【11人の駅で降り、審判員が揃うまで待て!】
探偵も殺人事件も出てきません。3人の男子高校生が主人公のありふれた話です。
【11人の駅で降り、審判員が揃うまで待て! キックオフは朝8時】
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《2017年4月15日(土曜日)AM7:37》
「韮崎ー、韮崎です。到着の電車は7時37分発、普通列車の松本行です」
ここは山梨県韮崎市。甲府市内の普通科高校に通う2年生の男子、「西田」が降り立ったのはJR韮崎駅の1番線ホームだ。
普段なら通勤通学で混雑しそうな時間帯……だがこの日は土曜日なので、電車に乗っていたのは部活のジャージ姿で韮崎市や隣の北杜市の高校へ通う生徒がほとんどだった。混みあってはいないが、かといってガラ空きという感じでもなかった。
(改札はどこなんだろう?)
西田は普段、歩いて通学しているので電車に乗るのは久しぶりだ。しかも生活に必要なものは全て甲府市内で揃ってしまうため韮崎市に行く機会がなく、韮崎駅に降りたのは生まれて初めてのことだった。
彼にはホームで見るもの全てが新鮮に映り、そして不安に感じていた。2階にあるホームから改札までの行き方すらわからなかった。すると、
〝カランッ! カランッ〟
「ちょっとぉ! 何、登る前から熊よけの鈴鳴らしてんの! 早くない?」
「あはは、ごめん! 新しいの買ったからつい……」
「そういえばさぁ、前にデコった鈴どうしたの?」
「あぁ、あれ? ほら、去年の夏に青木ヶ原行ったじゃん! あのとき知り合った高校生の子にあげちゃったの」
(へぇ、韮崎から山登りするんだ……)
目の前に山登りの恰好をした10人ほどの大学生らしきグループがいたので、とりあえずその集団についていこうとした。そのとき、
(あれは……何?)
島式ホームの1番線側から景色を見た西田は、異様な光景を見た。遠くに崖が見えたが、そこに巨大な白い立像がそびえたっていたのだ。
(お地蔵さん? それと……何か手前にレトロなビルがあるなぁ)
七里岩と呼ばれる大地の段丘崖の上にそびえたっていたのは平和観音という韮崎のシンボル的存在の像だ。手前にあるレトロな雰囲気のビルの屋上には、これまたレトロな字体で「アメリカヤ」と書かれた看板があった。
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(ボクひとりだけなのかなぁ……)
改札を抜け駅前の広場にきた。駅に降りた乗客はもうどこかへ行ってしまい、円形に組まれたベンチには待ち合わせと思われる人が2~3人いるだけだった。
外側を向くように円形に組まれたベンチの中心には花壇があり、さらにその中心には駅舎に向かってシュートを決めるようなサッカー選手のブロンズ像が置かれていた。「球児の像」という名前らしい。
西田はこのブロンズ像を見て正解を確信した。
彼は高校で『推理・クイズ研究会』という部に入っている。今日は顧問の「国母先生」が企画した『宝探しゲーム』のイベントに参加していたのだ。
これはいわゆる「リアル謎解きゲーム」で、国母先生が出題する謎(暗号)を解きながらゴールの「宝」にたどり着く……というものだ。前日に国母先生から最初の謎……第1問目の問題が出されていたのだ。それが
【11人の駅で降り、審判員が揃うまで待て! キックオフは朝8時】
というものだった。2問目以降も彼のスマホのSNSに送られてくることになっている。また、彼の位置情報は国母先生のスマホにGPSアプリを介して伝わっており、目的地に到達すると次の問題が届く仕組みになっているようだ。
西田が正解を確信した理由は、問題文の「11人」と「キックオフ」だった。これを見たとき、スポーツに興味のない西田でもサッカーのことだとわかった。
ただ……サッカーとはわかっていてもそれがなぜ韮崎市、そして韮崎駅なのかは自信が持てなかった。確かに韮崎市にはプロサッカーチームの練習グラウンドがあるが、中央市や昭和町にも存在する。特に韮崎ならでは……というワケではない。
ただ、以前どこかの情報で「サッカーのまち 韮崎」というキャッチフレーズを聞いたことがあり、たぶんこの駅だろうと判断した。そして今、「球児の像」を見て正解を確信したのだ。
ブロンズ像の説明書きには1975年(昭和50年)に地元の高校が高校総体で優勝した記念……と書いてあった。
それにしても……
駅を降りて10分近く経つが未だに誰も来ない。円形に組まれたベンチ……ちょうど「球児の像」と背中合わせの位置に座っていた西田は少し不安になっていた。
実は『推理・クイズ研究会』という部(正しくは同好会)の部員は西田を含めて3人いる。キックオフ……つまりイベント開始は8時だが、甲府方面から8時前に到着する電車は彼が乗った37分着が最後だ。
だが見覚えのある人は誰もいない……彼らは正解しなかったのだろうか? それとも自分が間違っているのだろうか? 西田は不安を募らせていた。そのとき、
「おー、西田じゃねぇか!」
後ろから声を掛けられ西田はビクッとなった。
声を掛けたのは同じく2年生の男子「中村」だった。確か駅に降りたときには見かけなかったはずだが……。
「西田は何時(の電車)で来たんだよぉ?」
「えっ……あっ……」
グイグイ来る中村に対し、西田は何も答えられなかった。
実は西田という少年、人とコミュニケーションを取るのがとても下手だ。背が低く太っている自分の体型や、臆病で口下手な自分の性格にコンプレックスを持っており、他人と会話をするのが大の苦手になっている……いわゆるコミュ障だ。
だからといって、孤独が好きというワケではない。本当は友だちが欲しくて、中村をはじめ同好会のメンバーやクラスの同級生とも友だちになりたがっている。だが彼には、高校入学以来友だちと呼べる人は未だにいない。
「あ、オレは20分着で来たぞ! でもって腹減ったから駅の隣の蕎麦屋でソバ食ってきたんだ! でさぁ、天ぷらのコーナーに赤いかき揚げがあったからてっきり桜エビだと思って取ってみたら紅ショウガじゃん!? もう皿にのせちゃったから今さら戻せねぇし……」
立て板に水を流すように話しかけてくる中村に対し、西田はどう返していいかわからず困惑した。だが、中村もここに来ていたことで少し安心していた。
「西田もここにいるってことはやっぱ正解だな? ま、元サッカー部のオレにはラッキー問題だったけど……それにしても、サッカーが11人は誰でもわかると思うけど西田ぁ、よくサッカーで韮崎ってわかったじゃん! 今じゃ高校サッカーも私学ばっか強くて韮崎ってあんまイメージ無いんだけどな?」
「う……うん……」
西田は相槌を打つのが精いっぱいだった。
中村は1年生のときサッカー部だった。運動神経も抜群、明るい性格でいわゆる陽キャと呼ばれる存在だった。だが「あること」がキッカケで部活をやめ、1年生の途中から西田が所属する『推理・クイズ研究会』に転部してきた。
「あー、それにしてもヒマだなおぃ! 巨乳も早いとこ次の問題送ってくればいいじゃん! キックオフ8時なんてめんどくせーこと言わんで……」
「え……きょ?」
巨乳とは『推理・クイズ研究会』顧問の国母先生のことだ。彼らの通う高校で常勤講師をしている。24歳だが、まるで女子大生がそのまま教師になったような雰囲気の女性だ。推理小説や謎解きが好きで当時、廃部寸前だった『クイズ研究会』に『推理』の名前を冠して自ら顧問に名乗り出たという変わった一面もある。
しかも胸が大きいということで男子生徒から注目を集めている。もちろん本人は公表していないが多くの男子生徒はHカップでは……と推測している。
「ま、次の問題は『審判員』が揃わなきゃダメってことか……」
「あっ……そっ……それ!」
「ん? どうした?」
西田が何かを思い出したように、たどたどしい話し方で中村に聞いてみた。
「あっ……あの、そっ……その……審判員って……どういう……い……」
「あぁ審判員の意味か? ま、これがわからなくても韮崎には来られるもんな!」
「え……あ……」
実は西田、「サッカーのまち」という情報で韮崎駅はわかったのだが、審判員の意味がわからなかった。いつもならわからないことは他人に聞くことすらできない内気な性格だが、前日に国母先生からある「アドバイス」をもらい、勇気を出して中村に聞いてみたのだ。
「サッカーの審判ってフツーは主審が1人、副審が2人の合わせて3人で行うんだよ! つまり……」
さっきまで饒舌にしゃべっていた中村だったが、この話題になった途端テンションが下がった。そして軽くため息をつくと吐き捨てるように言った。
「あと1人……アイツが来なけりゃ3人揃わなくて試合不成立ってこと!」
そう……この『推理・クイズ研究会』にはもう1人メンバーがいる。すでに駅前ロータリーにある時計は8時を回っていたが広場には彼ら2人しかいなかった。
「アイツがこの問題わからないワケないからな……おそらく、バカバカしくて付き合ってられないとか言って初めから参加してないかもな……」
「……」
中村はあからさまに機嫌が悪そうな顔をした。中村の言葉に対し西田も否定しなかった。どうやらもう1人のメンバーはあまり歓迎されていないようだ。
「韮崎ー、韮崎です……」
遠くの方から駅員のアナウンスが聞こえてきた。どうやら8時2分着の電車が来たようだ。しばらくすると細身で長髪、キツネ目で銀縁眼鏡の「山城」という少年が駅の改札口を通過した。
(どうせ8時近くには駅の近くまでやってくる。国母先生は位置情報アプリを見て判断するから3人が近付いていれば次の問題を送信するだろう……それより、こんな所で20分以上待ち続けているなんて時間のムダで非合理的だ! そんなのはバカがやることだ!)
山城はそう考え、あえて集合時刻を2分オーバーする電車でやって来たのだ。そして少しも悪びれることなく駅舎を出ると一瞬だけ中村たちと目が合った。だが山城は挨拶もせず、プイッと横を向いて彼らのいる駅前広場とは反対側にあるバス乗り場の方へ歩き出した。
すると……
〝ピコンッ〟
彼らのスマホから着信音が鳴った。どうやら次の「謎解き」が来たようだ。
「おっ……来た! あれ? 西田のスマホにも同じ問題きてる?」
「う……うん」
2人はスマホを照らし合わせた。どうやら同じ問題が送られているようだ。3人で協力しなければいけないという話は事前に聞かされていなかったので、個別にチャレンジしても構わないようだ。
次の問題は……
【赤い大地から青空へ飛び立つ白いハトを見て微笑む場所に行け】
中村と西田の存在を無視して、山城は1人でバス乗り場側の歩道を歩きだした。
「アイツ、マジでムカつくよな……西田、一緒に行こうぜ!」
「う……うん」
中村と西田は一緒に行動することにした。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次の話は8時12分頃投稿予定です。