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5-13 悪いのは誰

 アトアリウム神部を出た僕たちは、繁華街に戻らず人気の少ない通りを歩いていた。三六〇度見渡し、どこにいるかわからないフェイク野郎を警戒する。しかし、怪しい影は見当たらない。


「少し、休みましょうか」

「うん。少し作戦会議をしよう」

「なら、これをどうぞ」


 小さな公園のベンチに座った僕らは、状況を整理することにした。口の中ではコーラ味の飴が転がっている。彼女が言うには、考えごとをするときはコーラ味が一番なんだとか。

 今日、僕たちが神部の繁華街でデートをするっていう情報は、聖や都丸さんが流してくれた。ただ、どこに行くかという話はしていないはずだ。水族館に行こうとは前から考えていたが、真本さんには当日になって教えるサプライズ演出をしていた。なので、このことを知っているのは限られた相手のみ。


 聖と都丸さん……この二人はないと思いたい。聖にそんなことをする理由もないし、都丸さんに至っては被害者側だし。


 あとは若田部くん……いや、なにを考えているんだ僕。


「思い当たる節があるって顔、していますね」


 彼女にはお見通しだったようだ。隠しても仕方がないし、彼女の意見も聞きたいので若田部くんの名前を出すことにする。


「うん。聖と都丸さん以外に、若田部くんも水族館に行ったことを知っているからさ。一瞬、もしかしたらって思ってしまった」


 水族館の写真を送ってほしいって言われたから、メッセージアプリで送り続けていた。でも、もしそれはアリバイ工作で、ずっと後ろから僕たちをつけていたとしたら。そうであってほしくない。でも、完全に否定する材料もなかった。

 しかし、疑念を抱く僕とは対照的に、真本さんの真っ黒な瞳に揺らぎはない。


「なるほど。でも安心してください。彼ならそんな卑劣な真似はしない。そう信じています」

「思う、じゃなくて信じているなんだね」


 信じる、か。根拠がないと使えない強い言葉だ。


「意外に思うかもしれませんが、中学まで市の合唱団に所属していたんです。学校は違いましたが、肇くんも同じ合唱団にいました」

「えっ、そうだったの?」


 若田部くんとは付き合いが古いと言っていたが、一緒に合唱団に所属していたのは意外だった。でも、同時に市のホールで綺麗な歌声を響かせる彼女と、重厚な低音で歌う彼の姿を想像することも、難しくはない。思い返すと、前にヘッドホンから漏れていた曲は合唱曲だった。


「途中で彼が引っ越すまでは、私たちともそれなりに仲は良かったんです。まさか転校先に、肇くんがいるとは思いもしませんでしたが……いろいろ察してくれたんでしょうね」


 若田部くんのことを語る真本さんの声には、どこか懐かしむような響きがあった。


「こっちに来てから、ほとんど会話はしていません。でも、あの頃の彼からはさほど変わっていないはずです。私の知っている彼なら、こんな卑怯なことは絶対にしません」


 絶対というほど、彼のことを信頼しているようだ。その言葉にも根拠はない。それでも僕は、彼女が言うとなぜか本当にそうなる気がしてくる。『俺は彼女を見ていた。お前なんかより、ずっと昔から』と、あいつは言っていた。その言葉を信じるならば、なおさら若田部くんへの疑念は強くなる。でも僕は、真本さんを信じることにした。


「若田部くん以外に、昔の知り合いって学校にいるのかな? あいつ、昔から真本さんを知っているかのような口ぶりだった」

「……いえ、記憶にありません。私が忘れているだけかもしれませんが」


 隣の市から電車に乗って、うちに通っている生徒も少なくはない。あるいは、若田部くんのようにこっちに転校してきた誰か。ダメだ、考えても答えは出そうにない。犯人は誰かより、他のことを考えることにする。


「この辺で待ち合わせをするなら、あのオブジェに集まりますから、そこを張り込んでいたとも考えられます」

「でも、怪しそうな人はいなかったよ?」


 水族館に向かうまでの間は、僕たちも警戒していた。わざとまっすぐ行かないで、人気の少ないルートを歩いていたから、後ろからずっとつけていた怪しい影があったなら気付いていたと思う。


「探偵を雇ったとか?」


 尾行のスペシャリストである探偵ならば、高校生カップルを追いかけることくらい難しくはないはず。


「そこまでするでしょうか? 探偵の依頼料って、高校生には厳しいと思いますが」

「だよねぇ」


 思いついたまま言ってはみたものの、現実的な話じゃない。一日だけの依頼でも五万円以上はするだろうし、高校生がそこまで景気良くお金を払えるのかな?


「それならまだ、発信機をつけられていたって方が納得できます」


 そう言って、ポケットや鞄の中、靴の裏も確認する。「昔、ガムに発信機を仕込んで踏ませるって漫画を見たことがあったんです」とは真本さんの談。僕の靴も確認するが、ガムを踏んだあとはない。カバンを逆さにして中身を全部出しても、怪しいものは見つからなかった。


「困ったね、まったく見当がつかないや」


 そもそも犯人の狙いはなんなのだろう。真本さんに対する恨みなのか? となると、やっぱり……。


「真本さんが振った五人が、容疑者なのかな」

「……やはり、そうなのでしょうか」


 振られた恨みで、彼女に嫌がらせをしている。シンプルな理由だ。しかし、真本さんは苦い表情を浮かべる。『……怪しいとはいえ、私に告白してくれた人の名前をペラペラ喋るのは申し訳なさがあります』と、彼女は前に言っていた。恋愛トークで○○に告白されたって、スピーカーみたいにアピールすることを嫌がっているのだ。

 良心と罪悪感が僕を止めるが、これ以上彼女に怖い思いをしてほしくない。彼女の顔を覗き込むようにして尋ねる。


「これ以上エスカレートしてしまえば、犯人だってただじゃ済まない。止めるためにも、情報が必要なんだ。名前を、教えてくれないかな?」


 真本さんは戸惑い視線を泳がせたが、やがて観念したかのように「わかりました」と口を開いた。五人の名前を聖と都丸さんに共有することの了承をもらい、二人に彼らの動向を調べてもらうことにした。


『サナにとって、良心の呵責があったと思う。小宮、頼んだわよ』


 ボクサーがパンチをするスタンプと一緒に、レスポンスが来た。都丸さんが指摘するように、真本さんは彼らの名前を出したことで、申し訳なさそうに俯いている。足元でパンのカスかなにかを運ぶアリの行進を眺めており、そのまま私も連れて行ってほしい──そんな心の声が聞こえた気がした。


「罪悪感を抱いて、このまま黙っていることの方が、真本さんにとって辛いことになっていたと思う」


 わざわざ僕に電話をかけて挑発してきたくらいだ。まだ何かを仕掛けてくるに違いない。今取れる手段は、真本さんの心をケアしながら、様子見に回ることだ。

 デートはまだ、終わっていない。このままじゃ、サナモンポイントが足りないで別れてしまう。


「ねえ、カラオケ、行かない?」


 眼鏡の奥の、濡れた瞳が僕を見上げた。

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