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嫁が君  幼馴染みは白蛇の妖怪  作者: 日向あおい(妹の方)
3/5

3.ハム太、お前はなんなんだ!

 


 和室だ。八畳ほどの部屋で、四方を襖で囲まれている。一方だけ仄かに明るいのは、そちらが南側で、襖を開ければ陽の当たる廊下になっているからだ。

 もう朝か。上体を起こすと、寝巻代わりに浴衣を着ていることを思い出す。寝ている間に前が大きくはだけてしまっているが、いつものこと。

 自分の家ではない。目覚めたばかりの頭でぼんやりとそのことを認識した。ここは夢月の家の客間だ。いつも友香が泊まる時に使わせて貰っている部屋である。

 幼稚園児の頃から何度も何度も泊っており、もはや友香の部屋と言っても過言ではない。

 そんなに人様の家に泊まっていて親は何も言わないのか、って? 友香の両親は、友香の体質のことをよく理解しており、むしろ友香が夢月の家にいると言うと、安心するのだ。

 夢月の家ほど友香にとって安全な場所はないからである。

 友香の両親は、元はこの土地の人ではない。父の祖母、友香とって曾祖母がこの地に住んでおり、友香が誕生した際に、その曾祖母のもとに挨拶に行くと、曾祖母が言ったのだ。

「この子は七つの誕生日を迎えられないかもしれないね」

 びっくりした両親が聞き返すと、ひとつ助かる方法があると曾祖母が言った。その方法というのが、友香たち家族がこの地に引っ越して来ることだった。

「この地で暮らしていたら、もしかしたら見出だして貰えるかもしれないね。うまく見出だして貰えたのなら、その子は大丈夫。守って貰えるよ」

 かくして友香の両親は曾祖母の言葉に従って、曾祖母の家の近くに引っ越した。そして、友香は夢月と出会い、無事に七歳の誕生日を迎えられ、そして今に至っている。

 つまり、見出だして貰えたということなのだと思う。少なくとも友香の両親はそう信じていて、夢月と一緒だと言えば安心するのだ。

 友香が身支度を整えて客間を出ると、夢月も襖を開いて自室から出てくるところだった。一緒に居間に向かうと、居間では早季がソファに腰掛け、本を読んでいた。

「おはよう、早季ちゃん。早いね」

 どうやら今は側に朝霧の姿はないようだ。

「おはよう。……憑いている」

「そっか。まだ憑いているんだね。一晩寝たら、すっきり取れてくれたら良かったのに」

 辺りを見渡しても壮太の姿はないが、きっとどこかにいるのだろう。

 壮太の希望で、今日もまたアパートに行くことになっている。

 昨夜、華月に従って途中で引き返すことにしたが、その理由を華月は『勘』としか言わなかった。なんとなく行ったらめんどくさいことになりそうだから行きたくなかった、と。

 当然、そんな理由で壮太が納得するはずがなく、もう一度アパートに行き、今度こそ壮太の彼女に壮太の現状を話すことになった。

「そんなことより早く病院に行って体に戻った方がいいのにね」

「どうしても彼女に会いたいんだってさ」

 華月と美月が用意してくれた朝食を済ませ、夢月と共にさあ出かけようとしていると、華月が玄関まで見送りに出てきた。

「日が落ちる前までに帰っておいでよ」

「彼女さんに会えたらすぐに帰ってくるよ」

「もし会えなくても帰っておいで。あとこれ、必要になると思うから」

 念を押しながら華月が差し出してきたビニール袋を受け取ると、どうやら中にはスコップが入っているようだ。なんでスコップ? 首を傾げながらも友香と夢月は手を繋ぎ、玄関の引き戸を開く。すると、そこは石段の下――鳥居の外だった。

 夢月も瞬間移動ができるなんて聞いてない! できるのなら、なんで今までやってくれなかったの!

 そう言えば、夢月はつい最近コツを掴んだんだと憮然として言った。あまり得意ではないようだ。

「にいちゃんも一緒に来てくれればいいのに」

「忙しいの?」

「よく分かんないんだけど、二人だけで行った方が良いって言ってた」

「どういうこと?」

「分かんない。俺も一緒だと警戒されるかも? って」

「誰に? 彼女さん?」

 昨日は、そんなに美人な彼女さんなら見てみたいって言っていたのに。

 二人で首を傾げながら歩いて行くと、例の踏切のところまでやってきた。ふと、気配を感じて友香は後ろを振り返りたくなった。こういう感じの時は『いる』のだ。

 振り返らなくてもきっとこの気配は壮太だろうと、友香は踏切を渡り終えた。

 商店街を進む。朝、と言っても、もう9時を過ぎているため店こそ閉まっているが、人通りはそこそこ多い。

 膝下までの長いコートを着込んで足早に歩いて行く男性や、ダウンを着てマフラーを巻いているくせに太ももを大きく出して歩いている女の子たち。仕事なのか、遊びに行くのか、ほとんどの人たちが駅の方に向かっていく。

 商店街を抜けて住宅街に入る。戸建ての家がいくつか並び、それらの中心に公園がある。さほど広さはなく、遊具も滑り台と鉄棒しかない。

 公園の横を通り、消防署の手前あたりで細い道に入った。

 別の道を行けば、線路をくぐるトンネルへと続くのだが、細い道は線路から遠ざかる方向へと伸びている。

 道の左右には塀が続いており、左右どちらの塀も向こう側は大きな一軒だ。つまり、大きな家と家の間にこの細い道がある。

 塀が終わると、畑が広がる。畑に沿って道が続いていて、道の先にアパートがあった。

 昨夜は暗くて見えなかった――あるいは意識がそこまでいかず気が付かなかったが、壮太のアパートの後ろにも別のアパートが立っていた。

 その隣には戸建ての家もある。そして、畑。ぽつりぽつりと家があり、アパートが立っている。そんな場所だ。

「ええっと、壮太の家どこだっけ?」

「一番右の部屋って言ってたよ。一階の」

「ということは、あそこだね」

 一〇三号室と表札のある扉の前に立つ。木製の扉で、握って回すタイプのドアノブがついている。

 昨晩も壮太の彼女はこの部屋を訪れたのだろうか?

「お隣が彼女さんの部屋って言ってから、一〇二号室?」

「しかないよね」

 一〇二号室の玄関の前に移動する。夢月が友香に視線を向けてきたので、友香はこくりと頷いた。

 夢月がチャイムを鳴らす。部屋の奥から、ぴんぽーんと音が響いて聞こえた。が、反応はない。もう一度ボタンを押してみる。もう一度。

 留守なのだろうか? これで駄目なら帰ろう。そう思った時、どすんっと物音が響き、部屋の中で人が動く気配がした。

 どん、どん、どんっ。大きな足音が近付いてきた。そして、次の瞬間、玄関が大きく開いた。

「なに?」

 ぼさぼさ頭で、うっすらと髭の生えた男だった。だれ?

「ええっと……」 

 夢月も驚いた様子で言葉に詰まる。

「あの、ここに女性は住んでいますか?」

「は?」

 男の表情が険しくなる。出てきた時から怒気を放っていたが、ますます眉が吊り上がっていく。

「ここは俺の家。女はいねぇ。用はそれだけか? 夜勤明けで寝てたとこなんだ。邪魔しねぇでくれ!」

 がんっ、と激しい音を響かせて玄関が閉まった。夢月も友香もしばらく身動きが取れずに立ち尽くしてしまった。いったいどういうことなのだろうか。

「嘘はついていないみたいだったけど」

「っていうことは、彼女さんが嘘をついていたことになるよね」

『そんなっ、嘘だ!』

 突然、真後ろから声が響いて、友香は跳ね上がるようにして振り返った。青ざめた顔の壮太がそこに立っていた。

「壮太さ、彼女の家に行ったことあるの?」

 夢月も壮太を振り返って聞いた。

『いや、いつも俺の部屋で会っていたから』

「じゃあさ、彼女がこの部屋に入っていく姿とか、この部屋から出てくる姿を見たことある?」

 この、と言いながら一〇二号室の扉を親指で指し示す夢月。

 壮太は黙り込んでいる。

「壮太さん、言いにくいんだけど、彼女さん嘘をついているのかも」

『……』

 彼女の本当の家が分からない上に連絡手段もないのだから、打つ手なしである。

 これはもう帰るしかないのかなぁ。それとも、彼女は毎晩やってくるという壮太の言葉を信じて、夜まで彼女を待つべきか。いやいや、華月に日が落ちる前に帰って来いと言われている。

「どうする?」

「とりあえず壮太の部屋を覗いてみる?」

『覗くって……。何もないけど』

「あるかもしれないじゃん。何か手掛かりが。ほら、もしかしたら昨晩、彼女が来て、置き手紙をしてくれたかも」

『なるほど!』

 一〇二号室の玄関から離れ、一〇三号室の玄関の前に立った夢月の言葉に、壮太が霊には似つかわしくなく希望に満ちた表情を浮かべた。置き手紙は十分あり得ることらしい。

 だが、夢月が玄関のドアノブに手を伸ばすのを見て、壮太が不安げな声を漏らす。

『俺、玄関の鍵を掛けて出かけたはずだから中には入れないと思うんだけど……』

「え、開いたけど?」

 がちゃりと音を立てて、一〇三号室の玄関が開く。

『えっ、なんで⁉』

「鍵かかってなかったよ。田舎じゃないんだからダメじゃん」

『うん、俺も田舎じゃないからと思って、いつも用心して鍵を掛けてたのに』

「変だね……って、この部屋、寒すぎない⁉」

 部屋を覗き込んだ夢月が両腕を擦る仕草をする。友香も部屋を覗いてみるが、たしかに冷凍庫の中みたいな異常な寒さだ。冬だからって、室内でこれは寒すぎる。

「冷房がついてるんじゃないの?」

『いや、エアコンはないんだ』

「エアコンがない? じゃあ、暖房は?」

 玄関の中に入って、ぐるりと部屋を見渡す。

 狭いワンルームだ。玄関のすぐ横にコンロと流し台があって扉がある。扉の向こうはユニットバスだろうか。六畳ほどの洋室の壁際にベッドが置かれている。

 壮太の言う通り、部屋の壁にエアコンが付いていなかった。ストーブのような暖房器具もない。

「これで東京の冬を乗り切ろうとしていたのか」

「冬もだけど、まず夏をよく乗り切ったよね」

「確かに。この部屋、夏の方がヤバい」

『いや、俺、暑さには強いんだ。鹿児島育ちだから』

「鹿児島育ちにも限界があるだろう。熱中症なめんな」

『けど、実際、今年の夏を乗り切れたし』

「偶然、偶々、奇跡的に乗り切れたの。あんた、体に戻ったらまずエアコンを買った方が良いよ。でないと、凍えて死ぬか、蒸されて死ぬから」

「……それにしても、ほんと寒い」

 友香はもう一度部屋を見渡した。

 置き手紙らしき物はあるだろうか、無さそうである。代わりに、部屋の隅に四角い箱のような物が置かれていることに気が付いた。それは、箱というよりも籠であり、鳥籠のように見えたが、鳥ではなく小動物を飼うためのゲージのようだ。

「壮太さん、何か飼ってるの?」

 よく見ようと、お邪魔しますと小さく言ってから友香は靴を脱いで部屋に上がった。

 フローリングの床が驚くほど冷たく、靴下越しに感じる冷たさはまるで氷の上を歩いているかのようだ。

『ハムスターを飼っていたんだ』

 ゲージの中を覗き込む友香に壮太が答えた。ゲージの中には細かく千切られた新聞紙が柔らかく敷かれている。

「ハムスター? 飼っていた?」

『死んだんだ。昨日』

「昨日?!」

『東京に来る前からずっと飼ってたんだ。元気だったのに急に』

「部屋が寒すぎたんじゃない?」

『さっきから寒い寒い言うけど、そこまでじゃないだろ』

 部屋の寒さのせいで飼っていたハムスターが死んだと言われて怒ったのか、苛立った声音で壮太が言う。

 だけど、この寒さがそこまでじゃないわけがない!

「壮太さん、よく見て。部屋中、霜だらけだよ」

 フローリングの床など友香の足跡がはっきりと残るほどの霜に覆われている。窓枠の霜もひどいもので、カチコチに凍り付いている。そして、窓ガラスは真っ白である。

 友香に言われて壮太はやっと部屋の異常さに気が付いた様子だった。

 霊体では寒さを感じないのだろう。加えて、霊になると、視野が極端に狭くなってしまうのだと聞いたことがある。壮太の場合もそうなのだろう。壮太は自分の部屋をぐるりと見渡して、今更ながら驚いている。こちらは玄関を開けた時から驚いているっていうのに。

『なんで、こんな……』

「もしかして、いつもこんな寒いわけじゃないの?」

『当たり前だ。こんな部屋に住めるわけがない。普通に暖かい部屋だったんだ。少なくとも昨日、俺が部屋にいた時までは。暖房なんて必要ないくらいに暖かい部屋で。なのに、なんでこんな……』

 うむ、と夢月が顎に指を掛けて小さく唸る。

「事が怪しくなってきたぞ」

 確かに怪しくなってきた。

 彼女さんの嘘。部屋の異常な寒さ。そして、今、友香が一番気になっていることはハムスターのことだ。

 友香はハムスターがいたというゲージに視線を落とす。

「死んじゃったハムスターはどうしたの? まだ中にいるの?」

『いや、埋めたけど?』

「えっ、埋めた? どこに?」

『外。すぐそこの』

「ええーっ」

 慌てて部屋の外に出て、壮太に案内をさせると、本当に玄関を出てすぐ、角部屋である壮太の部屋に沿って曲がった壁沿いの場所だった。

「こんなところに勝手に埋めちゃいけないんだよ!」

『え、そうなのか?』

「そうだよ。第一、この土地はアパートの持ち主の土地でしょ。勝手に掘っちゃダメ、勝手に埋めちゃダメ、動物の死体なんてもっての外! それから、飼っていた動物が死んだらちゃんと供養してあげなきゃダメなの!」

『供養のつもりで埋めたんだ』

「つもり、ダメ!」

 びっくりしすぎて、ついつい声を荒げてしまったが、その甲斐あって、壮太はしゅんとしている。しゅんとした霊は、貴重だ。

「昨日埋めたのなら、まだ大丈夫よね?」

 そのためのスコップだったのかと、華月に渡されたビニール袋を夢月に掲げて見せる。

「まさか掘り返すの?」

「ちゃんとした場所で眠らせてあげなきゃ。だって、大事に飼っていたハムスターだったんでしょ? 東京まで連れてくるくらいだもん。可愛がっていたんでしょ?」

『うん、そうなんだ。ハム太っていう名前で、子供の頃から飼っているんだ』

「え……? 子供の頃からって、何年前から飼っているの?」

『六歳の時に拾ったから……十三年?』

「十三年っ⁉」

 耳を疑ってしまった。っていうか、聞き間違いであって欲しい。もしくは、壮太の勘違い。

「ハムスターが十三年も生きるわけないじゃん!」

『え?』

「壮太、言わせてもらうけど、ハムスターじゃないと思う」

「うん、あのね、ハムスターの寿命って、二年、頑張って三年くらいなの」

『でも、俺のハム太は実際に生きたし』

「うん、だからね、ハムスターじゃないんだと思う」

『なら、いったいハム太はなんだと言うんだよ?』

 友香はビニール袋からスコップを取り出した。

「それを今から掘って確かめてみよう」

 壮太がハムスターを埋めたという場所にしゃがみ込むと、少しずつ少しずつスコップで土をすくう。

 壮太の話では遺体をそのまんま埋めたのだという。スコップで思いっきり掘って、遺体を傷付けてしまったら大変だ。友香は慎重に土を掘り進めた。

 一度掘り起こした場所なので、土は柔らかい。すぐにそれらしき物体に行き当たった。土にまみれた毛並みが見えてきて、友香はスコップを置いた。あとは手でそっと掘り進めた方が良い。

 それはギリギリ片手に乗る大きさの鼠だった。ハムスターというよりドブネズミか、クマネズミの大きさである。

 毛並みは白。今は土で汚れているが、全身真っ白である。

「ハムスターの大きさじゃないんだけど?」

『ハム太は長生きだから、そのぶん大きく成長したんだ』

「金魚や亀じゃあるまいし」 

『だけど、実際……」

「壮太、これはハムスターじゃない。火鼠だ」

『ひねずみ?」

「中国では『かそ』、火光獣かこうじゅうとも呼ばれる」

「妖怪の一種なの?」

 普通の獣ではないことを察して問えば、夢月は友香を振り返ってこくんと頷いた。

「南方の火山の炎の中にあるという不尽木ふじんぼくという燃え尽きない木の中に棲んでいると言われている鼠の妖怪だ。火鼠の毛から織って作った布を火浣布かかんふといって、けして燃えず、汚れても炎の中に入れると雪のように真っ白に戻るらしい」

「あ、待って。聞いたことがある。『竹取物語』で出てくるよね? かぐや姫が求婚者のひとりに出した難題が、たしか火鼠の毛皮を持って来いっていうものだった気がする」

「火鼠の皮衣かわころもだ。火鼠の毛から作った衣のことで、火に焼けることがない。つまり、火浣布のことだ」

 友香は自分の両手の中にいる火鼠を眺める。ひんやりと冷たい小さな体は、陶器の作り物のように固い。

「もしかしたら、そいつ死んでないかも」

 友香の隣に立って火鼠を覗き込みながら夢月が言った。

「火鼠くらいの小さな獣妖怪が死ねば、それを察して他の妖怪が現れて亡骸を喰うんだ。昨日死んで、まだ喰われていないのなら」

「死んでいないのかも? だとしたら、どうしたらいいの?」

「うちに持って帰って、炎の中に入れてみよう」

『炎の中に?』

「火鼠なら燃えない」

『でも、ハムスターだったら』

 この期に及んで、まだハムスターだと思っているのか。夢月が冷めた目で壮太を見やる。

「ハムスターなら火葬になる」

 身も蓋もないぞ、夢月。

 壮太が返す言葉を失って沈黙してしまった。

 ひとまず先詠神社に帰ることにしたのだが、鼠の死体を手に乗せた少女が住宅街と商店街を歩く姿を想像して欲しい。うん、異常だよね? だけど、考えてほしい。私――友香は、普段から首に蛇を巻き付けて練り歩いている十四歳なのである。悲しいかな、ちまたではちょっとした有名人だ。通り過ぎる人のほとんどが見て見ぬ振りをしてくれた。

 だけど、後日言われるんだろうなぁ。友香ちゃん、鼠の死体を持って歩いてたでしょ? どうしたの? って。

 てか、夢月が持ってくれないかなぁ。と言ったら、夢月がなんて答えたと思う? こうだ。

「食べたくなるから、嫌」

 さすが蛇。食べたくなっちゃうのね。なら、仕方がないのかと諦めて友香は両手にぴくりとも動かない火鼠を乗せて先詠神社の夢月の家に戻った。

「ただいまー」

 言いながら夢月が玄関の引き戸を開くと、奥の方からおかえりと返事が聞こえてきた。が、出迎えてくれる気はないようだ。

 声の主は今朝見た時と変わらない様子で居間のソファに腰掛け、本を読んでいた。朝霧の姿はない。

「収穫はあったか?」

「早季ちゃん、気にしてくれてたんだね。火鼠を持って帰ってきたよ」

「火鼠?」

 ここでようやく早季が本から視線を上げた。怪訝そうな顔で夢月を見、そして、友香が手の平に乗せているモノを見る。

「火鼠だ。もっと南の方にいるはずのものが、なぜここに?」

 容姿こそ日本人形なのだが、早季の口調は常時ぶっきらぼうだ。声音も低めで、怒っているのかと思ってしまう。

 だけど、早季に他意はない。この話ぶりが早季様の平常運行なのである。

「壮太が飼っていたんだ」

「飼っていただと?」

「ハムスターだと思い込んでいて、今もハムスターだと言い張っている」

「変なやつだな。友香みたいだ」

 えっ、と友香は早季の言葉に肩を跳ねさせる。

「なんで、私?」

「妖怪を飼う人間なんて普通ではない。人間が妖怪を妖怪だと認識していて術を使って虜にしているというなら分かるが、妖怪だと気が付かずに、ずさんな管理で飼い続けているなど、妖怪がその人間を好いていなければ、まずあり得ない」

 早季の言う『ずさんな管理』とは、ハムスター用のゲージのことだ。たしかに妖怪であるなら、いつでも逃げ出せそうなゲージだった。

 それにハムスターだと思っていたのなら、ゲージから出して遊んだことだろう。火鼠はいつでも逃げ出せる状況にありながら十三年も壮太の側に居続けていたことになる。よほど壮太のことを好いていたのだろう。

「妖怪に好かれる人間といえば、友香と同じだろう」

「確かに」

 納得して夢月が頷く。

「壮太の部屋、暖房がなくても暖かかったんだって。きっと火鼠が側にいたからなんだな」

「その火鼠が死んで……死んでないかもしれないけど、死んだから部屋が寒くなっちゃったの?」

「たぶん、そう。だけど、寒くなりすぎ!」

「うんうん。すごく寒かったよね」

 友香と夢月の話を聞いて、早季の片眉が上がる。

「部屋が寒い?」

「そうなんだ。霜がやばくて、冷凍庫かってくらいに寒いんだ」

「普通ではないな。火鼠の他にも壮太を慕う妖怪がいそうだ」

「他の妖怪……」

 早季の言う通り、壮太も友香のように妖怪を引き付ける体質の人間なのだとしたら、火鼠の他にも引き付けている妖怪がいてもおかしくはない。

「おそらくその妖怪は火鼠と真逆の力を持つ妖怪」

 壮太の部屋を暖めてくれていた火鼠。

 そして、壮太の部屋を霜だらけにしてしまった妖怪。

「その妖怪は火鼠より力が強いのだろう。火鼠のその状態は、その妖怪と争った結果なのかもしれない」

 友香は己の手の平で冷たくなっている火鼠をそっと両手で包み込んだ。

「早く火鼠をどうにかしてあげようよ」

「今、華月が中庭で落ち葉を燃している」

「にいちゃんが? 友香、行こう」

「うん」

 なんてタイムリーな、と思ってしまうが、きっとそうではない。華月のことだ。予感していたのだろう。華月は少し先の未来を曖昧に感じることができるのだ。

 夢月と友香が渡り廊下を駆け、中庭に出ると、赤々と炎を揺らめかせる焚火の傍らに華月の姿があった。

「ちょうど良い具合だよ」

 華月は友香と夢月の姿を見て、にこりと微笑んだ。

 夢月に促されて、友香は恐る恐る火鼠を乗せた手を炎に近付けた。

 本当に炎の中に入れて大丈夫なのかなぁ。夢月も早季もこの鼠が火鼠だと言っていた。間違いはないのだと思う。だけど、生き物を炎の中に入れるという行為を本能的に恐れている。抵抗感でいっぱいだ。

 そんな友香の恐れなど想像もつかないのだろう。夢月が平然と言った。

「投げ入れちゃって良いと思うよ」 

「……夢月、やってくれる?」

「良いけど?」 

 なんで友香がやらないの? という顔である。

 夢月は友香の手から火鼠を鷲掴みにすると、すぐさま炎の中に投げ込んだ。乱雑なこと、この上ない。きっと長く手に持っていたら食べたくなっちゃうんだ。そうなんだ。

 炎の中に投げ入れられた火鼠は、全身を朱色の炎に包まれながら燃える落ち葉の上に着地した。

 焚火はその瞬間、火柱のように炎を立ち上がらせたが、それを境に徐々に勢いを失っていく。

 落ち葉はあっという間に燃え尽き、黒い灰となって舞った。炎が消え失せた燃えかすの中、純白に輝く小さな塊が見える。火鼠の本当の姿だ。土まみれだった毛が嘘みたいに輝いている。

「生きているの?」

 火鼠はぴくりとも動かない。触って良いものか悩んでいると、華月が燃えかすの中に手を入れて、火鼠をすくい上げた。

「生きているみたいだけど、妖力を使い果たしているみたいで、いわゆる仮死状態だ」

 火鼠を差し出されて友香はそれを両手で受け取った。温かい。体も触った形にぐにゃりと寄り添い、柔らかい。

 姿は見えないが、壮太が喜んでいる気配がする。

「友香ちゃんが持っていてあげて。その方が早く目覚めるよ」

「ええっと、ずっと持ち歩くんですか?」

 両手を掲げて、友香は顔をしかめた。ずっとこの状態?

「良い物があるよ」

 言うと、華月はポケットから赤い布を取り出して、友香に差し出した。

 受け取って布を広げてみると、それは巾着袋だった。まさかこれに火鼠を入れろと?

 友香の心でも読んだのか、華月はにっこりと笑みを浮かべて頷いた。

「うん。それで腰に結び付けてね」

 蛇を首に巻き付けている少女から、鼠を腰に下げている少女になるのか。

 正直、嫌だと思ったが、少し先の未来を曖昧に分かっている華月には逆らわない方が良いだろう。これはきっと必要なことなのだ。鼠を腰から下げることで、先々に助かったと思う時が来るかもしれない。そう信じよう。

 友香は赤い巾着袋に火鼠をそっと入れると、スカートのベルトループに巾着袋の紐を通して結んだ。

 火鼠は軽い。ぶら下がっている違和感はあるが、紐を短めにして巾着袋がブラブラ揺れないように調節すれば、邪魔にはならない。

「あれ? 焚火もう終わっちゃったの?」

 段ボールを抱えた美月が渡り廊下から中庭を見ている。

「せっかくだから要らない物を焼いて貰おうと思ったのに」

「残念。一歩遅かったな」

「火鼠を入れたら炎が消えちゃったんだ。火鼠が炎を吸収したように見えたよ」

「えっ、火鼠? 火鼠がいたの? どこに? 私も見たい。……あ、やっぱりやめておくわ。食べたくなったら嫌だもの」

 華月が火鼠をすぐに友香に渡してきたのも、きっと美月と同じ理由なんだろうな、とその時に分かった。蛇三兄妹は火鼠を食べたくなってしまうのだ。恐ろしい。さすが蛇。

「仕方がないわね。これは次の機会にお願いするわ。お昼ご飯にしましょ。友香ちゃんも一緒にね」

「ありがとうございます」

「食べながら何があったのか聞かせて。彼女さんには会えたの?」

 火の後始末は華月に任せて、友香と夢月は美月に壮太のアパートで起きたことを話しながら居間に向かった。





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