4-7 恋バナ
「お前んちに泊まるのって、久しぶりだよなー。ケロ丸、元気していたかぁ?」
僕の部屋に入った聖は、ナイトテーブルに置いているカエルのぬいぐるみに挨拶をする。特に名前はないのだが、聖はケロ丸と呼んでいた。毎晩ご飯を食べにうちに来るから、そこにいるのが当たり前のようになっていたが、聖が僕の部屋で寝ようとするのは何ヶ月ぶりだろう。萌波が自分の部屋で寝させようとしていたが、さすがにそれはまずいということで僕の部屋に逃げてきた。真本さんとこはるちゃんは両親の部屋で寝ることになっている。真本さんが自分の寝相の悪さを自虐していたが、「寝技なら得意なので大丈夫ですっ」といまいちよくわからないフォローを入れていた。真本さんの額に冷や汗がタラリと流れたのは、気のせいじゃないと思いたい。
「たまには、男二人で恋バナでもしようぜ」
恋バナとは言うものの、どうせ僕の話を聞きたいだけだろう。冷蔵庫から持ってきたコーラで乾杯をする。聖の好きなラジオ番組を聞きながら、少しだけ夜更かしをすることにした。
「それで、ぶっちゃけどうなん? 真本のこと」
予想通り、恋バナの中心になるのは真本さんのことだ。僕と親しい女子といえば、真本さんかこはるちゃんだしね。
「もなちゃんにも秘密にするから、いろいろゲロっちまおうぜ。この前、真本が家に泊まったとき、なにかあったろ?」
「そ、そんなことないよ?」
そんなことしかない。彼パーカーに間接キス、ハグと挙げ句の果てには同じベッドで夜を過ごしたんだ。扇情的な格好、唇に触れるラムネ味の飴、彼女の柔らかな感触――思い返すだけで顔が火照ってしまう。
「ほら、顔に出ている。人間、嘘吐いているときは、なんらかのサインが出るもんだとさ。お前さんの場合、目が泳いで挙動不審になるからわかりやすくて笑っちゃうよ」
ケラケラと笑われたので、表情を読み取られないようにノートにへのへのもへじを書いて、顔に持っていく。これならば、僕が嘘を吐いてもバレないはず。海智くんボード作戦だ。
「……声でバレバレだからな?」
「んもー! お見通しかよ」
付き合いの長い聖には通用しなかったようだ。これじゃあどう誤魔化しても効果がない。彼女の過去の中身は省略して一部始終を話すことにした。
「完全に脈ありだろ、これ」
黙って聞いていた聖だったが、同じベッドの上で一夜を明かしたことを話したら困惑したように答えた。
「同じベッドで寝たって、俺ですらまだしていないぞ?」
「していたら絶交だよ!」
萌波はまだ中学生だ。せめて高校に上がってから、その先のことはしてほしい。
「ってそうじゃなくて。寝たって言っても、思っているようなことじゃないからね? 両親の寝室のベッドを使って、真ん中に不可侵のボーダーを敷いたの。……まあ、真本さん寝相が悪いから朝起きたら抱きしめられていたけどさ」
「わかっているよ。度胸がないヘタレなのが、お前さんのいいとこだろ?」
ヘタレであることを褒められるというのも複雑な気分だ。だからこそ、あの夜以降も真本さんは変わらず僕と接してくれているのだろう。友達というには、距離が近いのかもしれないが……僕の方は心地よさを感じている。
「現状で僕は、満足している……と思う」
「ま、真本も同じだろうなあ」
聖の指摘は恐らく合っている。僕も彼女も、その先を望んではいない。そもそも知り合って、まだそこまで時間は経っていない。小悪魔な態度で僕をからかっていても、真っ黒な瞳に映っているのは僕じゃない。僕に似ているという、幼馴染の彼だ。浮気をしてしまって、彼女は全てをなくしたという。親から絶縁されるだなんて、余程のことだ。引越し先でも、悪意のある噂に振り回され、「クズビッチ」だなんて最悪のあだ名で呼ばれてしまう。それでも、多分彼女は今でも彼のことを想っている。幼馴染の長い時間が重ねてきた絆と愛情は、そう簡単に切れたりはしない。正直、相手が羨ましくも思ってしまう。
「じゃあ、こはるちゃんはどうよ」
今度はこはるちゃんの話を聞いてきた。でも、彼女の場合僕よりも聖の方が面白い話が聞けそうだ。
「どうよって。まだ聖に未練があるの、自分でもわかっているでしょ」
頬を掻いて、「生殺しだよなあ」と自嘲気味に笑う。
「もなちゃんのことはすげー好きだし、将来的には結婚したいとも思っている。でも、こはるちゃんのことも後輩というか友達として好きなんだよな。庇護欲が沸くっていうか……」
「ペットとして飼いたい?」
「そう……って違う! それはさすがに失礼だぞ!」
「イッツア冗談」
まあ、僕も聖の気持ちはよくわかる。こはるちゃんが美少女であることは誰もが頷くことだ。でも異性として意識する前に、マスコットとかペット的なかわいさを抱いちゃうんだよな。疲れて帰ってきたとき、玄関に迎えに来てくれたらすごく嬉しいというか……完全にペットのそれだ。ロンロンと同じカテゴリになってしまう。
「自分でもクズいとは思っちゃいるけど、こはるちゃんにはいい彼氏を作ってほしいんだよなあ。そうだなあ、優しくて料理の上手い男子がいいな」
チラ、チラと僕の方を見ている。その視線の意味がわからないほど鈍感ではない。無視することにして、寝るとしよう。
「もう寝るよ? おやすみ」
「ノリ悪いなあ」
目を閉じた僕に気を使ってか、ラジオの音量を下げてくれた。お笑い芸人の軽快なトークを睡眠BGMにして、緩やかに寝落ちするのだった。