【青き水を口で折って丁ど田のほうにいけ】
【青き水を口で折って丁ど田のほうにいけ】
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《2017年4月15日(土曜日)PM12:21》
「よっしゃ、全力を尽くしてゴールしてやるぞ!」
「おー!」
甲府市内の高校に通う中村、山城、西田の3人は『推理・クイズ研究会』に所属している部員だが活動実績はほとんどなかった。そこで顧問の国母先生はこの3人のために『宝探しゲーム』というイベントを企画し、韮崎市内にある「お宝」を探すというミッションを与えた。
初めのうちは行動も気持ちもバラバラで渋々やっている感じの3人だったが次第に意気投合し、この3人で国母先生が出題する全ての「問題」をクリアしてやろうと気持ちが変わってきていた。
「わけのわからん暗号だな」
「水を口で折るって……どういう状況だよ?」
「ええっと……暗号だから意味はないと思うけど……」
甘利沢川さくら公園の最上部、ノーベル医学・生理学賞を受賞した大村智博士の銅像がある広場から今度は歩道のない道を上る。
すると200メートルもしないうちに丁字路の突き当りにぶつかった。次の問題はこの分かれ道をどっちに進むか? というものだ。
「さっきから問題文を見て考えていたんだが……どうやっても方向を示す右左や東西南北といった言葉が出てこない……これって地名じゃないのか?」
山城がそう分析すると
「地図アプリで探してるんだけど……それっぽい地名全然出てこないよ」
すばやく西田がスマホで調べ出した。
「おーい!」
中村が駆け寄ってきた。
「どっちの方向にもバス停があったけどさぁ」
どうやら右と左、両方のバス停を探してスマホで撮影してきたようだ。3人は誰に指示されることなく自然に役割分担をしていた。
「右のバス停の行き先は『韮崎市立病院』と『上円井』、左のバス停は同じく『韮崎市立病院』と『社会福祉村』だ……どっちも問題の暗号とは関係なさそう……あれ? そういやどっちのバス停も『鍋山下』だ……ヘンなの!」
同じバス停だが路線が違うので別々に設置されただけである。
「手掛かりなしか……」
山城がため息まじりに諦めの言葉を発したとき
「あのさぁ……ちょっと疑問に思ったんだけど」
西田が何かに気が付いたようだ。
「どうした?」
「あっあの……何かこの問題文おかしくない?」
「そりゃ暗号だからおかしいだろ」
「いやそうじゃなくて……この『丁ど田のほうにいけ』ってところ」
「?」
「丁度だったら『ど』は漢字でいいんじゃない?」
「……変換ミスじゃないのか」
「えっでも『ほうにいけ』だったらふつう漢字で書くよね? 何でわざわざ……」
「!?」
「そうか! 漢字だけを使えばいいんだ! だから使わない漢字はあえて全部ひらがなにしてあるんだ!」
山城がそう叫ぶと、中村はさらに大きな声で
「あぁああああっ!!」
「なっ何だよデカい声で!?」
「わかったぞ! これは……忍野萌海だ!」
「は?」
「さっきコンビニで聞いてたラジオ番組だよ! そこで忍野が歌ってたじゃん!」
「あっああ……春ナナナだっけ?」
「いや、春ダダダだったよーな……とにかく、その歌詞と同じだ!」
中村は、ラジオから流れた地元アイドル・忍野萌海が歌った「春ラ!ラ!ラ!」という曲の歌詞を思い出し何かに気が付いたようだ。
「いや、どういうことだ? ちゃんと説明してくれ」
「あの曲の冒頭の歌詞に、春って3人の日……みたいなこと言ってたんだよ」
「はぁ?」
「つまり、『三』と『人』と『日』という漢字を組み合わせれば『春』という漢字になるじゃん!」
「あぁ……そういえば」
「つまり、この問題文に出てくる漢字を全て組み合わせれば答えが出てくるんじゃないのか?」
「なるほど!」
中村の推理に山城と西田が納得した。
「でさぁ……西田も気になっていた『丁ど田のほうにいけ』っていう言葉なんだけど……この『丁』と『田』、順番を逆にしてくっつけたら……」
「「町だ!!」」
山城と西田は声をそろえて叫んだ!
「そういうことか! じゃあ早速、他の漢字も組み合わせてみよう!」
「でも組み合わせって……何かいっぱい出てきそう」
「そんなことないぞ! まずは『折』から攻めていけばいい! これと組み合わせる漢字なんてそう多くないはずだ」
そういうと山城は、スマホで何やら調べた。
「あったぞ! 意外と『折』が含まれる漢字って多かったが……」
「えっボクは哲学の『哲』しかないと思っていたけど」
「僕もたぶんそれだと思う……でも念のため、他の漢字も調べておいた。30以上もあったがその中で、この問題文に使われている漢字と組み合わせることができるのは『哲』『听』2つだけだ……まぁあとひとつ、あるにはあるんだが……」
「じゃあ……残った漢字は?」
「残ったのは『青』と『水』だな」
「うわぁ、近くに『白山温泉』ってのがあるみたいだから『白』だったら『泉』になるのになぁー」
「まぁ普通に考えれば清水の『清』でいいんじゃないのか?」
「ちょっと待って! それってさんずいじゃん……『シ』じゃん! 違うだろ?」
「おいおい……さんずいは水部だから水を表してるんだ……だから『水』は一応、さんずいの可能性も考えた方がいいだろ」
「あぁ、なるほど……」
今までなら「ただの屁理屈じゃねーか」ぐらいにしか思っていなかった山城の説明も、中村は納得するようになっていた。
「念のために他の可能性も調べてみたんだが……『水(さんずい)』単体と組み合わせられる漢字は『清』以外になかったが、『口』と合わせられる漢字は『圊』とか『啨』なんていうのもあった。実は『折』もさんずいと組み合わせられる中国浙江省の『浙』という字があったんだが……正直この組み合わせは常用漢字じゃないし、あまり期待しない方がいいだろう」
「やっぱ『哲』と『清』か……でも哲なんて漢字を使った地名なんて……」
すると
「あぁっ!!」
西田が今日一番の大声を上げた。
「えっ、どうしたんだよ?」
「あ……あった!」
西田はスマホの画面を見せた。山城と中村が漢字を推理している間、西田はずっと出てきた漢字が含まれている地名を探していたのだった。そこには……
「清哲……町」
「ビンゴ! それで間違いないぞ!」
「やったー!」
「イエーイ!」
3人は自然にハイタッチをして喜んでいた。
「そうとわかれば行くぞ! ええっと……清哲町はここを……」
「右!」
「よっしゃ!」
中村は意気揚々と歩き出した。だが、
「で……でもさぁ……」
西田が不安の声を上げた。
「ん?」
「清哲町って……地図を見るとさっきの坂道より距離あるよ」
「……え?」
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韮崎市清哲町は彼らがいる神山町の北西部に位置する。実はこの町、暗号文と同じ様に4つの漢字を組み合わせてできた町名だ。
元々は「水上村」「青木村」「折居村」「樋口村」の4つの村が合併した際、旧村名から1字ずつ取ってできた町(当時は村)だ。「市川三郷町」のように旧町村名から取った漢字を並べるパターンはありがちだが、組み合わせて別の漢字にしてしまうという珍しいパターンだ。
3人は丁字路を右に進んだ。ここから先は歩道のないのどかな道だ。
「あっ、ここだよさっき言ってた白山温泉って……美術館もあるよ」
美術館とは、大村智博士の生家の近くに建てられた「韮崎大村美術館」で、美術品のコレクターでもある大村博士が建てた、自身の収蔵したコレクションを展示している建物だ。隣接する「白山温泉」も大村博士が自費で建設した施設だ。
丁字路から進む道は比較的アップダウンの少ない平坦な道だ。というのもこの道はずっと用水路が並行している道だ。
この用水路は「徳島堰」と呼ばれている、韮崎市から南アルプス市にかけて流れる全長17キロメートルにも及ぶ農業用水路だ。
「はぁ……長いな」
「まだかよ……」
「ボク……もうだめかも……」
平坦な道とは言っても距離としては、先ほど通った「甘利沢川さくら公園」よりも長い。坂道を上ってきた3人にはつらい移動だ。特に体力に自信のない西田には酷である。3人は次第に口数が減ってきた。
「っていうか……どこまで移動すればいいんだ?」
「目標がないと……しんどいな」
やがて3人は、左側の奥に大きな鳥居が見える「武田八幡宮」の参道になっている道路を横断した。するとすぐに
〝ピコンッ〟
3人のスマホにメッセージが届いた。
『ゴールまであと少しよ!』
続けて
『ここで最後の問題だよ! 宝のありかはココ!』
【1年中花が咲いている桜の木の下にお宝を隠した】
「あと少しらしいが……」
「まだ問題あるのー!?」
「桜が1年中咲くわけねぇだろ」
とりあえず3人は桜の木を探しながら歩き続けた。同時に彼らはこの辺りから突然人が増えてきたことに違和感を持っていた。
武田八幡宮の参道を過ぎてすぐに、道路が左そして右と大きくS字のカーブを描いていた。そして右のカーブを曲がり終えたそのとき……
「何だあれは……」
「うわっ、でけぇ……」
道路から見て右側の斜面を少し下ったところに巨大な桜の木が見えた。先ほどの問題が「桜の木」だったのでここで間違いないだろうと思い、3人はこの桜の木の元へ行ってみることにした。
「あっ、何か書いてあるぞ……『わに塚のサクラ』だってよ!」
様子を見るため先陣を切って行った中村が、ガードレールに守られた小さな案内板を見つけた。そこから田んぼに挟まれた道を通って行くらしい。
先ほどから突然増えてきた人たちは、どうやらこの桜が目当てのようだ。皆、普段は農業用機械以外は絶対通らないような田んぼの中の道をぞろぞろと桜の木に向かって歩いていた。近くにはテントが設置され、ちょっとした売店や仮設トイレまで設置してある。
「とりあえず……1年中咲いている桜かどうか確認しないと……」
中村は「そんなものはないだろ」と疑いを持ちつつも、近くでカメラを構えていた観光客の雰囲気ではない、もう何度もこの桜を撮り続けているようなベテランっぽいカメラを手にした中年男性に声を掛けた。
「あの、すみません! この桜って1年中咲いているんですか?」
するとその中年男性は大笑いし
「ははは! 桜が1年中咲いているわけないだろ! でも今年はいつもより開花時期が遅れているんだよ。いつもならとっくに散っている時期だ」
と説明してくれた。さらに
「君たちはこの桜のことを知らずに来たのかい? だったらあそこに説明書きがあるから読んでみるといいよ」
と教えてくれた。3人はその中年男性に言われたとおり、桜の木の近くにある説明版を見に行った。
説明版は古くからある物で表面が錆びついており、所々文字が読みにくかった。
「えっ何て書いてあるんだ? 口碑? 薨じて? どういう意味? わかんねー」
これは桜の木の下にある「わに塚(王仁塚・鰐塚)」の説明版で、日本武尊の王子・武田王の墓とか(諸説あり)ということが記されているもので、桜については左上にオマケのような形で付けられていた。
それによるとこの桜はエドヒガンザクラで樹高は17メートル、樹齢は300年を優に超えている巨大な桜の木だ。だが、
「エドヒガンザクラって……1年中咲くなんてことはないよな?」
「さっきのオジサンも言ってたろ、そんなバカな話はないぞ」
彼らにとって「わに塚」も「エドヒガンザクラ」も今は関係ない。彼らの目標はあくまでも「宝探し」だ。すると西田が
「あれ? こっちにも看板があるよ」
と中村たちが見ていた説明版より坂を少し下りたところを指さした。そこにはもうひとつ看板が立てられていた。
それは市の観光協会が設置したものと思われる、わに塚のサクラと周辺の観光スポットを写真入りで紹介する看板だった。
「2枚もあって紛らわしいな……1枚にまとめりゃいいのに」
「まったくだ……わざわざ写真入りで……んっ?」
山城が何かに気付いた。
「ちょっと待て! 『1年中花が咲いている桜』って……別に実物なんて一言も言ってないよな?」
「あぁ、まぁそんなこと言う必要も……あっ!」
中村と西田も気が付いた。そう、彼らの目の前には満開の「わに塚のサクラ」の写真が入った観光協会の看板があったのだ。
「まさか……この写真の……下?」
中村が満開の桜の写真がプリントされた看板の下を触ってみた。すると何やら看板の枠に使われている材質とは違う感覚が手に伝わってきた。
「!?」
下を見るとそこには、封筒が養生テープで貼り付けられていた。中村はテープをそーっとはがすと封筒を開封した。
そこには3人に向けて書かれた手紙が入っていた。そこに書かれていたのは
『ミッションクリアおめでとう! ちゃんと3人で協力して達成できましたね?』
初め、国母先生から別行動でも構わない……と言われて参加した今回のイベントだったが、手紙にはまるでこうなることを見通したかのように「3人で協力」と書かれていたのだ。続けて手紙にはこう記されていた。
『賞品のお宝は……この景色です』
「は?」
3人は目が点になった。
『八ヶ岳をバックにこの桜の木をご覧なさい。すごく素敵でしょ? この素敵な景色がみなさん、そして全ての人、そして未来へと受け継がれる〈宝〉です! じゃあみなさん、気を付けて帰ってきてねー! あと、交通費とか領収書が切れるものはちゃんと切っておいてね!』
3人は国母先生から言われたとおり、八ヶ岳をバックに「わに塚のサクラ」が見える場所に移動した。
4月の心地よい風に吹かれて少し揺られた桜の枝から花びらが舞い降りた。今年は開花時期が遅れたとは言うものの、満開の時期は過ぎていて枝の所々から若緑色の葉が顔をのぞかせていた。その景色はまるで、白い八ヶ岳の上に初夏の訪れを告げる桜色の雪のようだった。
300年以上も続くこの景色、未来に受け継ぐべき「宝」なのだが……
「ふっ……ふざけんなぁああああっ!!」
「まったく……無駄な時間を過ごしたな、バカバカしい」
「あーあ、もっといいモノだと思ってたのに……残念」
まだまだ青春真っ盛りの男子高校生にそんな「風情」など1ミリも伝わるはずもなかった。彼らにはそんな「美意識」など紙くず同然だった。
「くっそーあの巨乳! 今度会ったら絶対に乳揉んでやる! それがお宝だ!」
「おいそれ普通に犯罪だぞ!」
「も……もう帰ろうよぉ、疲れた」
3人は肩を落とし桜の木に背を向け、帰りを急いだ。
「そういやバス停あったよな……帰りはバスで帰るか?」
「あっでも、あのコンビニにちょっと寄りてぇ」
「えっ何で?」
「レジのねーちゃんメッチャかわいかったじゃん!」
「お前……そんなとこ見てたのか?」
だが、彼らは気付いていなかった……
「なぁ、今度『高校生クイズ大会』に出てみないか?」
「あぁテレビのか? でもあれ、体力も必要だっていうぞ」
「うわっそうか、西田が足引っ張るかー」
「えぇっ! そんな……頑張るよボクも」
「よっしゃ、じゃあ明日からオレが鍛えてやるわ」
「えっえぇーっ!?」
国母先生が用意した、本当の「宝」を探しだしていたことを……それは、
「あっそういえば西田! ヴァンフォーレの試合だけどさぁ……来週のセレッソ大阪戦、ホームなんだけど一緒に見に行くか?」
「えっいいの?」
「えっお前らサッカー見に行くの? 僕も行きたいんだけど……」
「何、山城もサッカー興味あんの?」
「いや、今読んでいるラノベがサッカーをテーマにしていて……ルールとか雰囲気とか知りたいから……」
「じゃあチケット買っとくわ! ってか何そのラノベ……面白そーじゃん! 今度読ませて」
「あぁいいよ。あっそういえば帰りにあの本屋寄らなければ……」
「えっ本屋? そういえばボクも欲しい本があったんだっけ? 中村君も行く?」
「駅前の通りか? じゃあついでに『ミート焼きそば』ってのぼりがあって興味あったから食いに行こうぜ!」
「「さんせーい!」」
いつの間にかできていた『友だち』という宝だった。
(終わり)
最後までお読みいただきありがとうございました。
物語はこれでおしまいですが、あとがきと解説などを今から書きますのでまだ完結しません。




