表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/68

5-4 だっちゃ

 蛇蜻蛉繭子へびとんぼまゆこはどんな役にもなれる天才的な演技力を持つ女優であるが、それゆえに華がなく、オーディションに落ち続けていた。そんなある中、珍しく合格したドラマの現場で主演男優が殺害されてしまう。事件を担当する若い女刑事森林椿もりばやしつばきと出会った繭子は、その演技力を活用しおとり捜査に協力、椿とコンビを組んで様々な事件に挑んでいく本格ミステリー小説──というのが、蛇蜻蛉繭子シリーズのあらすじだ。


 僕が知っているドラマだと、森林椿は若いイケメンだったので、原作の根本からいじっていたらしい。そりゃあ原作ファンは総スカンしますよ。しかしドラマの視聴率はよかったらしく、原作も売れたことで作者のモチベーションがあがり、五年ぶりの新作が出たのがつい先日のことだという。原作ファンとしては、なんとも複雑な気持ちだろう。


「ミステリーだから何を話してもネタバレになるから歯痒いわね……図書室にもあるから、それを読むこと! いいわね!」

「あ、はい」


 ここまで熱弁されたならば、読んで感想を伝えるくらいしないとダメな気がしてきた。放課後、図書室に寄ってみよう。


「アン、話が逸れています。蛇蜻蛉繭子のダイレクトマーケティングをするために、本を出したんじゃないでしょうに」

「もぐぁ!」


 さらに話が続きそうだった都丸とまるさんの口に、飴を三本も突っ込んで静かにさせる。


「蛇蜻蛉繭子の良さはよーくわかった。でも、その本がフェイク野郎を捕まえるのとどう関係があるんだ?」

「もしかして、真本さなもとさんへの嫌がらせに似た事件があったとか?」

「っ、違うわよ。繭子のように、おとり捜査をして犯人を誘き出すの!」


 飴を全部噛み砕き、突きつけた指が空気を切り裂く。三つまとめてガリッといくとは、強靭な歯の持ち主だ。


「おとり捜査?」

「そっ。犯人が喜んで出てきそうなシチュエーション……要は餌を仕掛けるのよ」


 得意げに悪い笑みを浮かべる。言わんとしていることは理解できた。今までフェイク野郎は、浮気やパパ活をしているように見える写真を送ってきた。ならば、こっちから向こうが喜んでシャッターを切りそうな状況を作ったならば、ホイホイ出てくるんじゃないかと考えたのだ。

 後でお前が犯人だと指摘しても、すっとぼけられてしまうだけだ。だから、現行犯で逮捕する必要がある。


「でも、餌ってどうするの?」

「なにか策があんのか?」

「当たり前でしょ! 私がなんの考えなしに動くわけないじゃ……うん、本当に反省しているから、そんな目で見ないでください」


 考えなしに動いた結果、手痛いカウンターを受けたことを思い出してしおらしくなる。


「それで、策というのは一体?」

「シンプルなことよ。サナと小宮で、デートをするの」

「は? なんて?」


 デイトレードかなにかとの聞き間違いかと思い、思わず聞き返す。だが、都丸とまるさんはもう一度同じ言葉を繰り返した。


「だから、サナと二人で、どこかに遊びに行くのよ! 犯人は陥れる材料がないか、後をつけるはず!」

「どうしてそうなるの!?」


 突拍子のない提案に、思わず大声が出てしまう。


「いや、その案いただき。ありじゃないか?」

ひじりまで! なしなんじゃないかな!」


 本人たちを差し置いて、外野二人は盛り上がって「イェーイ!」とハイタッチまでしている。いつの間に仲良くなったのさ。


「だいたい、真本さなもとさんだっていい迷惑でしょ?」

「ええ、迷惑です」


 ほら。表情は変わっていなくとも、嫌だってはっきり言っているし。


「どうせデートするなら、頼りがいのある人の方がいいです。てなわけで、横尾くん。私のエスコートをお願いしますね」

「えっ?」


 くるりと体を翻して、ひじりの隣に立つ。


「は? いや、俺はだな……」


 リクエストされるなんて思っていなかったようで、珍しくうろたえる。


「まあ、サナが横尾とおとり捜査をしたいならば、そっちでもいいと思う。サナが男の子と二人ってシチュエーションが欲しいからさ」

「よくねーよ! だいたい俺には……」

「ん? その口ぶり、もしかして横尾、彼女いるの!?」

「なっ! ち、違う! これはそう、えーと……」


 元恋する乙女は、ひじりの言葉の違和感をすぐに捕まえた。「誰にも言わないから! 教えなさいよー!」と、私は口が軽いですよとアピールしている。誰にも言わないって自己申告する人は、聞いてしまえば喋りたくて仕方なくなる。そうやって、好きな女の子があちこちに喧伝されてしまった男子を何人見たことか。

 でもあいつには頼りがいがあるし、なんとかしてくれそうと思わせてくれる。真本さなもとさんが選ぶのも、当然のことだ。その方がいいに決まっている。なのに、どうして僕は、嫌な気分になるのだろう。


「イッツア冗談。万年モテ期の横尾くんとおとり捜査とはいえデートしてしまえば、ブスッと刺されてしまいます。ロクな死に方はしないと思っていますが、誰かが犯罪者になるのは嫌ですから。なので」


 僕の右腕の隙間に手を通して、ぐいっと引っ張る。細身の身体に反して、意外と力がある。


「さ、真本さなもとさん!?」

「よろしくお願いしますね、ダーリン……だっちゃ」

「え、ええ、えっ、ええ!?」


 こうして、僕と真本さなもとさんはおとり捜査という名のデートをすることになってしまったのだ……っちゃ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ