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1-6 そして僕は脇役を辞めることを決めた

一章最後のお話です。

「あの頃のもなちゃんに似た、空虚な笑顔か」


 相談の攻守が交代した帰り道、僕はお昼休みと放課後の話をした。タチの悪い不良に絡まれていたのを、僕が止めたこと。ありがとうと言うだけ言って、噂は一部本当だから、自分には関わらないほうがいいと拒絶されたこと。そして、いじめられていた萌波もなみと同じ、空っぽな微笑みを浮かべていたこと。そんな諦めに染まった彼女に、僕はなにもできなかったこと。最後まで聞いて、「経験が活きたじゃないか」と笑うのだった。


「なにも笑うことないでしょ」

「悪い悪い。でも、もなちゃんの変化に気付かなかった頃を思えば、だいぶ成長したんじゃないか?」

「それは……」


 兄妹だから、気付けなかったというのは通用しない。ひじりだって、萌波にとっては兄のような存在だった。口にはできなかった些細なSOSに気付いて、彼女を取り巻く悪意から守ってみせた。もし、こいつがいなかったら、未だにイジメは続いていたかもしれないし、溜め込んだものが爆発して、ニュースで報道されてしまうような、最悪の展開すら迎えていたかもしれない。


「正直さ。俺、お前ら兄妹にもキレてたんだぜ。なんでお兄ちゃんのお前が気付かないんだ、もなちゃんもどうして一人で抱え込もうとするんだってさ。同時に、もっと早く気付けなかった自分が一番ムカついたよ」


 悔しそうに握る拳が赤くなる。『終わりよければすべてよし』とはいうものの、萌波の心に刻まれた傷は未だ癒えていないし、きっとこいつは永遠に後悔し続ける。


真本さなもとを助けたいのか?」


 聖は真剣なトーンで尋ねた。


「……わからない。でも、萌波と同じ苦しみを負っているなら、手を差し伸べたい」


 僕の背中に張り付いた、トゲトゲとした十字架の重みを取りたいから? 善行を積むことで気を楽にしたいから? 多分、それは正解だ。


 彼女は昨日知り合ったばかりで、真本空音さなもとくおんという名前しか知らない。きっと、僕の想像のつかない仕打ちを受けてきたのだろう。例えそれが、噂通り自業自得だったとしても、放っておくことはできなかった。

 でも僕は、主演男優じゃない。日曜朝の特撮番組で、ヒーローに変身できない一般人。それが小宮海智こみやかいちという人間だ。だから僕は、幼馴染のスーパーヒーローに助けを求めようとした。もう一度、主人公になってくれって頼みたかったのだ。それがたった一つの、冴えたやり方なのに。


「だから聖、あの子を」

「この世界は、誰かが撮っているカメラの中の風景で、主人公は俺で自分は助演男優だ。だっけ?」


 その続きは口にさせない――そう言いたげに、話を遮った。


「ロンロンに人生相談しているとき、そんなこと言っていた。憶えているか?」


 どうやら心の中で抱え続けた屈託を、ロンロンに漏らしていたところを見られたらしい。途端に恥ずかしくなる。


「もう十分、脇役は満喫しただろ? お前も主演になる瞬間が来たんじゃねぇの?」

「僕が主演って……無茶言うなよ。力不足だ」

「いーや、役不足だろ。もちろん、正しい意味のな」


 役不足、役者が自分に割り当てられた役割に不満を持つこと。それは謙遜の言葉じゃなくて、自分の力ならもっとできるはずだという怒りの言葉だ。完全無欠の主人公様は、僕に脇役は軽いと言ってのけたのだ。


「僕は、お前みたいなスーパーマンじゃないよ」

「俺はただ、自分にできることを積み重ねてきただけだ。それは特別なことでもないさ。だから、お前なりのやり方で真本さなもとに手を差し伸べたらいいんじゃない?」


 月明かりの下、ヒーローはそう言った。スポットライトを浴びた聖は、同性の僕が嫉妬するくらいに格好が良くて、ああ、そうだ。いつも僕は、こいつに憧れていた。


「ここからは、お前の物語だ。なんてね」

「続編映画、それも主役が変わっちゃったら駄作になるんだよ」

「それでもいいだろ。誰だって、好き好んでクソ映画を作ったんじゃないし、そんな作品には、決まって妙な人気が出るもんよ」

「それもそっか」


 こうして僕は、スポットライトに一歩踏み出したのだ。物語の結末は見えないし、僕は何もない普通の男子だ。ハッピーエンドが確定しているなんて、甘い話はない。でも、僕一人でも真本さんに手を差し伸べたかった。


☆☆☆☆


 やはりと言うべきか、彼女はプール裏にいた。スカートが汚れることも気にせず、大きな木の下に座って、飴を舐めている。


「やっ、真本さん」


 一瞬びっくりして目を見開くが、すぐに眉をひそめて僕を睨む。外したヘッドホンからは、緩やかなメロディがかすかに聞こえていた。バンドサウンドでも、ラップでもない。ピアノの伴奏と、透き通る歌声。合唱曲だ。


「合唱曲、好きなの?」


「関わらない方がいいって言ったのに。セフレ扱い、されたのでしょう?」


 僕の質問には答えてくれない。飴を舐めたまま喋るのは行儀が悪いと思ったのか、共に口から取り出す。淡く光る唇からつーっと伸びた細い銀の糸が艶めかしく、妙にドキドキしてしまう。


「それとも。小宮くんも、私で童貞を捨てたいんです? 構いませんよ。小宮くんには助けてもらった恩がありますので。据え膳食わぬは男の恥ってもんですよ」

「なっ、そういうこと! あんまり言わないほうがいいと思う!」

「イッツア冗談。本気にしちゃって。かわいいですね」


 挑発するかのように、蠱惑的にペロリと飴を舐める。女子と手を繋いだことすらない僕には刺激が強く、まともに目も見られない。


「か、からかわないでよ。男子なんて、真本さんみたいにかわいい子にそんなこと言われたら、すぐその気になっちゃうんだから。もっと自分を大事にしてください」

「私なんかを心配してくれるんですね」


 私なんか、か。見た目に反して、自己肯定感が低い人だ。後ろ向きになる気持ちは、僕もよく理解できた。だっていつも、僕の隣には完璧超人がいたから。僕なんか、僕なんて。そんな後ろ向きな言葉を、何度繰り返してきた。

 でも、もう。僕なんか、僕なんては言ってあげない。


「私なんか、って言わないでよ。そうやって自分の価値を値下げすることを癖にしちゃ……悲しいだけだよ」


 僕なりに、この人の笑顔を取り戻したい。それが主演男優小宮海智の最初の一歩だ。


「私の価値は、もうとっくにどん底なんですよ」


 真本さんの瞳の奥にある暗い闇が、少しだけ潤んだように見えた。でも、夜明け前が一番暗いってことを、僕たちは知っている。


「じゃあ、登るだけじゃないですか」

「前向きな人ですね」

「そりゃあ、目は前にしかついていませんので」


 どん底からさらに落ちることはない。落ちるとこまで落ちたならば、後は這いずり上がるだけ。手を伸ばした先にあるのは、眩しい光なのだから。僕は彼女に手を伸ばした……いや、違うか。隣の彼女の手を取ることを選んだのだった。


ここまでお付き合いいただきありがとうございます。少しでも面白いと感じていただけましたら、ブクマ、評価、宣伝等いただけるととても嬉しいです。

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