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4-4 字の癖がスゴい

 都丸杏奈さん率いる偽乳ギニュー特戦隊によるカチコミから二日が経った。


「聞いたか? ヒステリック杏奈、偽乳にせちちだったってよ」

「俺、めっちゃお世話になったのに偽乳とか萎えるわ〜」

「きっしょ。昼間っから汚い話してんじゃないわよ」

「でも、あんなに偉そうにしていたのに自滅して、ダサかったよね」


 良くも悪くも目立つ生徒であった都丸さんだったが、先日の一件により評判がガクッと落ちてしまった。友達の嘘を鵜呑みにして、長瀬くんを精神的にリンチするも、真本さんに秘密をバラされ、聖には論破されて、その場から逃げていった彼女にガッカリした人が多い様子だ。

 胸パッドを嘲笑う者。

 勘違いで人を傷つけた浅慮に呆れる者。

 そして一番多いのは、彼女の近くにいることで自分にとって不利益になると判断して、去っていく者だ。苛烈な性格の都丸さんだったが、女子に対しては面倒見がよく姉貴分的な存在だった。いわゆるサバサバ女子というものなのかな。歯に衣着せぬ物言いで、男子からは憧れと同時に畏怖されており、女子たちからは慕われていた。少なくともこの前までは。


「……っ!」

「嫌われちゃったなあ」

「仕方ないよ」


 横を通り過ぎると苦々しい顔をされる。正直、罪悪感はあった。でも同情することは、多分許してくれない。高いプライドこそ、彼女が彼女たらしめるものだと勝手に思っていた。互いに気まずい空気はあっても、そもそも会話をする仲でもなかったので、今後関わることもないだろう。

 とはいえ。テストが終わったあと、都丸さんとの第二ラウンドが待っていたのだけれど、それはまたその時に話すとして。


 木曜日の放課後、小宮邸にはMAGMAのメンバーがテスト勉強のために集まっていた。現状を整理すると、学年三傑にも入る学力の聖は問題ない。テストのために慌てて勉強する必要もなく、難関私立大の赤本に取り掛かっている。わからないところがあるならその都度聞いてくれといった感じだ。

 次に成績はいいのは真本さん。苦手なのは世界史だけで、他の教科は高得点をとっている。僕はというと、日本史世界史は九〇点を取ったが、数学以外は平均より少し上、数学は赤点ギリギリといった状況だ。でも今回は、真本先生がいる。世界史ノートと交換する形で彼女の数学ノートを手に入れたことで、多少は改善される見通しがある。せめて平均点は取りたいものだ。


「あはは……その、えーと……」

「ごめん、こはるちゃん。こういうこと言いたくないんだけど……よくうち、合格したね」

「あの時は張ったヤマが当たりに当たるラッキーがあったんですっ……」


 萌波が持ってきた『本日の主役』たすきをかけられて、こはるちゃんが涙目で中間テストの成績表を見せてくれた。赤点赤点赤点……。これは留年も十分ありうるレベルだ。僕の記憶が正しいならば、一学期の期末は二次関数が出題範囲のはず。僕もそうだったが、ここで一気に難しくなる。この調子だと、かなりまずい。聖も真本さんも、思っていた以上の惨状に苦笑いを浮かべるしかできずにいた。


「これはあかんって、こはるちゃん! 赤点だけに!」


 萌波がダジャレもどきで場を盛り上げようとするが、まったく笑えない。さすがにこのままじゃまずいということで、勉強合宿を始めることにした。僕の部屋で五人は少し手狭になるので、リビングのテーブルに教科書とノートを広げることにした。ちなみに萌波は高校受験のための勉強をしている。僕たちの通う学校は自由な校風が売りだが、中学時代に引きこもっていた生徒にも門戸を開いている。なんでも、現理事長が学生時代に引きこもっていた時期があったみたいで、一度ドロップアウトした子供にも理解が深いんだそうだ。萌波の同級生が入学する可能性もあるが、彼女に手を出した結果痛い目を見たので、もう関わりたくもないだろう。


「すみませんっ、ここの公式がわかりにくくて」


 こはるちゃんは勉強が苦手でも不真面目というわけじゃない。最初から全部質問するのは身につかないからと、最初は自分で勉強をしていた。わからなくなったら、その都度SOSを出す形式だ。二〇分以上、「うーん……」と唸って頑張ってはみたものの、知恵熱が出たのか顔が真っ赤になり真本さんに助けを求めた。


「見せてくだ……」

「どうかした? 真本さ」


 ノートに書かれている字を見て、僕と彼女は同じことを思ったはずだ。かわいらしい見た目に反して、かなり癖のある字だった。味がある字ともいえるし、賛否両論のある字とも表現できる。といっても、否が八割だろう。ボールペン習字を習っていた僕を一〇とするならば、こはるちゃんの字は甘めに採点して二。


「こはるちゃん……その辺の山賊だって、もっと丁寧に字を書くよ?」

「そ、そこまで言わなくてもいいじゃないですかぁ! 気にしているんですからっ!」


 容赦ないツッコミを受けたこはるちゃんはポカポカと萌波を叩いている。というか令和の時代に山賊なんているのだろうか。でも海外には海賊がいるしなあ、いてもおかしくないか。セルフレジを使ってお酒を電子決済で購入する山賊を想像するだけで面白いな。


「あ、今日の夜ご飯、山賊っぽいものがいいなあ」

「ウィーマドモワゼル! また変なリクエストを!」


 山賊っぽいものと言われても、骨付き肉くらいしか頭に浮かばないぞ。後で調べておこう。


「こはるさんは、もう少し字を丁寧に書くところからですね。あとでノートを見返した時、乱雑な字が並んでいたら勉強する気もなくなっちゃいますからね」

「うぅ、気をつけますっ」


 一理ある、いや二〇理くらいある。『頭がいい人は字が汚い』なんてことを言う人もいるが、『字が汚い人は頭がいい』とはイコールにつながらないもんね。字は綺麗な方がいいに決まっている。そう思うのは、僕の数少ない取り柄だからなんだろうな。


「これを、こうすると解きやすいんじゃないでしょうか」

「なるほどっ! なんだか、頭がよくなった気がしますっ! 真本先輩、教え方がうますぎですっ」


 真本先生によるレクチャーを受けて、こはるちゃんの表情がパッと明るくなる。今の今までさっぱりだった問題が、なんとなくでもわかるようになる。それは大きな一歩だ。教わったことを念頭に置いて、もう一度問題に挑戦する。しばらく悩んだあと、書いた解答は正解だった。


「どうしましょう、私天才になったかもしれませんっ」

「あはは、その調子で頑張っていこうか」


 モチベーションが一気に上昇したこはるちゃんは、頬をパチンと叩いて気合を入れる。わけのわからない記号と数字が並んでいた問題集も、戦い方が分かるとなんとかなるものだ。僕がそうだったしね。さて、僕も頑張るとしますか。

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