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4-4 二人乗りは青春ではなく道交法違反です

「つまり、今の文法でいくと……そうです。正解です」


 勉強会は途中に二〇分程度の休憩を挟んで、一八時頃まで続いた。その間、こはるちゃんは数学と英語の勉強をしていた。本人が言うには特に英数がやばいらしく、やはりというべきか乱雑な英語ノートを見せてくれた。筆記体とかそんなレベルじゃない、こはる体だ。

 そんな彼女に、真本さんはわかりやすく文法や読み方を解説する。教え方がうまいのは数学だけじゃなくて、英語もだった。淡々としていて声に抑揚がほとんどない説明なのに、不思議と聞き取りやすい。


「英語を教えるのも、上手だね」

「去年の今頃も、似たようなことをしていましたから。私からすると、二周目みたいなものですよ」


 と俯きがちに答える。それは幼馴染のことなの――と聞こうとして、口のシャッターを下ろし飲み込む。彼女にとって、蒸し返されたくない思い出だろう。無神経になりかけたところを、土壇場で持ちこたえた。


「ところで。一八時過ぎたけど、今日はスーパーに行かなくていいのか?」

「っと、忘れていた。サンキュ」


 聖に指摘されて、スーパーの特売のことを思い出す。木曜日の夕方から、スーパーでお得なタイムセールがある。勉強に集中していたのですっかり頭から抜けていた。


「みんな、ごめん。ちょっと買い物に行ってくるね」


 エコバッグを持ってスーパーに行こうとすると、「あ、そうだ!」と萌波が思い出したように声をあげる。その顔はやけにニヤニヤとしている。


「お兄ちゃん一人だと荷物も多いから、空音先輩一緒に行ってあげてください」

「なんでそうなるのさ」


 萌波の提案に思わずツッコミを入れてしまう。僕の言葉を無視して耳元までやってくると、「気を遣って二人っきりにしてあげるんだから、感謝してよね?」とウインクと一緒に囁く。お節介のつもりなのかな。僕と真本さんはそういう関係じゃないのに。


「行かないんですか?」

「え、行くの?」


 真本さんは立ち上がって外に出る準備をしている。面白そうにこっちを見ている聖と、これからどうなるのか理解したこはるちゃんのマイルドな絶望顔。そうだよなあ、好きだった人とその彼女と三人になっちゃうもんな。真本さんに残ってもらって、こはるちゃんを連れて行こうとするも、「こはるさんは残って勉強したほうがいいと思いますよ」と真本さんが泰然と答えた。ごめんこはるちゃん、そんな悲しい顔をされても勉強を優先すべきなんだ。


「この空気じゃ勉強どころじゃないですよぉ! 早く戻ってきてくださいねっ!」

「う、うん……行こうか、真本さん」


 捨てられた子犬みたいな目で僕たちを見るこはるちゃんのためにも、ちゃちゃっと買い物を終わらせることにしよう。


 スーパーまではそれなりに距離がある。ウォーキングで体を動かすにはちょうどいい距離だが、買い物量が多くなる木曜日は自転車に乗って移動していた。ただ、隣の真本さんを置いていくこともできないので、自転車を押しながら歩いていた。僕たちの横を、二人乗りの高校生カップルが通り過ぎる。彼氏の体をギュッと掴んで、仲睦まじい。少しばかり憧れはあるが、道路交通法に違反している行為をするほどファンキーな性格はしていない。しかも彼氏くん、スマホを触りながら自転車漕いでいなかったか? 僕の見間違いであってほしいぞ。


『そこの自転車二人乗り、止まりなさい』


 ほら。近くを通りかかったパトカーに捕まってらあ。確か二万円以下の罰金を取られることがあるんだっけ。こういう仕事は早いのに、ストーカーには腰が重いんだよなあ。


「どうかしましたか? 急に後ろを向いて」

「え? あ、ああ。だるまさんが転んだを少々」


 例の電話主が後ろからつけてやしないか、心配になって振り返ってしまった。慌てて誤魔化すが、彼女は目を細めて怪訝そうに見ている。


「そ、そうだぁ! 今日の夜、真本さんは食べたいものある? 山賊っぽいものって言われても、骨付きの鶏もも肉を焼いたものくらいしか思いつかなくて」

「そうですね……」


 少し考える素振りを見せて、「焼きそば……いや、今のはなかったことに」と訂正すると、耳がほんのりと赤くなっていた。


「わかった。焼きそばだね」

「いや、なかったことにしてください」

「じゃあ僕が食べたくなった、ってことにしようか」


 お腹がすき始めてきた頃に焼きそばなんていうものだから、ありもしないソースの香りが漂ってくる。別に恥ずかしいものでもないのに、少し恥ずかしそうに目線をそらす。確かに真本さんと焼きそばはイメージが合わないっちゃ合わない。でも、クールで淡々としている彼女が焼きそばを頬張り、口元についたソースをつける光景をイメージするとなんだか微笑ましい。


「わかりました。でも、ソースは私に作らせてくださいね」

「えっ? ソースを作るの?」


 家にある焼きそばソース足りていたっけなと考えていると、思わぬことを言い出した。「ええ。真本家秘伝のソースがあるんです。料理は苦手ですが、それくらいなら作れますよ。バリウマです」と得意げに答える。秘伝のソースと言われると、無性にワクワクしてくるぞ。そんな他愛のない話をしているうちに、スーパーに着いた。


「あの子、こはるさんに似ていますね」

「あはは。ホントだ」


 真本さんの視線の先には、木曜セールの宣伝側のポールに繋がれたチワワがいる。キラキラとした目をさせる彼もしくは彼女は、こはるちゃんにそっくりだ。


「昔、チワワが出ているCMあったじゃないですか。あれに憧れて、親に欲しい欲しいっておねだりしたことがあったんです。でも、ダメだって怒られました。命を飼うのは簡単なことじゃないんだって、説教をされて。あの頃はそこまで言わなくてもと思いましたが……親がそう言うのも、今は納得できたといいますか」


 どこか遠い目で、懐かしげに話す。その目に映っているのは、幼い日の彼女なのだろう。犬ではなくうさぎと一緒に暮らしている僕は痛いほど理解ができた。動物たちは愛玩道具じゃない。かわいいからと飼って、思っていたのと違ったり世話をする余裕がなくなったりしたからって、捨てていいものじゃない。やがてくる別れのときまで、愛情を注ぎ続けなくちゃいけないのだ。そう考えると、我が家のロンロンは幸せなのかもしれないな。

 タイムセール中ということもあって、スーパーは多くのお客さんでごった返している。やたら耳に残る宣伝用BGMを聞きながら、店の中を一周し買わなきゃ行けないものをカゴに入れてレジへと向かった。

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