【太平洋の向こうにあるビルの前の通り】
【太平洋の向こうにあるビルの前の通りを突き当りまでまっすぐ進め】
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《2017年4月15日(土曜日)AM8:45》
「は?」
「何……これ?」
「太平洋って……ここ山梨だぞ、海ねーじゃん!」
最初の目的地、韮崎市民交流センター・ニコリの前で、中村と西田は再び現れた謎の問題文の前に固まってしまった。山梨は海なし県、太平洋などという言葉に縁がある物を探そうとしてもそれは無理ゲーだった。
「太平洋っていえば……ビーチ、リゾート、船、魚……魚? マグロ? そういえば山梨県民はマグロが好きってテレビで言ってたよな……オレそんなに好きじゃないけど……じゃあ魚屋? 寿司屋? それとも釣具屋?」
「そっ……そういえば……舟山ってある……けど」
「舟山?」
「う……うん、船山橋って……よく渋滞する橋だって父さんが言ってた。あと……ホテル舟山って……金閣寺みたいなホテルが……」
「それ知ってる! そうか、舟山だな!? 舟山に行こ……」
「あ……でも……」
「ん? 何だよ?」
「それって……船とか魚とかって……太平洋じゃなくても……」
「うわっ、そうかぁー! 別に大西洋やインド洋でも当てはまるよな……じゃあ何なんだ? 太平洋って……」
2人は言葉を失った。しばらく沈黙が続いた後、西田がポツリとつぶやいた。
「向こうって……どういう意味だろう? 太平洋の向こうって……」
すると、
「あっ!!」
中村が何かを思い出したように大きな声を上げ、西田がビクッとなった。
「アメリカだよ!!」
「アメ……リカ……?」
「あぁ、去年家族旅行で伊豆の北川に行ったんだけどさぁ、そこで波打ち際の露天風呂に入ったんだよ! で、そこに『アメリカを見ながら入る露天風呂』と書いてある岩があってさ……ずいぶん盛ってんなぁって思ったんだけど……」
「……?」
「その温泉の前の海って太平洋じゃん! ってことはアメリカは太平洋の向こうにあるってことじゃん! だからアメリカに関係するモノが近くにないかな? ええっと、アメリカアメリカ……」
「あっ!」
中村の推理を聞いて、西田は思い出した。
「どうした?」
「アメリカ……ヤ」
そう、西田が韮崎駅のホームに降りたとき、たまたま見かけた景色の中に……大きな観音像と、「アメリカヤ」と屋上の看板に書かれたビルがあったのだ。
「アメリカヤ? どこだよ?」
「確か……こっち方面」
西田が指差したのは、中央本線のガードの上に見える……白くて大きな「平和観音」の方向だった。
「じゃあ行ってみようぜ」
中村と西田は中央本線のガードの方に向かって歩き出した。そこはさっきまで山城がいた場所だが、すでに彼の姿はなかった。
「あっ、この建物……パン屋があるんだ」
もうすぐ開館時間になるニコリの中にパン屋があるようだ。店の前に立てかけられたブラックボードに「新発売 桜もちあんぱん」と書いてあったが、残念ながらパン屋は10時開店だった。
ちょっと残念と思いつつ帰りに買っていこうと決めた中村と西田だったが、その先の歩道で立ち止まってしまった。
「あれ? ここ、横断歩道ねーじゃん?」
「あ……でも、地下道……あるみたい」
「うわっ、何かダンジョンみてーだなおい」
「……!?」
普段はゲームが趣味の西田は、陽キャで自分とは接点がないと思っていた中村から「ダンジョン」という言葉が出てきたことに少し意外性を感じた。
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一方の山城は問題を受信後、すぐに答えを導き出していた。
太平洋の向こう……がアメリカあるいは海外を意味することは何となく分かったので、スマホの地図アプリから「アメリカ」という名前が使われている場所を探し出し、すぐに「アメリカヤ」がヒットした。
移動し始めようと思ったが、さっき通って来た地下道を再び通らなければならないことに気が付いた。
(クソッ! 何て非効率的なんだ!!)
山城の怒りはピークに達していた。何で自分はこんな体を使うイベントに参加させられているんだろう……と思っていた。学校内でクイズの本やスマホのクイズゲームアプリだけやっていれば、部活動に参加しているとみなされ調査書にも影響が出ないと思っていたのに思惑が外れてしまったことで苛立ちを覚えていたのだ。
山城が地下道から再び地上に出て中央本線のガード下の歩道を歩いていると、後ろの方から中村の話し声が聞こえてきた。
(あいつら、もう問題が分かったのか!?)
自分より下に見ていたあの2人に追いつかれるのはプライドが許さない……そう思った山城は急いで左側の歩道を進むと、一番手前にあった横断歩道を渡り右側の歩道に移動した。あの2人は左側の歩道をそのまま進むと思ったからである。
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「あっ……あれだよ……たぶん」
「ホントだ! アメリカヤって書いてある」
中村と西田は、山城の予想通り左側の歩道を歩いていた。そして彼らが指差した方に……2階建てや3階建ての商店が建ち並ぶ商店街のなかにひときわ目立つ5階建てのビルがあった。それが「アメリカヤ」である。
「でも……廃墟じゃん」
屋上の大きな看板はあるが、ビルの前には赤茶色のシャッターが下り、看板も何もなかった。2階から上の手すりは錆びついて、彼らのように意識して見ないと通り過ぎてしまうほど時代の中で忘れられた存在になっていた。
このビルは1967年に旅館や喫茶店などの複合ビルとしてオープンしたが、オーナーが亡くなってから空きビルになっていた。彼らが訪れた2017年も空きビルだったが翌2018年、リノベーションをして現在は新たな複合ビルとして復活している。
「あっ……」
そして彼らは、アメリカヤのシャッターの横をムスッとした顔で通り過ぎていく山城の姿を見つけた。
「……」
西田は立ち止まり、山城もこっちに来て一緒に行動すればいいのにと考えていたが、声を掛けられずにいた。
「おい、行くぞ西田!」
中村に声を掛けられ、西田は複雑な思いで中村についていった。
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山城は進行方向に向かって右側、中村と西田は左側の歩道を歩き続けた。
アメリカヤがある通りは、駅前中央通りと呼ばれている。以前は街灯にその名が記されていたが、街灯を交換した際にその名前を残すものが無くなってしまった。
駅前中央通りはその名の通り、駅前の中央に……と、言いたいところだが実際には駅(舎)の反対側に位置している……正確には駅裏だ。この商店街もご多分に漏れずシャッター通り化していた。
それでも韮崎市は町おこしで、商店に個性的な暖簾を掛けていたり、シャッターアートで地元の昔話を描いたりして様々な取り組みをしているようだ。
「何もねぇな……ここ」
この時間帯はまだ営業していない店がほとんどで、それがシャッター通りの印象をさらに強めている感はある。
中にはシャッターがなく、ショーウィンドウになっている店もあった。ガラス越しに見える、売り物なのか店主の私物なのか区別がつかないものが置かれている店内に、緑色のぬいぐるみが置かれていた。それを見た中村が
「何だアレ……カエルのぬいぐるみか? ヘンなの」
すると西田が、
「あ……あれ確か……ニーラっていうんだよ」
「ニーラ?」
「う……うん、韮崎の……ゆるキャラ……」
「へー……オレ、ゆるキャラってふなっしーぐらいしか知らんわ! 山梨にもゆるキャラっているんだー」
すると西田が少し饒舌になった。どうやら彼はゆるキャラが好きらしい。
「う、うん……山梨にもいっぱいいるよ! 武田菱丸とか吉田のうどんぶりちゃんとか……あと、ヴァンフォーレ甲府のヴァンくんフォーレちゃんも……」
「あぁそっか! ヴァンくんもゆるキャラか……何だ、西田もヴァンフォーレの試合とか見に行くんだ?」
「う……ううん、ボク……まだヴァンくんとは会ったことないんだ」
「えっオレ、シーズンシート持ってるぜ! 会員価格でチケット買えるから……今度行く?」
「……えっ?」
西田は正直サッカーには興味なかったが、大好きなゆるキャラに会えること……そして何よりも中村が誘ってくれたことがとても嬉しかった。
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山城は目的地である駅前中央通りの突き当り、本町の丁字路にやって来た。中村と西田はゆるキャラやサッカーの話題で盛り上がり、ゆっくり歩いているのでまだ目的地に来ていない。
「あら、こんにちは」
山城は丁字路の角で、掃除をしている老婦人から声を掛けられた。
「あ……こんにちは」
山城も思わずつられて挨拶をした。
「あなた高校生? 韮崎の子?」
「甲府……ですけど……」
「あら珍しいわねこんな所で……釜無高校なの?」
「いえ、違います」
「あらそぉ……いえね、ウチの孫娘も今年から高校生のなったんだけどねぇ、釜無高校に通ってるだよぉ!」
老婦人はどうでもいい話を勝手に話しかけてくるが、超合理的主義者の彼にはこの時間がムダに感じられた。だが……
「あれ? ここは本屋……ですか?」
珍しく山城の方から話しかけた。
「そうなのよぉ、売れてない本しか置いてない売れてないババァがやってる本屋だけどねぇ……今、開店前で店の前を掃除してとぉ」
山城は店の入り口近くに貼られていた新刊情報を見て、
「あれ? 『ベリーA』の新刊あるんですか?」
「ベリーA? ブドウけ?」
「あっいえ、『ベリーショートの学園ヒロインが異世界で女子サッカーチームのエースストライカーになりました』というラノベなんですけど……」
「んー、あるかどうかわかんないけど……まだ開店前だけど見ていくけ?」
「えっ、いいんですか?」
実は山城はラノベが大好きだった。老婦人の計らいで開店前の店内に入らせてもらったが、時間がないのでラノベのコーナーだけ見せてもらった。店内は目新しさのない古びた本屋といった雰囲気だ。
「すごい……この本、甲府でもなかなか見つけられないぞ! うわっ、巨峰(異世界学園のコミュ障で巨乳のサキュバスちゃんは学園の最高峰を目指します)もあるじゃないか……あっ、粟津まにの異世界モノまである! あの人もう百合モノしか書いてないからこれは貴重だ! まぁあんまり面白くないけど……」
山城はまるで遠足前の小学生のようにワクワクしながら本を眺めていた。合理的主義の彼だが、小説だけはスマホではなく紙の本で読むのが彼のこだわりらしい。
「すっ、すごいですね……これ」
「ほうけ? 問屋さんのおすすめを言われたまま仕入れているからよくわからないだよ……悪いじゃんねぇ、まだ開店前でレジ使えんから売れんけんど……」
「あっ、いえ……また後で来ます!」
山城がそう言うと突然、
〝ピコンッ〟
スマホから着信音が鳴った。それは国母先生から次の問題だった。
【1マルーン、すみれの花、3ブレーブス、共通する人物の生家跡方面に向かえ】
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同じころ、丁字路に来ていた中村と西田も同じメッセージを受け取っていた。
「何だこれ……マルーンって? ま、右か左のどっちかに行けってことだな」
中村は問題を解こうとしたが、西田は別のことを考えていた。
西田は中村からサッカーの試合観戦に誘われて有頂天になっていた。中村とは今後も上手くやっていけそう、中村と友だちになりたい! 西田は精いっぱいの勇気を出して、中村に声を掛けようと決心した。
「あ……あの……中村くん」
「ん?」
「あっあの……ボク……中村くんと……友だち……に……なりたい。あの……ボクと……友だちに……なってくれ……ますか?」
サッカーの試合観戦にまで誘ってくれたんだ。もう友だちと呼んでもおかしくない関係だろう……西田はそう確信し、中村に声を掛けた。
すると、それまで上機嫌だった中村の顔から笑顔がスッと消え真顔になると、少し低いトーンでつぶやくように言った。
「あ、ゴメン……それはムリだわ」
「え?」
中村からの予想外の答えに西田はショックで立ちすくんでしまった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次の話は9時16分頃投稿予定です。