4-6 真本家秘伝のアレ
「秘伝のソースは文字通り秘伝なんです。なので、小宮くんにも教えません」
バリウマとまでいう真本家秘伝のソースはどう作るのか知りたかったが、恩返しをする鶴みたいに見せてくれなかった。「小宮くんが私と結婚するなら教えてもいいですよ」なんてからかっちゃってさ。そんなつもりないのに、思わせぶりなことを言って、僕の反応を見るのが楽しいんだ。タチの悪い趣味!
「先輩、ここなんですが」
「ああ、これはね……」
こはるちゃんの現代社会の教科書は、あちらこちらにマーカーを引かれている。先生がここは大事だと説明したのだろう。
「あんまりよくないけど……去年のテストは、この辺りで記述問題があったから、覚えておいて損はないよ」
「なるほどっ、ありがとうございます!」
教科書には必要最低限の内容しか書かれていない。なのでマーカーを引いてしまえばそこしか覚えなくなる。むしろ、マーカーを引いて勉強した気になるだけだ――とは中学時代の担任が残した言葉だ。教科書全部を覚えなさいというのも効率的ではないものの、中間テスト期末テストのための勉強ではなく、その先を見据えるならばきっと彼の言葉が正しいと思う。とはいえ、こはるちゃんの惨状じゃ同じセリフは言えない。暗記でなんとかなる現代社会は、去年のテストを参考にして要点要点を抑えてもらうとしよう。
「真本家のソースが完成しました。こはるさんの勉強は私が引き継ぎますので、小宮くんは夕食をお願いします」
「はいよっと」
真本さんとバトンタッチをして厨房に立つ。焼きそばソースの香ばしい匂いが腹の虫を元気にさせる。お鍋に入っているソースを、スプーンですくってペロリと舐める。
「バリウマ……!」
バリバリに美味かった。いつも使っている市販のソースよりもコクがあって、ひと舐めだけでも、濃厚で甘辛な風味が広がる。中毒性のある味だ。焼きそば以外でも活躍できそうだ。一体なにを隠し味にしたのだろう。気になるが、それは一旦置いておいてお料理に洒落込むとしよう。
「はい、できました。本日のメニューはこちら」
萌波のリクエストの山賊焼きと、真本家特製ソースが絡まる太麺もっちり焼きそば。ほうれん草を使った和風サラダにわかめスープ、そしてホカホカご飯。うん、美味しそうだ。テーブルに置かれた献立を、隣並んだ萌波とこはるちゃんが目を輝かせてみている。こういうところ、二人とも似ているよなあ。聖がもしかしたら付き合っていたかもというだけある。
「むむっ? このソース、ヤバウマだよ!」
「なんだこれ! 美味しっ!」
「もっちり麺とソースが絡み合って最高ですっ! おかわりってありますか!?」
秘伝ソースの焼きそばは大好評だ。こはるちゃんにいたっては、掃除機みたいに食べておかわりを所望するほど。多めに作っておいて良かった。
「こはる先輩、気持ちのいい食べっぷりですねー。太りますよぉ?」
「わ、私は運動しているから大丈夫だよっ! むしろ萌波ちゃんこそ、もう少し太るべきだよっ」
挑発的に笑う萌波に対して、頬を膨らませたこはるちゃんが負けじと返す。しかも彼氏の聖がこはるちゃんの意見にうんうんと首を縦に振ってしまったので、「お兄ちゃん! 私もおかわり! 私の胃袋は宇宙なんだから!」と焼きそばをかき込んだ。フードファイトを繰り広げる恋敵同士が微笑ましくて、笑いがこぼれる。
「真本さんのソースのおかげだね」
骨を持ってかぶりつきたくなる山賊焼きを、お箸で器用に食べている真本さんも小さく笑うのだった。
「うぅ……食べ過ぎたぁ……お兄ちゃん、お薬頂戴……」
「無理して慣れない大食いするからだよ……」
萌波VSこはるちゃんのフードファイトは、大番狂わせが起きるわけもなくこはるちゃんが勝利した。焼きそばをあんなに食べたのに、こはるちゃんは涼しい顔をしていた。敗れた萌波はというと、食べ過ぎたせいでお腹を抑えており、薬を飲んで聖のひざに寝転がっている。「勝ったのは私なのにっ」と悔しげに、食後のアイスを食べている。試合に勝って勝負に負けたというのは、こういうことを言うのかな。もともと勝ち目のない勝負ではあったわけだけど。
「ふぅ……」
お風呂は男子から順番に入ることになっている。女子の後に入ると、この前みたいに変な煩悩にまみれてしまうことを恐れたからだ。後ろもつかえているので、パパッと体を洗ってお風呂を出る。
「んおっ? もう出たのか?」
「うん。五人もいるからね」
風呂場に行こうとする聖の後ろについていく萌波の袖を引っ張り、寝る前の勉強タイムに入る。こはるちゃんは今日一日の復習に入っていて、自分ひとりで問題を解こうとしていた。呻き悩みながらも、僕らに甘えず自力で頑張る姿には好感が持てた。さて、僕も数学を頑張るか。