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2-3 真本空音はひとりぼっち

本日最後の更新です

 どれだけ授業態度のいい優等生でも、古文の菅原先生の授業を受けると、たちまち船を漕ぎ眠りに落ちてしまう。ただでさえ食後の睡魔がパレードを始める六時間目の授業だというのに、暗い声でぼそぼそと喋るものだから、なおさら眠くなってしまうのだ。菅原先生が徒然草を解説する、ただそれだけの音声を録音して不眠に悩む皆さんに聴かせれば、いい効果が期待できるんじゃないかと僕は密かに考えていた。先生としては騒いで授業を邪魔するくらいならば、寝てもらう方がマシらしく、教卓前で五人揃ってネムルンジャーをされていても、淡々と教科書を読んでいる。次々と脱落していき、四〇分を回って起きている生徒は五人ほど。聖ですら、ウトウトしてノートに突き立てたシャーペンの芯が、ポキリと折れてしまう。

 窓際一番後ろの席の僕はというと、外で体育をしている生徒を眺めていた。同じ学年の女子が、フットサルに興じている。あまり本気でやっていないみたいで、緩やかなパスを繋いで、シュートは明後日の方向へと飛んでいく。


 そんな中、青ゼッケンをつけた不良っぽい見た目の彼女は、一際動きにキレがあった。自チームゴール前でボールを奪うと、そのまま赤ゼッケン女子を次々抜いていく。その姿は、懐かしの映像を流して制作費をケチるテレビ番組で特集していた、マラドーナやメッシの五人抜きさながら。四人抜きをやってのけた、黄金の脚ならぬ、黄金の髪を輝かせるファンタジスタが放つ鋭いシュートに、ゴールキーパーは対応できるわけがなく、ボールがゴールネットを激しく揺らした。


 危ないからだろう、眼鏡を外している真本さなもとさんは少し新鮮だ。しかしシュートを決めた彼女を称える拍手も歓声もなく、他の青ゼッケン女子もいい顔をしているように見てない。キーパー以外三人が固まって、ヒソヒソと井戸端会議に興じている。教室にまで聞こえるわけがないが、なにを話しているかは見当がつく。これじゃあまるで、五対四対一だ。シュートを入れたら交代するシステムだったのか、眼鏡をかけ直した真本さんはベンチに座る。一人分距離を空けて、去年同じクラスだった子が座っているが特に会話もなく、そのままチャイムが鳴った。隣の教室で授業をしていた担任がやってきて、SHRをささっと済ませ、今日の学校が終わった。


「ふぁーあ……菅原先生、前より催眠術が強くなってないか?」

「うん。後五人で全滅だったからね」


 さすがの先生も、全員に寝られたならば凹むだろうな。いや、それでも関係なく教科書を読んでいる姿が容易に想像できた。


「お前の席が羨ましいよ。スマホをいじってもバレないし、体育の授業も見学できるんだからな」

「あそこに座っているだけで、主人公になれた気分になれるよ」


 窓際一番後ろの席といえば、数多の漫画アニメの主人公が座る特等席のようなものだ。聖の言うとおり、スマホを触っていてもなかなか見つからない席だが、僕は積極的に触ることはなかった。それに、授業中にスマホを弄っていたのが先生に露呈すると、取り上げられた挙句熱烈歓迎高砂部屋になってしまう。自由が売りの我が校とて、授業中に使うのは校則違反。高砂部屋に拘束されて反省文を書かされるのだ。


「今日も練習後うち来るの?」

「いや、今日は親の結婚記念日で外食するから、俺ともなちゃんの分はいいよ」

「おっけ……ん? 萌波もなみも混ざるの、そこに」


 親の結婚記念日に外食、素敵なことじゃないか。しかしそこに、横尾姓じゃない萌波の名前が入ったことに、思わずちょっと待てぃとボタンを押してしまう。


「そりゃあお義兄様、将来的には結婚するつもりだし、二人ももなちゃんのことはよく知っているしな」

「誰がお義兄様だよ、気持ち悪い」


 もし今の爆弾発言を聞かれていたらと警戒するが、誰にも聞かれなかったようで、特に騒ぎにもなっていない。

 横尾夫妻は娘が欲しかったらしく、息子の幼馴染である萌波のことを、実の娘みたいに可愛がっていた。いじめ問題の時、海外にいて身動きが取れない両親に変わり、ことなかれ主義の学校相手に啖呵を切ってくれたのも横尾夫妻であり、僕たちにとっては恩人の言葉では表現できない相手だ。モテまくる息子が変な女の子と付き合わないか心配していたが、萌波が相手ならむしろ泣いて喜ぶだろう。


「でも大丈夫かなぁ。カラオケに行くだけでも身体が固くなっていたのに」

「結構高級なお店に行くから、連中と出くわすことはないと思うぞ? それに、頼れる大人もいるからな。もなちゃんも安心できるんじゃないかな」

「それもそっか。じゃあ、妹を頼みます。しっかりエスコートしてよね」

「おう、任せとけ!」


 ということは、珍しくお一人様になるのか。どうしようか、たまには僕も外食するのも悪くないかな。帰ってから考えようと教室を出ると、階段の掃き掃除をしている真本さんがいた。サッサと箒を持って、お菓子の袋ゴミや埃をちりとりに入れている。


「ナイスシュートだったね、真本さん。格好よかったよ」

「見ていたんですね。授業をサボるなんていけないんだ」

「退屈な授業をする方が悪いんだよ」

「責任転嫁していると、私みたいなロクな人になりませんよ」


 隙あらば自分を卑下してしまう人だ。ネガティブな発言をするたびに、激辛デスソース飴を舐めてもらうくらいしないと治らないのかもしれない。


「他の人、いないの?」


 踊り場の上にも下にも、箒を持っている生徒はいない。真本さんは、一人で掃除をさせられていた。人を見た目で判断してしまうならば、掃除をサボりそうなのは彼女の方なのに、律儀に四隅の角もちゃんと掃いている。つくづくギャップの激しい人だ。


「ちょっと待っていて。僕も手伝うよ」

「私一人でできますから、お気になさらず」


 教室まで箒を取りに行こうとする僕をそっけなく止めるが、僕はそれを無視して掃除箱から箒を持ってきた。


「今朝の占いでやっていたんだ。A型のあなたは、お掃除をすると運勢がアップするでしょうって」

「なら、自分のクラスを手伝えばいいのに」

「てんびん座のあなたは、金髪の女の子を手伝うと、いいことがあるみたい。うちのクラスには、金髪の子はいないからね」

「占いの結果がピンポイントすぎませんか?」


 ちなみに本当の結果は、A型のあなたは八面体サイコロを持ち歩くと運勢アップ、てんびん座のあなたはアルゼンチンの国旗のタペストリーを部屋に貼るといいらしい。現実は冗談よりも奇妙で、クセが強かった。そんなもの普通の高校生は持っていないよ。

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