5-23 僕とあなたの敗者復活戦
このエピソードで一旦の完結にはなります。
「えー、それでは! 気を取り直して……。空音さん、誕生日おめでとう! 乾杯!」
シャンメリーが入ったグラスが重なり心地いい音が響く。都丸さんのバイト先である文学喫茶店を貸し切って、空音さんの誕生日パーティーを開いていた。お店を使わせてもらっているのは、マスターのご好意だ。「どうせお客さんなんて来ないし、一日くらい大丈夫よ」と都丸さんは言っていたが、マスターは我関せずといった様子でカウンター席に座って萌波が連れてきたロンロンを撫でている。
「もしもですよ? 私を連れてくることができなかったら、どうするつもりだったんですか?」
「そのときは……残念会でも開いていたかもね」
主役が不在だからといって、気合を入れて作ったご馳走やケーキを無駄にしたくなかった。お通夜状態になろうとも、それはそれ、これはこれ。用意したものは美味しくいただくべきだろう。テーブルには所狭しと料理が並ぶ。ローストビーフやサンドイッチなど誕生日パーティーの定番メニューはもちろんのこと、空音さんの好物である焼きそばも忘れていない。彼女が作ってくれた真本家秘伝のソースはまだ残っており、できあがった焼きそばはほっぺが落ちるほど美味しい。
「それにしても。都丸ってちゃんと料理ができたんだな。海智と比べるのは酷だけど、美味しいよ」
「失礼しちゃうわね。料理くらい、女子高生の嗜みでしょうに。というか小宮と比べるとってどういうことよ、料理上手いの?」
「まあ、うん。それなりには自信があるよ」
いつも厨房係をしている僕が空音さんを探すためホールに行っていたので、料理を用意してくれたのは都丸さんだ。「料理くらいこの杏奈様に任せなさいよ」と得意げに言うだけあって、味も見栄えもいい。
「お兄ちゃんは私がおねだりするとなんでも作っちゃうからねぇ」
「それは面白そうだ。今書いている話の主人公は料理が得意な設定でな。今度取材させてくれないか」
なぜか得意げな萌波の言葉を受けて、サンドイッチを頬張る若田部くんが興味を示す。水族館のときもそうだが、アマチュア小説家とはいえリアリティは大事なのだろう。自分の人生経験が創作世界の誰かに投影されるのは少し恥ずかしいが、そうそうある体験ではないよね。
「それはいいけど、若田部くんのペンネームを教えてほしい」
「いや、悪い、それはできない……恥ずかしいからな」
「ですよね。うん、無理に聞こうとしてゴメン」
無骨な声が若干震えている。もしかして主人公のモデルがまんま僕だったりしするのかな。それがハーレムを作っていたりして……それはないか。
「読まれるのを怖がるヘタレのネット小説読むくらいなら、坂口安吾を読んどきなさい。青空文庫で読み放題よー」
「チッ、お前な……文豪とワナビを比較するなよ」
呆れたようにため息をついた若田部くんは都丸さんを睨む。その視線を受けた彼女は、ふふんっと鼻を鳴らして、「見られるのを恥ずかしがって作家を名乗るんじゃないっつーの」と挑発的に笑った。
「はいはいはいっ! せっかくのお祝いなのに喧嘩しないでくださいっ!」
「こはるちゃんも大変だねー」
「萌波ちゃんもサンドイッチ食べてないで止めるの手伝ってください~っ!」
睨み合い喧嘩モードになりそうな二人を、こはるちゃんがどうどうどうとなだめる。必死の仲裁で若田部くんは不機嫌そうではあるが、怒りの矛を収める。
「ふふっ。こうやって友達に祝ってもらう誕生日は、もう二度と来ないと思っていました」
主役を差し置いて騒がしいみんなを見て、空音さんは小さく笑う。しんみりとした口ぶりだった。僕たちを一瞥して頭を下げる。
「私なんかのために、ありがとうございます」
「なんかじゃないって。空音さんだから、みんな集まったんだよ」
ここにいるみんなそうだ。空音さんが戻ってくることを心の奥から願っていた。彼女の言葉を聞いて胸がきゅっと締め付けられる思いになる。むしろありがとうと言いたいのは僕たちの方だ。
「ここにいて、いいのでしょうか? 私はみんなが思っているよりも、綺麗な人間ではありません。私と関わったことを、後悔する日が来るかもしれません」
今日一日でわかったことがある。本来の空音さんは結構泣き虫だ。今だって目元が少し潤んでいるように見える。ここまできても不安でいっぱいなのか、俯いて涙を堪えていた。
「それでも、そんな私でも……友達だって、言ってくれるのでしょうか?」
過去は影と同じで、どこまでもついてくる。彼女の言う通り、過去に犯してしまった罪は決して消えることはないだろう。
ここにいるみんな、大なり小なり失敗している。いい思い出よりも、嫌な思い出の方が頭から消えてくれないし、抱いた後悔は刺青になって一生残る。でも、楽しい明日を作ることができるのもまた、今日までの積み重ねなんじゃないかな。今までのダメな自分だって、自分だ。サヨナラなんて言ってあげないで、まるごと背負って歩いていこう。そして、精一杯頑張っている自分を褒めてあげるんだ。僕たちは黙ったまま顔を見合わせる。みんな同じ気持ちみたいだ。
「当然。僕たちが友達になったのは、過去の悪女じゃない。今ここにいる、空音さんなんだ。むしろ、いてくれないと……寂しいよ」
僕はポケットから飴を取り出して、彼女に渡す。
「いつかの逆ですね」
「だね。でも、あの頃とは違う。前より上手に笑えた自分を、褒めてあげてほしいな」
出会った日のときのことを思い出して微笑むと、ハンカチで涙を拭いてラムネ味の飴を咥えるのだった。
一応一部完という形になります。二部の展開もあるのですが、かなり難儀しており一旦ここで完結させるのか、続きを気長に書くのか悩んでいるところです。
なんにせよ、ここまでお付き合いくださった方ありがとうございます。