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5-12 あなたは僕が守ります

「ほら、小宮くん。笑顔ですよ、笑顔。もっと口角をあげてニカーっと笑ってください」

「に、にかぁ……」


 ガラス越しに、エメラルドツリーボアくんが体を伸ばしてくる。蛇もカメラという概念が理解できるのだろうか。恐る恐る横を見ると、チロチロと割れた舌を見せてきた。慄然とした僕は大きなねずみ程度に見えているのだろう。完全に捕食する気満々だ。


「いきますよー。はい、チーズ」


 人差し指と中指がブルブル震えながら、無理やり頬を引っ張り上げる。撮り終わった写真を見ると、後ろで銃を突きつけられた人質みたいな恐々とした顔をしていた。


「いい写真が撮れましたね、待ち受けにします」

「それはホントやめて! 恥ずかしいから!」

「冗談ですよ。これで一通り、館内は見て回りましたね」


 ここにいる生物は一通り写真を撮った。これだけ送れば、若田部くんも満足だろう。あとは一階にあるお土産コーナーと、アトアリウムとは別にあるフードコートだ。


「そうだね。一階でお土産が売っているから、見に行こうよ」


 エレベーターに乗って下に降りる。お土産コーナーには、カワウソやペンギンたちのぬいぐるみやお土産のお菓子が売られていた。「ペンギンのぬいぐるみを買ってきて!」と萌波に頼まれていたが、結構なお値段だ。でも買ってこなかったら、頬膨らませて数日口をきいてくれないんだろうなあ、あいつ。デートはこのあとも続くので、折衷案としてもう少し安いペンギンのおもちゃを買おうか考えている僕の隣で、真本さんはオレンジ色したタツノオトシゴのぬいぐるみを買い終わっており、ギュッと抱きしめていた。


「結構高くなかった?」

「絶縁状態とはいえ、生活費は結構もらっていますからね。毎週本を買っても、それなりに余裕はありますよ。小宮くん、お金が足りないなら貸しましょうか?」

「いや、いいよ。お金の貸し借りはトラブルの種になるから、よくないよ」


 親からも、「お金の貸し借りはよくない」と教わってきた。トラブルになるくらいなら、一方的に奢る方がまだ健全だ。


「残念。イチゴの利息で取り立てようと思ったのに」

「暴利がすぎない?」


 一日で五割の利息をとるなんて、最悪級の闇金だった。大阪ミナミの闇金もうさぎ好きの闇金もそこまで酷くないよ。

 ぬいぐるみの代わりのペンギンのおもちゃだったが、萌波にメッセージを送ると、すぐに既読がついて『及第点!』と返ってきた。とりあえずこれで、姫様不機嫌ルートは回避したらしい。


 お土産コーナーとフードコートは繋がっており、中華、イタリアン、和食、BBQなどメニューは様々だ。色とりどりのフードに目が行ってしまうが、一番の見どころはバーカウンターの上に広がる青。二階にあったサメやエイのいた巨大水槽が、下から見えるのだ。写真を撮り続ける僕の隣で、真本さんはラーメンをすすりながら「映画ならここに爆弾が仕掛けられていそうですね」と縁起でもないことを言う。近くの椅子に座っている、眼鏡をかけた子供を見てギョッとしてしまった。


「爆発したら、ラーメンとピザが人生最後の晩餐だ」

「今はお昼なので、昼餐ちゅうさんっていう方が正しいですね」

「それもそうだ」


 ピザの一切れを掴むが、上に乗っている焼きプチトマトがするりと落ちる。「一つもらいますね」と、真本さんも掴んで口へと運むが、やはりトマトが落ちてしまった。美味しいのに、ちょっと食べにくいなこれ。ラーメンを食べていた箸で、真本さんはトマトを食べる。さらに落ちたもう一つを掴んで、僕の口に持っていった。


「ほら、どうぞ。あーん」


 無言でそれを、パクッと食べた。


「と、すみません。アンから電話がかかってきたみたいなので、失礼します」


 コソコソとそう言って、電話のかかっていないスマホを手に席を立った。


「結構恥ずかしがり屋だよな、あの人」


 お花を摘むという表現も、彼女は恥ずかしいらしい。女心というものは、難しいものだ。


「うん?」


 ポケットに入れているスマホが、ブルブルと震える。誰からか電話がかかってきたようだ。といっても、噂の悪女にたぶらかされている今の僕に連絡をよこす人といえば、萌波か聖か都丸さんくらいだ。


 だから、数字の出ていない通知画面を見て、背筋を冷たい手でじっくりと撫でられたように、ゾワリとした寒気が襲いかかった。あいつだ――! 震える手で、通話ボタンを押し耳に当てる。


「もしもし」


 返事はない。もう一度、「もしもし」と言う。少し呼吸音が聞こえた後、不自然に高い声で、『トマト、美味しかったか?』と尋ねてきた。首がちぎれそうな勢いで振り返るが、家族連れのお客さんがいるだけだ。あたりを見渡しても、怪しい人はいない。


「お前が、フェイク写真をばらまいた犯人なのか!? どうしてそんなことをするんだ! 真本さんが何をしたんだ!」


『落ち着け。質問に質問で返すのはマナー違反だぞ』


 警察を特集した番組に出てくる犯人のように、加工された高い声だ。ボイスチェンジャーを使っているのだろう。相手が男なのか女なのかすら分からない。


『まあいい。最初の質問くらいは答えてやる。写真を都丸に送ったのも、掲示板に貼ったのも俺だ』


 やっぱり! こいつがフェイク野郎だ!


『俺は彼女を見ていた。お前なんかより、ずっと昔からな。お前にはふさわしくない』

「なにが言いたいんだ!? 答えろ!」


 声を荒げるが、これ以上付き合う気はないと言いたげにプツリと切られてしまった。


「すみません、待たせてしまっ……どうしましたか? 怖い顔をして」

「……フェイク野郎から、電話があったんだ」


 名前を聞いて、真本さんは口に手を当てる。僕も彼女も、おとり捜査であることを忘れるくらいにデートを楽しんでいた。ツーショット写真を撮ったり、お互いの料理を食べあったり、完全に油断してしまっていた。咄嗟のことで録音もできなかった。


「ごめん。ずっと、見られていた」

「謝らないでください、小宮くんは悪くないでしょう。むしろ、近くにいるって自己主張してくれたんです。考えようによっては首根っこ掴むチャンスですよ」


 強気な言葉だ。しかし、顎と唇は寒そうに震えて、走ってきたみたいに呼吸が激しい。無理もない、怖いに決まっている。


「……あなたは僕が守ります」


 震える手で、震える手を取る。こわばった筋肉と心は、なかなか解きほぐせない。でもこれ以上、あいつの好きにさせてたまるものか。


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