4-10 歴史的和解
学校から歩いて二分程度の場所にイタリア料理が安く楽しめるファミレスがある。授業終わりに訪れる生徒も多く、僕たちが入店した時、ほとんどのお客さんが同じ学校の生徒だった。
「はじめに謝らせて。この前は私の勘違いで、嫌な思いをさせてしまって本当にごめんなさい」
席に座るなりペコリ頭を下げられる。僕が知っている彼女は誰に対しても当たりが強い子だったので、しおらしく謝る姿に戸惑いも生まれてしまった。
お昼休みにいつものプール裏で真本さんのお弁当を渡して、特に会話もなしに食べていると、都丸さんが一人でやってきた。数日前のトラブルのこともあったので身構えるが、先日のことを謝りたいから放課後は付き合ってほしいと言われたのだ。
「あの後、しゅーくんにも聞いたの。そうしたら、そんな写真知らないって言われたわ。横尾の言う通り、私の性格についていけなくなって、別れたいって言ったんだって……ホントはね、薄々そんな気はしていたのよ。でも、認めたくなかった」
「だから、誰が送ったかわからない写真を信じて、真本さんを攻撃しようとした」
「ええ。自分でも最低のことをしたと思っている。ごめんなさい」
ある意味では、都丸さんも被害者だ。大好きな彼氏に振られ、メンタルが不安定になっているところに、悪い噂のある真本さんと彼氏だった竹部くんとの捏造ツーショット写真を見せられて、気が動転した彼女は暴走してしまった。結果として誤解は解けたものの、いったい誰がこんなことをしたんだという疑問は残る。
「許してもらえるなんて思っていないわ。でも、私はあなたに詫び続けなくちゃいけない」
「真本さん。都丸さんは本心から謝っていると思う。だから、許してあげてほしいな」
プライドの高い彼女が、何度も何度も頭を下げている。もう十分、反省しているよう見えた。でも、それを受け入れるかは僕じゃない。真本さん次第だ。
「別に、私は怒ってもないですし、嫌な気分にもなっていません。まあ、面倒なことになるなとは思いましたが……元を辿ると私の評判がどん底なのが原因ですからね。都丸さんを責めるようなことはしませんよ。それとも、言葉が必要でしょうか? あなたを許します」
許された都丸さんだが、それでも頭を上げる気配はなく、通り過ぎた店員さんが怪訝な目を向けてきた。同じ学年の子もお店の中にいるし、また変な噂の種になってしまうかもしれない。
「とりあえず、和解記念に乾杯しとく?」
「そうですね。ここから先は、遺恨も禍根もなしです。頭をあげてください」
ドリンクバーで乾杯をした僕らは、頼んでいたポテトをつまみながら、世間話に興じる。僕と都丸さんはコーラだが、真本さんはリンゴジュースを飲んでいる。最初はぎこちない空気が漂っていたが、僕がお手洗いに行っている間に、なにやら意気投合したようで、「アン」、「サナ」と呼び合うくらいには仲良くなったらしい。
「悪い噂ばかり聞いていたから、色眼鏡で見ていたけど、喋ってみたらいい子ね。クズビッチだなんて呼んでごめんなさい」」
とは都丸さんの談。彼女みたいに、過去の噂じゃなくて今の彼女を見てくれる人が増えるといいな。
都丸さんに写真を送った黒幕についても知りたかったが、SNSのアカウントはそのためだけに作られた捨て垢だったようで、こちらの動きを察したのかアカウントはもう消されていた。特定するにも警察は役に立たないと聞くし、弁護士に頼むにもお金がかかる。親御さんと絶縁状態になっている真本さんには難しい話だ。
ただ一つ言えるのは、真本さんに対して悪意を抱いた誰かによる仕業だということ。そして、その犯人は僕に電話をかけてきたあいつと同一人物――根拠はないが、その可能性は高いと思う。
これだけでは終わらない。そんな不安も抱いていた。
「もしまた似たようなことがあれば、私はサナを弁護する。話してみて分かったわ。人の彼氏を奪ったりパパ活をしたりような子じゃない。力になるかわからないけど、悪い噂がなくなるよう手伝わせてほしい」
「ありがとうございます。心強いです」
でも、光もある。影響力のある都丸さんが味方になってくれたならば、真本さんの現状も少しはマシになるはずだ。そうなると、彼女の周りにも人が集まるようになる。
喜ばしいことなのに、なぜだか僕は胸がチクリとした。どう説明したらいいかはわからないが、ドロドロと黒いヘドロが、奥底から溢れてきたみたいで、気分が悪くなる。この後一緒に買い物に行くという二人と別れて、家に帰った僕は制服も着替えずベッドに転がり込んだ。
「お兄ちゃん大丈夫? 具合悪い?」
顔に出てしまっていたのか、部屋に入ってきた萌波が心配そうに見ていた。
「あ、ごめん。今準備するね」
晩御飯を作らなきゃと思って立ち上がろうとするが、「たまには出前を食べたいな」と言うものだから、ピザを注文することにした。練習終わりの聖も来ることを見越して、Lサイズのピザを頼むことにする。
「ひーくんがね、コーラとかお菓子も買ってから来るってさ」
聖が、というより萌波がおねだりしたんだろうな。あまり甘やかすと本人のためじゃないぞ、と心の中でボヤく。もっとも、僕も大概お姫様を甘やかしてきちゃったわけですが。
「パーティーみたいで楽しみだねぇ。花火も買ってきてもらおうかな?」
「あはは、近所迷惑になるんじゃないかなあ」
でも、この笑顔を前にしちゃ、言うことを聞いちゃうんだよなぁ。