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4-9 だからお前は振られたんだよ

 浮気の慰謝料請求をする際に、写真は大きな証拠となる。ラブホテルから出てくる写真が出てくると、それはもうごまかしようがない。

 都丸さんが提示した証拠は、彼氏とその浮気相手らしい真本さんがスーパーから出てくるツーショット写真。二人とも、はっきりと顔が写っている。


「かわいいですね、この子」

「犬を見せたんじゃないの! ここにあんたが写っているでしょ!」


 宣伝の旗に犬のリードが括られており、ちんちくりんなチワワが写っている。


「これ、都丸さんが撮影したの?」

「違うわ。誰かわからないけど、私にツブヤッターのDMで送ってきたのよ。あなたの彼氏が、悪女に誑かされているって」


 悪女とは真村さんのことを言っているのだろう。飴のおかげか温度感は下がっているものの、睨む目つきは鋭く猛禽類を彷彿とさせる。


「たまたまじゃね?」


 スーパーから一緒に出てきた。それだけの話だ。聖の言うとおりたまたまの可能性もある……のだけど。


「いいや違う! だってそいつ、クズビッチなのよ!?」

「うわー、ダメだこりゃ。完全に暴走してらぁ」


 ヒステリーが炸裂した都丸さんは聞く耳を持たない。もう元彼氏さんと二人で歩いているだけでギルティだ。失恋のショックや真本さんに恥をかかされた恨みがない混ぜになって、無茶苦茶な論理で大暴れしている。


「真本。これに心覚えは?」

「ありません」

「でも写っているじゃない。よく似た別人ですって言いたいわけ? あんたみたいな美少女、そういないでしょ!」


 怒っていても、美少女であることは否定できないらしい。実際、同学年に金髪ショート眼鏡っ子は彼女くらいしかいないので間違えようがない。


「そもそも、私は竹部くんとスーパーで会ったこともありません。完全な冤罪です。本人に確認すれば証言してくれますよ」

「あんたとしゅーくんが口裏合わせてるかもしれないじゃない!!」

「話を聞いてくれそうにない……あれ?」


 証拠写真をじーっと見ていると、なにか既視感を抱いた。いや、むしろ身に覚えがあるような……。


「この写真、撮られたの木曜日だよね」

「へ? どうしてわかるんだ?」

「いやほら、入り口の隣の旗。木曜日はいつも、特売セールの日だから、宣伝用の旗が立っているでしょ」


 なのでいつも、僕は毎週木曜日の放課後にまとめ買いをしていた。というかこのお店、僕がいつも行っているお店だ。


「それがなんだってのよ!」

「いや、それはそうだけど……あれ?」


 チワワの顔とこはるちゃんが重なっていく。そうだ、身に覚えがあるに決まっているじゃないか。だって僕は、ここにいたのだから。


「これ、僕じゃない?」

「はぁ? なに言っているのよ?」


 都丸さんの頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がる。


「実はテスト前に、僕の家で勉強会をやったのですが、その時このスーパーに買い物をしに行ったんです。多分これ、その時に撮られた写真です。だよね、真本さん」

「あっ、確かに。このチワワも見覚えがあります」


 だから、そこに写っているのは僕じゃないとおかしい。


「え? じゃあ、どういうことよ?」

「……どういうことでしょう?」


 ズコッと都丸さんがずっこける。何が起きているのかサッパリなのは、僕も同じだ。一体全体何が起きているのか、誰か教えてほしい。


「合成写真じゃないですか」


 五人が頭を抱えていると、ボソリと真本さんが呟く。


「スーパーから出た、私と小宮くんを撮った写真のデータを編集して、あたかも竹部くんが一緒にいるようにいじったんです。それならば、納得がいきます」

「なるほど、フェイク写真ってやつか」


 例えば大統領の握手写真を編集して、テロリストのリーダーと握手しているものに編集したり、清純なアイドルを陥れるために卑猥なベッド写真を作って拡散したりと、悪意のこもった使い方がされる。

 都丸さんに送った誰かは、確実に真本さんへの強い悪意を持って送っている。これを信じた都丸さんは、リモコンになってくれて真本さんに強い言葉で問い詰める。後一歩で暴力沙汰にもなりかけた。


「じゃ、じゃあなに? 私が振られたのと、その子は無関係なわけ? 嘘、そんな……」


 スマホが壊れそうなくらいに、強く握っている。さっきまでの威勢はどこへやら、モゴモゴと口の中で声がこもり、何度も喉が上下する。明らかに動揺していた。


「残念ながら。でもま、仕方ないだろ。どこの誰が提供したのかわからない、自分にとって都合のいい写真を武器にして、真本を殴ろうとした根性の悪さに、愛想尽かしたんじゃないか?」

「聖! 言いすぎたよ!」


 ボッコボコのオーバーキルだった。完膚なきまでに叩き潰された都丸さんは、「うわああああん!!」と大泣きして走り去っていく。取り巻きコンビも、慌ててその後を追いかけた。


「あれくらい言わなきゃ、伝わらないだろ。いい薬にはなったんじゃないか?」

「劇薬の間違いじゃないかな……」


 でも聖がここまでキツく言うのも理解できた。根も葉もない噂で苦しんだ萌波を見てきたから、同じようにでたらめな情報で追い詰めようとした都丸さんが許せなかったんだ。どこまでも主人公をしている。対する僕は、またなにもできなかった。自分の無力さに呆れていると、真本さんが僕の隣にやってくる。


「助かりました、ありがとうございます。日本の裁判は有罪率九九パーセントと聞いていましたが、残りの一パーセントを引いたみたいです」

「いいってことよ。そうこうしていたら部活の時間が来ちゃったな。じゃあな、二人とも」


 裁判ごっこをしていたせいでファミレスに行く時間はなくなり、部活に遅れまいとコートに走っていく。打ち上げは結果が分かってからにしようか。


「冤罪を晴らせたのは、小宮くんが気付いてくれたからですよ」

「そんなことないって。真本さんもすぐに気づいていただろうし」

「さあ、どうでしょうね、ところで。小宮くん、数学はどうでしたか?」

「おかげさまで。平均点は取れたと思いますよ」

「それはよかったです。教えた甲斐がありました。私も、世界史はバッチリですよ」


 表情をほとんど変えないで、喜びのピースサインを作った。結果として、僕は全科目平均点以上を取ることができた。去年も授業を担当していた数学の先生は、平均点を下げる一因だった僕が七一点を取ったことに「やればできるじゃないか!」と喜んでいたが、残念ながら先生のおかげではなく真本さんのおかげだ。彼女も世界史は八〇点以上とっており、もはや弱点のない万能選手となっている。そして、問題児のこはるちゃんはというと――。


「見てくださいっ! 私、生まれてこの方こんなにいい点数とったことがないんです! ご褒美に月のお小遣いが倍額になりました! 二万円ですっ!」


 と高らかに喜びの声をあげるのだった。……というかテスト前から月のお小遣い一万円って、お年玉で貰う額じゃないか。もしかして実家が結構お金持ちだったりするのかな。

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