独りの少年
俺は今、こいつを殺せる。西都のトップの騎士を殺せる。背中から刺せば、首を飛ばせば、黒炎で飲みこめばそれで終わる。なのに、一歩も足が動かない。
卑怯だからとか、そんなくだらない理由じゃない。そんな良心があればあの双子を殺していない。俺はこの男の背中に怯えているんだ。
「ちょうどいい瓦礫がある。これを椅子にして・・・いや、これは机になるな」
「な、なにしてんだ?」
「何って、君と話がしたいから場を整えている。君も才があるんだろう?手伝ってくれ」
「俺はあんたみたいな怪力じゃない」
てっきりあの巨大な剣を使うのかと思っていた。でも違う。こいつは肉体で、拳で戦う。あの剣は・・・そのトレーニング道具?
「私はシュヴァイン。君の名前は?」
「・・・復讐者」
「自分で言うのか。面白いな君は」
「変わり者のお前には笑われたくない」
「君の目的は?」
「王国への復讐だ」
「なぜ人ではなく、国なんだ?」
「王国のせいで弟が! 俺たちが! 死んだからだ」
その時、シュヴァインの腹が空腹を知らせた。
空気の読めない、間の悪いやつだ。ふざけているのか?
「復讐者よ、君は意外と話せるじゃないか」
「この都を数日見ていた」
「良い街だろう?」
「・・・ああ、こんな世界があったんだな」
黄金の城があった街よりもここは栄えている。騎士も人も区別なく話していた。信じられない光景だ。まるで全員が才ありの街。
もちろんそんなのはありえない。すれ違うほとんどが才なしのはず。なのに、誰も騎士に怯えていない。おかげでアカリを1人で待たせることができる。
「なぜだ? なぜ騎士は才なしを殺さない?」
「それは、私がそれが無意味だと教えたからだ」
「あ、あんたはどうしてそう考えている」
「1人くらいいるもんさ」
「は、はあ?」
「私みたいに生まれる時代を間違えた、変わり者がな」
「確かにあんたは変わってるよ。おかしい」
何が気に入ったのか、こいつはガハハハッとうるさい声で笑った。
「なら君も、私のようにおかしくならないか?」
「俺は──王国を滅ぼしたいだけだ」
「私も殺すのか?」
「ああ、殺すよ」
「残念だ。君とはこの後ランチを──」
「でも、今じゃない。今は殺さない」
「なんだ。空腹だったか?」
「ふざけるな!俺はただ、あんたを殺す順番を一番最後にしただけだ」
「なるほど・・・やはり人には優しくするものだな! ガッハハ!」
俺が殺すと言ったとき、こいつはビクともしなかった。殺気すらも感じなかった。俺を恐れていないんだろう。
こいつの才は分からない。多分肉体に関係しているんだろうが、敵に背中を見せられるほどの才なのは間違いない。それが分からない以上、こいつとは戦えない。
「でも、あんたは良いのかよ。俺はこれから北、そして王都を滅ぼす」
「最後なんだろう?復讐者が私を殺すのは」
「あ?ああ」
「なら、まだ西都に復讐者は来ていないはずだ」
「どういう意味だよ」
「私はただ、独りの少年と出会っただけだ」
「・・・ライセだ」
「それが名前か?」
「ああ」
俺の名前を聞いてこいつは黙り込んだ。何を察したのか分からない。気味が悪い。
「なんだよ」
「ふつうの名前だなと、思ったんだ」
「────そうか」
そのまま俺は背を向けた。アカリの元へ向かう。
小さく見えるシュヴァインは、まだそこに座っていた。