を曇らせた。
「ふざけやがって!」
誠は怒りをあらわにした。
「皆、これは俺の推測だが、誠と一郎、小夜ちゃん、かおりちゃんを狙った奴ら、いや…正確にいえば奴らの黒幕は、東光大学病院での一連の事件の報道と捜査で、ある事がばれることを恐れているんだと思う」
「そうよ!なぜかおりが誘拐されたかわからないけど、絶対今度のこの事件は何か裏があると思うわ。こうなったら私も真相を探ってかおりを助けてやるんだから!こんなひどいことをする悪党に、かおりを殺されてたまるもんですか!」
「俺たちだけでも絶対真相を暴いてやろうぜ」
「小夜子」
その時誠が呼び止めた。
「どうしたの、お父さん」
「あんまりムチャをやらかすんじゃないぞ」
「何言っているのよ。かおりを助けたいだけなのに!」
「落ち着くんだ小夜ちゃん、お父さんは君をこれ以上危ない目に遭わせるわけにはいかないんだよ」
ムッとした小夜子に哲夫が優しく諭した。しかし、哲夫の心は外のさわやかな空とは裏腹に重く沈んでいた。
小夜子は自分の部屋に戻ると声をあげて泣いた。
「かおり、どこにいるの。全く連絡がないから皆心配しているのよ」
かおりを助けるために、悪事を働く大人を懲らしめるために、自分も力になりたいのに、父にも哲夫にもわかってもらえないことに、小夜子は苛立ちすら覚えていた。
「私にダークパンサーのような力があれば…、かおりを助けられたかもしれないのに。一体私はどうしたらいいの?お父さんの力になりたいのに!」
小夜子の苛立ちと悲しみの涙は、枕を静かに濡らしていった。
自分の無力さを悲しむ小夜子。そしてその「力」を持つことと引き換えに、孤独な戦いの中で生きてきた哲夫。二人のそれぞれの悲しみを映し出すかのように、三日月が夜空に青白くきらめいていた。
次の日の十二時ごろ。誠が勤めている警視庁広域捜査課のある部屋に、一本の電話が入った。
「はい、こちら広域捜査課ですが」
誠が受話器を取ると、
「黒田警部でいらっしゃいますか?」
と女性の声が聞こえてきた。
「はい、黒田は私ですが…どちら様でしょうか」
「私、森川光三郎の秘書をしておりました高浜めぐみと申します」
声の主の女性がしっかりした口調で名乗ってきた。
「どうしました?」
「今度の一連の事件に、森川と南製薬が関わっているんです」
「どういうことですか」
「一連の事件で話題になっている薬のことで、トラブルをもみ消そうとして南製薬の社長の白石健太郎が、森川に以前リベートを渡していたんです」
「それで?」
「今度の一連の事件をきっかけに、私は当時の資料を調べ直したのですが、とんでもないことがわかったんです」
「というと?」
「その薬は、厚生省から認可を受けた直後からトラブルが起きていて、本来だったらもう使用禁止になっているはずなんです。ところがその薬を販売している南製薬が、森川とその部下の官僚とグルになって、厚生省と中央薬事審議会に圧力をかけていたんです。そのことを知った私は、先日森川の秘書を辞めました。そしていろいろ考えたうえでお電話したわけなんです。でもこれ以上は電話ではちょっと…」
女性=森川光三郎の元秘書・高浜めぐみは答えた。
「そうですか」
「調べていただけますか。お願いします」
「わかりました」
誠はそう言うとめぐみの電話番号をたずね、メモを取った。
「ご連絡ありがとうございます」
誠はゆっくり受話器を置いた。その時、誠の頭の中に、
「もしかしたら,高浜さんはマスコミにもこの事実を告発しようとしているかも。哲ちゃんは知っているか聞いたほうがいいかな」
という考えがひらめいた。そこで、ちょうど昼食の時間になって部下たちが次々食堂に向かう中、誠は誰もいなくなったところを見計らって自分の携帯電話を出すと、哲夫の携帯電話の番号をプッシュした。
三度呼び出し音が鳴り、その後、
「もしもし、黒木です」
といつもの口調で哲夫の声が聞こえてきた。
「哲ちゃんか、俺だ。今こっちは昼休みだ」
「どうしたんだ。食事はまだなのか」
「実は…東光大学病院の一連の事件に関する告発の電話が、たった今入ったんだ」
「なんだって!」
「しかもその電話の主は、森川光三郎の元秘書なんだ」
「高浜めぐみさんか」
「その様子だと、そっちの社内にも電話があったんだな」
「ああ、俺も今会社にいるところだ」
「今度の事件、なんかとんでもない展開になりそうだな」
「森川光三郎のスキャンダルといい、君たちを狙ってきた『見えない敵』といい、やっかいなことになりそうだな」
「今夜は家に来られるか?大がかりに警察が動くと危険なことになるだろうし、皆にいろいろ話したほうがいいだろう。かおりの事もあるし」
「そうだな。あの件の手紙のことがあるから、下手に警察が大きな動きは出来ないだろう。君もまた奴らに狙われるかもしれない。とりあえずお前のところへ行くよ」
「じゃあ後で」
「ああ」
誠は電話を切った。そして、
「やれやれ、俺たちを襲ったホシはまだ手がかりなしか」
とぼやきながら、食事に向かった。
その頃竜治は、自室でここ二日間で撮ったフィルムを現像していた。
「なんか気になるなぁ」
竜治の目が、ネガから転写された1カットに向けられた。
そのカットには、薬局にあった外来患者に処方されるはずの薬の袋が、ほぼ完全に燃やされた形跡があった。
「いったい何のためにこんなことを…」
竜治はつぶやいた。
「黒木と俊一に電話を入れた方がいいな。まだ社内にいるだろう」
そして竜治はリビングに戻るとすぐ、哲夫の携帯電話の番号をプッシュした。
「もしもし、黒木です」
二回の呼び出し音が鳴ってすぐ、哲夫の声が入ってきた。
「黒木か…俺だ。ちょっと気になることがあってかけたが、今大丈夫か?」
竜治が呼びかけると、
「俺の方は仕事中だけど、とりあえず平気だ。それよりどうしたんだ?」
「実は今、取材で撮った写真を現像していたんだが、一枚気になるカットがあったんだ」
「気になるカット?」
「一昨日東光大学病院で撮った写真の中に、外来患者に処方して渡すはずの薬の袋が全部燃やされていたのがあった」
「なんだって、薬が全部燃やされていただって?」
「黒木、その燃え方が半端じゃないんだ。跡形もなく燃えて棚がひどく焦げ付いて変形しているし、一部が腐蝕しているんだ。普通の火じゃ、いくらなんでもここまではいかないと思って、お前に知らせたんだ」
「よし、わかった。誠には俺の方からも知らせておくよ。あいつも他の事件の事で忙しいみたいだけど」
「そうじゃなくても見えない敵のことがあるからな」
「ああ、俺たちも注意しようぜ」
哲夫が言った。
「じゃあな」
竜治は電話を切った。
「哲夫、今の電話は竜治からか」
「ああ、どうも写真の事で気になることがあるらしい。後で誠にも知らせた方がいいと思う」
「後でその写真を彼からもらってきてくれ。俺は明日その写真を持って取材に行ってみる。あ、そうだ。高浜さんのところを頼む」
「わかった。もうすぐ行く」
「高浜さんは今回のことを、危険を承知で知らせて来ただろうけど、具体的なことを聞いてきてくれないか。それと、もしかしたら彼女を抹殺しようと森川の部下の殺し屋が動いているかもしれない。彼女のガードも頼む」
「よし、わかった」
哲夫は俊一にそう言うと、アタッシュケースを引っ張り出して社会部の部屋を飛び出していった。そして黒のゼファーに乗り込むと、高浜めぐみの家のある自由が丘に向かった。
その頃小夜子は、午前中の講義を終え、学食でいつものようにメキシカンピラフを食べていた。お昼時学生たちはいろんなおしゃべりに花を咲かせているが、小夜子はなんとなく一人になりたい気分だった。そこへ、
「小夜子、今日なんだか様子がおかしいわ。どうしたの」
と中学時代からの親友・桂田ひかるがやってきた。背は小夜子より少し小さいが足が長く均整のとれた体型で、今時ちょっと古風なおさげにパステルグリーンのカジュアルスーツがよく似合っている。
「ううん、何でもないよ」
小夜子は首を横に振った。
「本当のことを言ってよ。誰にも言わないから。ひょっとして…東光大学病院事件の事で何かあったのね」
ひかるは優しく聞いた。
「うん、二度も危ない目に遭っちゃった私。いつも通り学校には行きなさいと言われたから今日は来たけど」
「大けがしたこととかおりちゃんのことは、私もニュースで聞いたわ。 その時小夜子たちを襲った奴らのことが気になるのね」
「お父さんたちが必死になって真相を探っているけれど、今のところ全然手がかりがないみたいなのよ。私もお父さんの力になりたいのにさ、お父さんにはムチャなことはするなって言われちゃった。かおりのことが心配なのに」
「うちのお父さんも、このごろ事件続きで大変みたい」
ひかるも言った。ひかるの父も警視庁の本庁に籍を置く刑事で、誠とは部署は違い捜査一課に務めているが、第一線で活躍している。だから帰りが深夜になってしまうこともよくあるのだ。
「そうかぁ」
小夜子は少し間延びした感じで言った。
「でも、早く捕まらないかなぁ。犯人」
「学校の行き帰りに危ない目に遭うのなんてごめんだもん」
ひかるが言った。
それを聞いた小夜子は、行方不明になったかおりのことを思い出した。
そして、自分と同じ思いをひかるには絶対にさせたくないと思った。小夜子は二度も「見えない敵」に襲われ、ダークパンサーが助けてくれたものの、一度は殺されかけたのだから。
「私と同じ辛い思いはひかるには絶対にさせたくない。絶対「見えない敵」の正体を暴き出してやるんだから。そして、かおりを助け出して、あの事件の裏にある陰謀も皆で叩き潰してやるわ!」
小夜子は、まだ実体を見せない「敵」そして、金にものを言わせて悪いことを平気でする政治家の企みに強い怒りを覚えていた。
「かおりを助けるためにも、奴らは絶対とっちめてやるんだから」
胸の中に言葉をしまいこみながら、小夜子は自分の拳に力をこめた。
その頃一郎は、東光大学病院の内科医である高校時代からの友人・南原隆行の家を訪ねに向かっていた。その時、一郎の携帯電話の着信音が鳴り響いた。
「もしもし」
一郎が呼びかけると、
「一郎か、俺だ」
と哲夫の声が入ってきた。
「哲ちゃんか、どうしたんだ」
「竜治から気になる電話が入った。一昨日の東光大学病院襲撃事件の事で、気になる写真を見つけたらしいんだ」
「気になる写真か」
「至急竜治の家に向かってくれないか。その写真のことで調べることが出てきそうだから」
「哲ちゃんはこれからどうするんだ」
「俺は、自由が丘に向かっている」
「高浜めぐみさんに会うんだな。誠から話は聞いたよ」
「俺は今から友人のところへ行って来る。東光大学病院で内科医をやっているんだ」
「なんだって!」
哲夫が一瞬びっくりした声を出した。
「そうしたら、例の薬のことを彼から聞き出してくれないか。薬剤師ほどじゃなくても、彼ならば何か知っているはずだろうから」
「そうだな…わかった。あのリストも俺の手元にあるし、そのデータから何かつかめるかもしれない」
「一つその前に教えておくぞ。森川は例の薬のトラブルをもみ消す為に、厚生省と中央薬事審議会に圧力をかけていたらしいんだ」
「南製薬の白石社長とグルになってか?」
「官僚も絡んでいるようなんだ。高浜さんが電話で知らせてきた」
「森川がそんなあくどい事をしていたなんて…。小夜ちゃんが怒るのもわかるぜ」
「まったくだな。絶対に森川を追い詰めような」
一郎の口調が激しくなる中、哲夫はいたって冷静だった。
「ああ、じゃあまた後でな」
一郎はそう言うと電話を切った。




