1-5 ボーイズトーク
次の更新で一章はおしまいです。明日以降は一日二、三回更新できればなと思います。
我が家にうさぎがやってきたのは、ちょうど二年前の今頃だ。生後二ヶ月くらいの小さなオスをお迎えし、萌波が好きな児童向け小説に出てくる魔法使いの少年の名前と、市立動物園にいるパンダのソンソンにならって、ロンロンと名前をつけられた。我が家の誰よりも年下だったのに、二年二ヶ月生きたロンロンは、人間の年齢で換算するとアラサーになる。両親のいない我が家では、一番の年長者だ。
「なぁ、ロンロン。僕はどうすべきだったのかな?」
身近に相談できる大人がいない僕は、何か悩みがあるとロンロン先輩に相談をする。とはいえ、うさぎがなにか喋って解決に導いてくれるなんてわけがなく、いつも一方的に僕が吐き出しているだけだ。ただ単純に、ふわふわでつぶらな瞳の我が家のアイドル二号に癒されたいだけともいう。ちなみに一号はかしましい妹だ。最近彼氏ができたので、パパラッチに気をつけるのだとか。
「あの子もお前をモフれば、笑顔になるのかな」
犬や猫が苦手という人は少なからずいるが、うさぎが苦手だという人は少なくとも僕の人生で見たことがない。仮にいたとしたら、その人は世界中にいるすべての生き物が等しく嫌いなんだろう。
「はい、今夜も始まりましたロンロンお悩み相談室。本日のお客さんは最多出演の小宮海智さんです。実況は私、小宮萌波と」
「座右の銘は沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり! 解説の横尾聖がお送りします!」
「初めて聞いたよそんな座右の銘」
ふんわりとしたソファーを実況席にして、座った解説の膝の上に実況がちょこんと乗っている。どんな座り心地のいいソファーよりも、彼氏の膝の方がベストプレイスらしいが、聖はというとやや苦しそうにしている。萌波が重いからではなく、男子特有の生理現象を抑えようと必死なのだろう。なんせ相手はまだ、義務教育を受けている最中の中学生だ。いや、高校生ならいいとかって話でもなかったな。
結局、二人はあの後カラオケに行くことはなかった。萌波自身はカラオケデートに乗り気だったようだが、いざ外に出ようとしたら身体が動かなくなったという。もし、遊びに行った先で中学のみんなに出会ったら──そう思うと、怖くなって外に出られなかった。なのでいつものように、おうちデートを楽しんでいたのだ。
「お兄ちゃんは気にしないで、ロンロンお悩み相談室やっていていいよ。私たちは後ろでちょっと待てぃ! ってツッコミ入れてあげるから」
「あのねぇ。そんな風にネタにされるのが分かって、相談するわけないでしょ」
聖に話を聞いてもらえば、魔法のように解決策を提示してくれる――そんな気がした僕は、目配せして合図を送る。付き合いの長い聖は、僕の意図を理解してくれて、「海智、アイス買いに行こうぜ」と誘ってくれた。
「お兄ちゃん、私ハロルドダックのバニラね」
「そんな高いアイスは買いません。じゃ、お留守番よろしくね」
後ろでブーブー文句を言いながらロンロンと遊んでいる萌波を無視して、僕らはスーパーまでの夜道を歩いていた。あまり人通りも多くなく、そこそこ距離があるので、聞かれたくない秘密のお話をするならもってこいだ。
「最初に謝っておくね、今日はごめん」
「んお、急にどうしたん? 謝られるようなことしたか?」
「風紀委員の子。告白されたでしょ。実は昨日、ラブレターを渡してくださいって頼まれたけど、結局直接伝えますって言ってさ。それが今日。彼女がいるからやめようって言えなくて」
「あー、こはるちゃんのことか。あの子、すっごくいい子なんだよ。風紀委員の仕事も真面目にしていたし、ああ見えて柔道部でさ。毎日練習も頑張っていて、人間として好きだったよ」
見た目によらず体育会系だと思っていたが、柔道部出身というのは意外だった。あんなに小さな体で、自分よりも大柄な相手を投げていると考えると、なかなかにロマンがある。巨大な武器を持つ女の子は僕の性癖だ。
人間として好きだった、と聖が言うくらいだから本当にいい子なのだろう。もし、萌波と付き合っていなかったら。彼女が主演女優になれたのかな。
「でも、俺にはもなちゃんがいる。ちゃんと断ったよ。お付き合いをしている彼女がいるって。名前は出さなかったけどね」
断るまでは分かっていたことだ。しかし、彼女の存在を明かすとは思ってもいなかった。
「いいの? それが広まったりしたら」
「こはるちゃんならその心配はないよ。ペラペラ喋る子じゃないのは、俺もよく分かっているからね。で、さ。もなちゃんがいるわけだし、そろそろ告白されない努力をすべきかなと思うんだけど、どうすればいいと思う?」
相談するつもりで外に出たのに、逆に相談されてしまった。告白されない努力を、告白されたことのない非モテの僕に聞くこと自体が間違っているが、真面目に悩んでいるようなのでベストアンサーをひり出すことにした。
「女子がドン引きするような趣味を作るとか?」
「ほうほう、例えば?」
ネットで検索すると出てくる、彼氏にしたくない趣味ランキングの上位から順番に試したとて、女子はそれの後追いをする可能性がある。ギャンブルにハマっても、アニメやアイドルオタクになっても、タチの悪い撮り鉄になったとしても、聖女子のみなさまは好意的に受け止めるのが見えている。なので、よほどひどい趣味や性癖じゃないとモテ男の幻想を壊すことはできない。
「うーん、他人の鼻毛を集めてミサンガを作るとか?」
「はい却下! 発想が気持ち悪すぎる! いくらなんでも限度があるだろ。もっとさ、マイルドなのがいいよ」
せっかく考えてあげたのに、贅沢なやつめ。でも幻滅するどころか、逆に鼻毛を提供しそうな女子も少なからずいそうなところが恐ろしい。その後もあれやこれやと提案してみるも、ことごとく却下してしまった。
「モテ男卒業案は宿題にするとして。こっちの話は」
「真本のことだろ? 教室に戻った後、聞いてもないのに教えてくれたよ。海智と真本がいっしょに教室を出ていったって。お前、あいつのセフレになってたぞ」
「ぶっ! なんだよそれ、むちゃくちゃじゃん」
「なー。さすがにふざけんなって思って、舌打ちしといてあげました。海智にそんな度胸、ないっての。なあ?」
「ぐうの音も出ません」
僕のターンになったのは、スーパーに着いたのと同じタイミングだ。一緒に教室を出ただけで、そこまで言われてしまうなんて、彼女の危惧した通りだった。お店の中でセフレがどうとか話すものでもないので、一旦置いておいて適当にアイスを買ってレジに並ぶことにした。
「彼女だからって、あんまり甘やかすんじゃないよ? わがままに歯止めがきかなくなるから」
僕は一〇〇円ほどのカップアイスを買ったが、聖は自分の分のソーダアイスと、萌波のためにサイズの割にお高いハロルドダックをカゴに入れていた。テニス部が忙しく、バイトをしていない彼の財布にはそこそこのダメージだ。
「ほんとなら今日、カラオケを奢るつもりだったし。これくらい大した出費でもないって。もなちゃんが喜んでくれるなら、俺は北京ダックだって奢れるからな」
と、屈託のない笑みを浮かべる。レジ打ちのお姉さんの瞳に、キラキラとトキメキが映り込んでいた。モテ男卒業は、かなり時間がかかりそうだ。