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5-1 初デート

 週末の繁華街は人でごった返している。空は澄み渡っており、雨が降る気配はない。絶好のデート日和だ。駅前にあるなにを伝えたいのかピンとこないオブジェは、待ち合わせ場所にはもってこいで、彼氏もしくは彼女を待っているであろう人も多い。


「……僕、場違いじゃない?」


 そう、僕も人を待っている一人だ。一応僕なりにお洒落をしてきたつもりで、「お兄ちゃんにしては上出来だよ!」と萌波もなみの太鼓判も貰っている。貯金を崩して、流行はやりの夏コーデを身にまとった僕は、馬子にも衣装といった感じだろうか。


 女の子と二人で街に繰り出すのは初めてではない。しかし、そのシチュエーションの根底には、ひじりのためにプレゼントを買うという目的があった。彼女たちは聖とニコイチである僕ならば、喜んでもらえるプレゼントがわかると考えたのだ。横尾聖よこおひじり生誕祭やバレンタインの一ヶ月前から、僕の放課後は予約制になり、同級生先輩後輩関係なく買い物に付き合わされる。羨ましいという声もあるが、自分以外の人を見ている人と二人きりというのも、なかなか辛いものがあった。


 しかし、今日はそうじゃない。僕と彼女のデートなのだ。今日の予定が決まった時からずっと緊張しっぱなしで、待ち合わせ時間の一時間前からここにいた。落ち着かなくて何度もスマホを確認してしまう。もはや何回目かわからない時間確認と同じタイミングで、彼女からのメッセージ通知が届いた。


『ごめんなさい、来る途中に財布を忘れたことに気づいて、今取りに帰っています。到着が二〇分くらい遅れます』

「あらま」


 もうしばらくこのイチャイチャ空間で待ちぼうけだと思うと、少々憂鬱になってしまう。二〇分くらい遅れるならば、近くの本屋さんで立ち読みでもして適当に時間を潰そうかなと考えていたら。


「だーれだ」

「わっ」


 ふいに視界が真っ暗になった。背中越しに伝わる確かな柔らかさと、耳元で聞こえる、「だーれだ」。もごもごとした気だるげな声。


「恐怖、妖怪飴女」


 妖怪飴女とは、音もなく現れて、飴を食べさせる恐ろしい現代妖怪だ。振り返ると、口の中に飴を突っ込まれた。丸いそれが舌に触れると、抹茶っぽい苦味が広がる。


「遅刻するんじゃなかったの?」

「イッツア冗談。これ、昔読んだ少女漫画にあったシチュエーションなんですが、ドキドキしましたか?」

「なに変なこと言ってんだか」


 ドキドキしたのは否定しない。状況にではなくて、背中に当たった胸の膨らみにだが。

 今日の真本さなもとさんは、青色の半袖パーカーをゆったりと着こなし、男友達から借りたようなジーンズがビシッと引き締めている。はちみつ色に染まった髪の上には、黒いキャスケット帽子が乗っており、ボーイッシュにまとめながらも、フェミニンさも見えて『格好いい』と『かわいい』が両立していた。お洒落してきてよかった。いつもの私服で来ようものならば、カノジョと僕の高低差がありすぎるファッションセンスで耳鳴りが起きてしまう。


「ところで、なにか私に言うことはないですか?」

「えっ?」

「ほらほら、なにかないですか?」


 何かを期待するかのような口調だ。ヒョイっと顔を近づけてくると、ふわりと漂う甘い香りが鼻腔をくすぐる。正しい答えを言えないと、光のない瞳に吸い込まれてしまいそうだ。


「はいカウントダウン。十、九、八、七」

「タンマ! 今考えているから」

「待ちません。六、五、四」

『お兄ちゃん。女の子はね、気付いてほしい生き物なの。よーく観察して、いつもと違うところがあれば褒めてあげるの。いい?』


 ブラックホールに引きずり込まれるスリーカウント直前で、妹の言葉を思い出した。記憶の中の彼女と比べて、間違い探しをするように上から下まで見た僕は、ほんの些細な違いに気付く。


「三、二、一、ゼー」

「前髪、ちょっと切りました?」


 バッサリと切った大きな変化ではなく、丁寧に切りそろえている程度だ。昨日までの写真と並べると、ちょっとしたアハ体験になるかもしれない。


「やるじゃないですか。褒めて差し上げます。えらいえらい」


 ヒョイと背伸びをして、僕の頭を撫でる。


「第一試験は合格ですね」

「第二第三の試験もあるの?」

「男の子にはピンとこないかもしれませんが、デートとは女の子の気付いてに答え続ける試験です。さて、ダーリンはサナモンポイントをどれだけ稼げるでしょうかね?」


 世の中の彼氏諸兄は、楽しくデートしている裏で、彼女が見せるサインを見落とさないよう神経を研ぎ澄ましているのだろうか。小宮家のわがままおプリンセスなんて、五分に一度は気付いてムーブをしそうだ。頑張れ、聖。妹様は猫並みに気まぐれ、秒単位でコロコロ気分が変わるから気をつけろ。


「ちなみに、累計一〇サナモンポイントで、とってもステキなご褒美がありますよ。健闘を祈ります、グッドラックです」

「ご褒美って?」

「それはその時のお楽しみ。ちなみに、もうサインを出していますが、気付いていないみたいですね」

「ええ、もう!?」


 挑発的に鼻で笑って、僕の前を歩く。こうして僕たちの初デートは始まったのだ。ただ、これにはある目的がある。


「ただヤツの尻尾を掴むだけじゃつまらないですからね。どうせなら、楽しみましょうよ」


 どうしてこうなったのか。話は数日前に遡る──。

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