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弱い兄弟






 「弱い兄弟」────絶命の寸前、僕はその言葉を耳にした。赤黒く染まっていく世界で最後に見たのは最愛の存在──へ、2本の剣を振り下ろす騎士。



***1***


 

 ────この王国には2種類の人間──『才あり』と『才なし』がいる。生まれながらスキルを持った人間『才あり』は強者であり、スキルがない人間『才なし』はこの国で人以下の存在であった。早い話、弱者には人権がない。それがこの王国のルール。それは王都から遠く離れた辺境の地の彼らにも例外ではない。


 「おはようライト、具合はどうだ?」

 「・・・だいじょうぶだよ」

 

 ライセの弟ライトは、数日で亡くなるだろう。貧しい彼らには薬や治療はおろか、毎日の食事すら手に入らない。だが、彼らのような悲劇はこの王国で普通である。ライセ自身もすでに、身内の死を経験している。彼ら兄弟に両親はいない。唯一の肉親は祖母であるが、いびきをかいて眠っている。


 「待ってろよライト! 絶対治すからな!」


 兄の言葉が虚勢ではないと、瞳を見たライトもわかっただろう。だが、逆にそれが彼を悩ませる。いったいどこにその自信があるのか。弟にはわかない。

 

 家を出たライセは予め目的地が決まっているかのように、真っすぐ前を見て進む。黙々と歩いた彼がたどり着いたのは木で出来た家。いや、倉庫であった。もっと正確に言えば、錬金術師の実験室である。


 「・・・ライトのためだ」


 石を拾うと、彼は窓へ投げ込んだ。ガラスが割れ、音も割れるが鳥が飛び立つのみ。人はいない。彼はそれを知っていたのだろう。手際よく中に入ると、部屋の中で赤く光るそれへ歩み寄る。

 ガラス瓶の中にあったのは赤色の結晶。物理的に瓶の中へ入らないであろうそれは、瓶の中で生まれたことを意味していた。価値があるのは一目瞭然だが、ライセは床へ叩きつけた。再びガラスが飛び散る。彼は躊躇なくそれを拾い胸の中へしまうと、一目散に家へ帰った。


 家に着くと祖母と対面したが、彼らは言葉を交わさない。ライセが話すのはライトのみ。弟を起こすと、胸の中から赤い結晶を取り出した。


 「ライト、これを飲むんだ!」

 「・・・そ、それは」

 「ああ、賢者の石だ」

 「そ、そんなものあるわけ」

 「いいから飲んでくれよ!!」

 

 うなづいたライトはそれを受け取ると、一飲み。結晶は口に入るとすぐに液体と化して、体内に吸収されていく。だが、ライトに変化はない。


 「きっと明日には良くなるはずだ」

 「兄さん、いつもごめんね」

 「お前は僕の唯一の家族なんだぞ。これくらい当たり前だ」

 「でも、僕は兄さんには兄さんの人生も生きてほしい」

 「なら早く寝て、良くならないとな」

 「うん、ありがとう、兄さん」


 ────その日の夕方、錬金術師の実験室が荒らされたことは、街を管理する騎士たちに知らていた。王国から派遣されている騎士たちは、その街の治安を維持するのが目的である──それは建前だ。だが今回は『紅石(ルビー)を盗んだ盗賊』を捕まえるのだから、久しぶりに本来の仕事ができるだろう。


 ────次の日の朝、街中には『情報提供者に報酬が送られる』と書かれたビラがバラまかれていた。1歩外を歩けば、それを読むことになるだろう。にも関わらず騎士たちはしらみ潰しに家を周り、情報を収集と称して物品を略奪していた。正直、盗賊を捉えるつもりも正義もない彼らであるが、1人の老婆から有力な情報が提供された。それは「盗賊は私の家にいる」というもので、騎士たちは早速とある小さな民家を包囲していた。鎧に身を固め、剣を腰に携えた騎士たちが、ライセたちの(わら)の家を取り囲む。

 家の中にいるライセは砕いた石を握りしめていた。その背後では弟がまだ眠っている。


 「この中です。この中にいるんです」

 

 その声と共に1人の騎士が家の入口に立つ。腰から2つの剣を一瞬で抜くと同時に、強風を発生させた。

 

 「散れ」


 その言葉通り、彼らの家はもはや家とは呼べず、丸腰のライセとベッドで眠るライトのみが現れた。騎士たちは微動だにしない。ただ、二刀流の騎士のみが2人へそれぞれ刀を向ける。老婆は騎士の横にたち、彼が盗賊だと指をさす。


 「ば、ババア! なんでだよ! なんで密告したんだ!」

 「知るかいこの穀潰し兄弟が! お前らを売れば一生遊べる金が手に入るんじゃ!」

 「・・・くそっ!」

 「さあ、騎士様早く私に報酬を──」

 「()()()()()()()()

 

 両手をお椀に例えた老婆の手は、手首ごと斬り捨てられた。その手が地面に落ちるよりも先に、二振り目が老婆の首を断つ。溢れる血が、声の代わりに悲鳴をあげる。

 家族が目の前で殺されたライセだが、表情は変わらない。次は自分の番だと知っていた。だからこそ弟と話すことを選んだ。


 「大丈夫だからな。賢者の石ならお前を守ってくれる。お前の願いを叶えてくれ──」彼の背に剣が刺さる。弟に伝えたい言葉は血となって、喉から流れ落ちていく。それでもライセはまだ、弟の手を離さない。それを見た騎士は2本目の剣を彼に刺した。


 「罪人は苦しんで死ね」


 ぐっと、押し込んで剣を同時に抜いたとき、ライセの魂も流れ出ていく。だが、そこへ再び騎士は剣を刺す。そしてまた、剣を抜く。ライセの肉は、体の中できざまれていた。


 「弱い兄弟」


 ────絶命の寸前、僕はその言葉を耳にした。赤黒く染まっていく世界で最後に見たのは最愛の存在──へ、剣を振り下ろす騎士。

 どうしてだ、どうして僕たちはこんな死に方を、こんな殺され方をされなきゃいけない?盗みはした。だが、そもそも誰でも毎日食事ができて、誰でも綺麗な水が飲めて、誰でも温かい布団で眠れたら?僕たちは誰も欠けなかったはずだ。僕たちはもっと生きられたはずだ。

 だれが? だれだ? 悪いのは誰だ? ほんとうに悪いのは? 僕たちがこんなことになってしまった元凶は?──王国だ。王国がすべて悪い。王国さえなければ! 王国さえ! なければ!!


 ────騎士はベッドから剣を2本引き抜いた。血を払い、腰に納めると手下の騎士と共に去っていく。

生まれながら持っている人と持っていない人がいる王国の物語です。

ライセがそんな王国を滅亡させるその日まで、どうぞお付き合いください。

長さとしては短編~中編程度で考えていますが、ライセ次第ですね・・・

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