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5-2 悪意が動き出す

 真本さなもとさんと都丸とまるさんが和解して、一週間が経った。夏休みも近づいてきて、浮かれ気分の生徒も多い中、僕はというとそこまで変わらないでいた。


「おはようございますっ、先輩!」


 朝起きると、ジャージに着替えて公園に向かう。こはるちゃんはいつも、僕が来た時にはストレッチをしている。家が近くにあるとは言うものの、一度くらいは彼女よりも早く来たいものだ。七月も半ばに入って暑い日が続いており、ジョギングを続けるべきかと考えたものの、こはるちゃんは「朝は涼しいから大丈夫ですよっ!」と気合たっぷりだ。実際彼女が言うように、朝六時頃はまだ涼しくて過ごしやすい。


「夏場の道場は地獄でしたからねっ。剣道部と兼用なのですが、扇風機が一つしかなくて、もう暑いし臭いし熱気で雲ができるしで……男子部員、大柄な人が多かったので尚更です。あの頃に比べると、朝のジョギングなんて楽勝ですっ」


 聞くだけでも蒸し暑くなる話だ。こはるちゃんが一人道場にいたところで、男臭さは消せそうにない。雲ができるってのも衝撃発言だ。コミケじゃないんだから。


「でも、イップスになるまでは続けていたんだよね。すごいよ」

「いえ、私にはそれしかなかったんです。そういえば、先輩には柔道を始めた理由を話したことありませんでしたよね」

「確かに。聞いたことないかも」


 言われてみると、こはるちゃんは小学校の頃から柔道をやっていた、ということしか知らない。朝早くから元気なセミの求愛行動をBGMに走りながら、彼女はゆっくりとルーツを語りだした。


「私、小さな頃はいじめられっ子だったんです。背も低くて、チビこはるってみんなに笑われていたんです。特に意地悪な男の子がいました。その子は体も大きくて、上級生と喧嘩して勝っちゃうような子でした。いわゆる、ガキ大将って感じの子です。公園の土管の上でリサイタルを開いちゃう感じのイメージですね」


 そんなことを言われてしまうと、脳内であのビジュアルと声が再生されてしまう。隣に意地悪なおぼっちゃままで立っているぞ。とはいえ、ガキ大将は女の子相手に暴力を振るうことはなかったらしく、給食のパンを奪ったり、教科書に落書きしたり、机の中にセミの抜け殻を入れたり……こはるちゃんがされたいじめを聞いていると、ガキ大将の照れ隠しのようにも聞こえてきた。好きな子についつい意地悪をしてしまう、小学生によくある話だ。そのことを彼女に言うと、「今思うとそんな気がします」と苦笑いを浮かべた。


「でもその時の私は本当に怖かったんです。みんな、ガキ大将が怖くて注意できませんし、彼に乗っかって他の男子も意地悪をしてきて……そんな私を見かねたお父さんは、私に武道を勧めました。空手、剣道、柔道。どれか一つ選びなさいって、最初に選ぶポ○モンみたいな感じで」


 彼女の例えがおかしくて吹き出してしまう。座布団一枚あげなきゃ。


「それで、柔道を選んだんだ」

「はい。最初は剣道がいいって言ったんですが……ほら、剣道用具ってすごく高いじゃないですか。お父さんの顔が明らかに引きつっていたので、柔道にしたんですっ。再放送していたアニメで、私みたいに小さな女の子が大きな相手を投げているのを見て、格好いいなって。私も、ガキ大将を投げ飛ばしたい――そう思って選びました」

「あはは……結構物騒なこと言うね」


 なるほど、そんな経緯があったんだ。もしかすると、空手少女や剣道少女になっている未来もあったかもしれない。そのときは、こうやって一緒に走っていることもなかったのかな。


「ガキ大将はその後、どうなったの? 投げ飛ばした?」

「あはは……投げ飛ばしたかったんですけどね。途中で、転校しちゃいましたっ。それ以降、会ってないので今なにをしているかは知りません。ちゃんと更生しているといいのですが……」


 いじめっ子なのだからいい思い出はないにせよ、少し寂しそうに遠い目をする。


「小学校四年生の夏休み前の話です。よく覚えています。彼が転校する前、私呼び出されたんです。『放課後、体育館裏に来い』って。でも、私は柔道の練習があったので、それを無視したんです。そのまま夏休みが始まって、二学期になったら彼は転校していました」


 引っ越してしまうことを知っていたから、彼は最後にこはるちゃんに告白しようとしていたのだろう。でも、こはるちゃんはその場に現れなかった。


「私のことが好きだったんじゃないかって考えるようになったのは、中学に入ってからです。付き合っているクラスの子が、照れ隠しにお互いをけなしあっているのを見て、もしかしてそうだったんじゃないかってっ」

「彼のことは……好きだったの?」

「あはは……いくら私のことが好きでも、給食を奪うような人はイヤですっ。断っていたと思います。でも、それすらも伝えないまま、消えちゃいましたから。悪いことをしたなって後悔しています」


 そう言って、彼女は小さくため息をつく。それからは特に会話をすることなく走り続けた。でも、それはそれで心地よい沈黙だった。

 ジョギングを終え、汗だらけになった体をシャワーで流す。青色のパックに入ったクールボディソープなるもので体を洗うと、ひんやりとした爽快感が全身を包み込んだ。さっぱりとした気分のまま、弁当を作っているとスマホが着信を知らせる。こんな朝早くに誰だろうと見ると、朝練中のひじりからの電話だった。


「もしもし? 忘れ物でもした?」

『違う! フェイク野郎が仕掛けてきたんだ! 今写真を送った。これが掲示板に貼られていたんだ!』

「えっ?」


 いつも飄々としている彼にしては珍しく、慌てふためいている。なにが起きたのかと送られてきた写真を見て、僕は声を失った。

 部活動の勧誘ポスターや、委員会の活動報告書などが貼っている掲示板に、写真が貼られている。そこには、『激写! 悪女K・Sとヒステリーの女王A・Tのパパ活現場!』と毒々しい色で書かれており、ラブホ街で男性と一緒にいる、真本さなもとさんと都丸とまるさんが写っていた。

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