5-6 ダサい男
「ところで、お兄ちゃんってデート用の服ってあるの?」
真本さんと僕のデートおとり作戦まで、残り二日となった金曜日の夜。いつものように三人で夕食を取っていると、萌波が思い出したかのように言った。ちなみに今日の献立は、チーズ入りのカツカレー。「金曜日といえばカレーだよね!」とは妹様の持論であり、金曜日の夕食はカレー率が非常に高い。泳げもしないのに、思考回路は海上自衛隊のそれだった。スプーンを動かす手を止めて答える。
「まさか、制服とかジャージで行くと思っていたの? そんなわけないでしょ」
さすがの僕でも、そこまで無頓着な人間ではない。萌波は呆れたようにため息をついた。
「いや、私もそこまでダメ兄とは思っていないけれどさ……いくらおとり捜査だって言っても、お洒落な服くらいは着なきゃダメだからね? そうだ、念のため私とひーくんで採点してあげる」
向かいに座る聖は俺も? と言いたげにきょとんとした顔をしている。萌波と付き合うということは、彼女の思いつきに振り回されることを承知でなくちゃいけないのだ。ということで、押入れの中からデートにふさわしいであろう、イケてる服を着て食後のデザート中の二人の前で披露したところ。
「まさかとは思いますが……お兄ちゃん、その服でデートに行こうと考えていない?」
「……ノーコメントで」
「え? ダメかな? 一応僕の手持ちでは一番お洒落だと思うのだけど……」
萌波はアメリカのホームドラマみたいに「オーマイガッ!」と大げさなリアクションを取り、聖に至っては目を逸らして知らない人の振りをする始末。そんなに酷かったのかな、これ。
「お兄ちゃんがどうして今まで、彼女できなかったかわかった気がする……私服がダサすぎるんだよ!」
「遊んでいる時はさほど気にならなかったけどさ……それで女の子とデート行くって考えたら、ないわな」
「だってドクロシャツの上にドクロパーカーでチノパンだよ!? ウケ狙いでもこんな激ダサ服は着ないよ!? 普通ドン引きされるよ! それに何この変なサングラス!? 帽子も後ろ向きにかぶっているし! ヒップホッパー気取り!? もし私がデートに行って、こんなやべーのがいたら、警察に通報して帰るよ!?」
ボコボコのメタメタだった。萌波先生によるダメ出しは続く。よくもこう、罵倒の言葉が出てくるものだと感心すらしてしまうほどだ。オレンジのサングラスも、『GAMESET!』と書かれたキャップも、お気に入りだったのに。妹にそこまで言われると、生まれてきたことにすらごめんなさいと言いたくなる。
「もういいや、私がコーディネートしなおすから! 明日、服を買いに行くよ!」
「行くよって、萌波お前、外出られるの?」
一人張り切っているが、聖とのカラオケデートですら外に出るのが怖くなる子だ。最近は僕らで立ち上げたテニスサークルの活動にマネージャーとして参加しているものの、陽の下に出ると挙動不審になってしまう。服を買いに行くとなると繁華街にも出ないといけない。萌波には少々厳しい環境だ。
「聖だって、明日は練習があるんでしょ?」
「というか練習試合だなぁ。てなわけで、明日は無理なのです」
「そこは安心して! 我に秘策有り! 召喚士モナミンが助っ人を召喚するから!」
得意げにサムズアップをする妹からは、どうしようもないくらいに嫌な予感がするのだった。
「というわけで、萌波ちゃんから先輩の服をどうにかしてほしいと頼まれたんですっ」
翌日。繁華街の駅前のオブジェで助っ人を待っていると、こはるちゃんがやってきた。交友関係の狭い萌波が、真本さんと聖以外で頼れるのはこはるちゃんしかいない。制服姿とジャージ姿しか見たことがなかったが、私服の彼女はいつもの五割増しで愛らしい。夏にピッタリな水色のスカートがよく似合っていて、清涼感もある。
「ごめんね、こはるちゃんは関係ないのに変なことに巻き込んじゃって」
「いえっ! 私も、先輩たちの仲間ですからっ。真本先輩を陥れようとする卑怯な人はぶん投げちゃいますから!」
と、気合は十分。イップスで柔道ができなくなったことも、忘れちゃったみたいだ。でも味方が居ることは心強いな。
そして、もう一人。こちらは聖からの要請でやってきた助っ人だ。
「そこの君! かわいいねぇ! どう? うちでモデルやんない?」
「私、アイドルプロダクションのものですが……名刺だけでもどうぞ」
「間に合っていますんで。ったく、うちを芸能界に連れて行きたきゃもっとデカい事務所が来なさいっての」
「あはは……大変そうだね、都丸さん」
二人目の助っ人都丸さんはプリプリと文句を言いながら、もらった名刺を扇子にして仰いでいる。紺色の髪をポニーテールにしているからか、普段よりも心なしか幼く見えた。しかし目つきの悪さは相変わらずで、声をかけてきたスカウトの皆さんを邪険に蹴散らす姿はヤンキーさながらだ。昨日の段階で、萌波がこはるちゃんに連絡を入れるであろうことは想像できた。彼女一人だと、遠慮して的確なアドバイスができないんじゃないかと考えた聖は、僕たちの交遊録の中で一番ズバズバ言う都丸さんを呼び寄せていたのだ。我が校屈指の美少女と名高い彼女は、私服もお洒落さんだ。黒のミニワンピースに白いシャツを合わせているのだが、これがまたよく似合っている。
「今日は二人とも僕のためにありがとうね」
「本当よ。今日は一日中読書するつもりだったのに、あんなクソダサファッション見たら、手伝わないわけにいかないでしょ。なによあのドクロは、銃社会なら今頃死んでいるわよ。おかげで悪夢も見て寝不足なのよ……ふわぁーあ……」
「わぁ、辛辣だぁ」
僕が格好いいと思っていたファッションは、悪夢に突き落とすほどダサかったらしい。萌波にボコボコに叩かれ尽くしたかと思っていたら、今度は都丸さんからメタメタに叩かれてしまった。ちなみに、今は学校の制服を着ている。手持ちの服で一番マシなのはこれだと、萌波が呆れ果てていたっけ。
「わ、私は個性的で面白かったと思いますよっ?」
フォローを入れてくれるこはるちゃんだが、僕の目は見てくれない。そもそも僕はウケを狙ったつもりもない。フォローのつもりがとどめを刺していた。
「デートの服に面白さを求めないの! 小宮一人が笑われるのならともかく、隣にいるサナまで恥をかいちゃうのよ? 小宮の素材は悪くないんだから、ちゃんとした格好さえしたらサナの隣にいてもおかしなことにならないわよ。ま、大船に乗ったつもりでうちに任せなさいな」
都丸さんの背中が大きく見えるほどに頼もしく見えた。
「そうですっ! タイタニックに乗った気分で行きましょうっ! 先輩はブラピです!」
こはるちゃん。その船は、沈没しちゃうんだ。あと、ブラピじゃなくてデカプリオだからね。