5-16(急)聖戦
上尾宗大にとって、小宮海智は、大した障害じゃないとたかを括っていた。
しかし、愛しい真本空音は、海智に心を開いてしまう。それは、忌々しい幼馴染に似ているからだと、宗大は考えた。
ヒステリーの女王の異名を持つ都丸杏奈は、リモコン兵器にするにはうってつけだった。彼女は自分にとって都合のいい解釈しかできず、彼氏と別れた理由も自分にあるとは微塵も思っていない。案の定、捏造した元彼と空音の写真を送ると、すぐに行動に移ってくれた。取り巻きを連れて、空音を人気のないプール裏へと連れ込んだ。そこで自分が飛び出て、彼女を救う。完璧なシナリオだと、ほくそ笑んだ。
だが、それより前に海智と聖が飛び出してしまった。宗大がやろうとしていたことを、先にやられてしまったのだ。盛大に論破されて泣き叫びながら逃げ去る杏奈に、溜飲が下がったが、思わぬ展開に予定が狂ってしまった。
ラブホテル前を道案内中の二人が通りかかったのは、偶然だった。後ろから付けていた宗大は、その瞬間を写真に撮り掲示板に貼った。パパ活女子として、空音と杏奈の評判は地に落ちた。
しかし、海智は空音を見放そうとしない。それどころか、デートをするなんて、手を繋ぎ合うなんて、そんな展開は彼のシナリオには存在しない。
ツーショット写真は許さない。あーんしてもらうなんて許さない。二人でカラオケに行くなんて許さない。ふつふつと湧き上がる怒りを抑え、相手を馬鹿にするように電話をかける。一度目の電話は、面白いくらいに愉快なリアクションをしてくれた。すぐそこにいるのに気付かず、震えながら声を荒げる海智の姿は滑稽だった。
だが、二回目にかけた電話は違った。出たかと思うと、すぐに切られてしまう。不快感に背中を押され、もう一度電話をかける。
『わざわざかけ直してくれたんだ。構ってちゃんなの?』
明らかに、小馬鹿にした口調だった。この時点で、主導権は海智に移っていたのだが、宗大は気付いていない。無意識のうちに、歯ぎしりをしてしまう。
『振られた腹いせに嫌がらせなんて、程度が低いよね。そんな腐った根性だから、空音に見向きもされないんだよ』
「なんだとぉ!?」
この瞬間、彼は自分が容疑者の一人になってしまったことにすら、気付いていない。電話越しの海智は、犯人の正体が空音に振られた誰かだと、あたりをつけていた。
違う、俺は振られていない。彼女が思い出していないだけだ。頭の中に、いいわけのための言葉がいくつも生まれる。しかし、それを発することはできなかった。
『それと。さっき、カラオケで空音に告白して、付き合うことになったから。お前がどれだけ策を講じても、無駄だよ』
「ああああ!!」
二人が恋人同士になるなんてシナリオ、認めない。「ありえない」と呪いのように唱えながら、家に帰ろうとする二人の後をついていく。
大丈夫、あいつさえ倒せば空音も目を覚ましてくれる――。どうして努力した自分が報われないで、取り柄のない男に惹かれてしまうのか。そんなもの、決まっている。あの男に脅されているんだ。妄執に囚われた彼は目が血走り、まともな思考回路ではなかった。一線を超えてしまおうが、もうどうでもいい。
電柱には、不審者注意の張り紙が貼られている。昔から貼られているのか、もうボロボロだ。注意喚起にはなっていない。慎重に、音を消して歩く。確実に、海智を仕留めるために。三歩、二歩、一歩。手に持った特殊警棒を振り下ろす――ことはできなかった。
「あがっ!」
突然の激痛。警棒を持った手に、勢いよく何かがぶつかった。地面に落ちた警棒の隣に、テニスボールが転がっている。
「現行犯逮捕だこの野郎!」
何が起きたか理解する前に、後ろから羽交い締めにされた。振り向くと、得意げに笑う聖の顔。
「上尾くん。やっぱり、君が犯人だったんだね」
そして、二人が振り返った。愛しき天使は、悲しげな顔をしている。隣に立つにふさわしくない男は、眉を震わせ炎のように憤怒の色を滾らせていた。